その時、日本に帰っていた。

ある時、どこかで知り合いの数人が集まり、おしゃべり。

男女数人。他愛もない話に花が咲く。まあまあ楽しい。

私が、男性の一人に何かを言った時、誰かから声がかかった。「突っ込まないで1 あなただって突っ込まれたらいやでしょ」

これにはびっくりした。

私、その男性に、そんなに「突っ込んだ」質問をしたつもりはない。個人的であまりにも不躾な質問を、。その程度の弁えはある。

これで分りました。じゃ、日本人のおしゃべりというのは、「突っ込まない」で、当たり障りのないものということになるのですか。

(まあ、それは、そのおしゃべり集団の性質にもよりますよね。よく知った連中か、それともそれほど知らない人ばかりとか。それと、その集団の人数も関係します)

私は、逆に、どちらかというと「少し、突っ込んだ」質問をしてほしい方である。他愛もないおしゃべりには退屈を感じてしまう。

思い返せば、昔、日本にいた20代後半の時に、そういうことを強く感じた。

その頃、私、いろんな事情から、悶々とした生活を送っていた。酒ばかりくらい、。挙句、多くの人の信用を失った。

私が、そこで本当に欲しかったのは、誰かからの「何かあるのと違うのん?」の一言であった。しかし誰からも、何も、。

両親はすでに亡く、兄姉も誰も、私から遠ざかっていった。腫れ物を触るように。「四面楚歌」とはまさにこのことである

英国に来て、さすがにそういう意味での問題はなくなったが、今度は、生活に不安があったからであろう、話をしている相手の人を質問ぜめ。これも勿論いけない。(私、喋り続けに喋っている人には、精神的な問題があると思う。静かにしていると、不安に駆られる、。)

それから、数十年の年月を経て、今は、お陰様で、生活面での不安もなくなり、もう少し、ゆったりとした毎日が送れるようになった。人のことに思いを馳せることもできる。会話の仕方も、少しは大人っぽくなったのではないであろうか。

でも、この状態に達するのに、今の歳の77年。

人間、生きている限り、どんな人にも不安はつきものであろうから、現状で、ひとまず良しとするか。