「病院が見えてきたな。ちょっと役代、鞄から単眼鏡取ってくれ。」
キチンと整頓された鞄の側面ポケットに配置された単眼鏡を取って後藤に渡す。病院方向を眺めた。
『ゾンビいるか?』
当然の疑問に頷くが、後藤の顔が少し濁った。理由は何となくというのが1番近いが、人付き合いが過敏になっている役代にはその少しの変化が読み取れた。
〈私、行きますね。〉
女は後藤の言葉も聞かずドアを開けて、歩き出した。後藤が降りて呼び止めるがどんどん先に行ってしまう。後藤は一旦、運転席に戻った。女は姿勢を低くしながら病院へ向かって行く。
『後藤のおっちゃん。どーしたんだよ、単眼鏡でなんか見つけたの?』
役代が疑問をぶつけた。見てみろ、と渡された単眼鏡で病院を眺めたがちらほらゾンビが徘徊しているだけで、特に変わったことがない。役代の反応を見て、後藤はため息ついでに話し出した。女はゾンビを迂回しながら進んで行く。
「病院の周りの自動車を見てみろ。スカスカのゾンビ対策って感じだが、違う。進まれる道をあえて作ってる。まるで外から来る人間や人間相手に対策する為の配置みたいだろ。」
え?っと役代は再度見回してみる。後藤の言葉を反芻(はんすう)しながら車両の並びの不自然さに、確かにそうかもしれないと思った。
『言われてみればそうかもしれないけど、どんな思考回路したらそーゆー考えが浮かぶの?』
「勢子(せこ)の配置に近いからだ。勢子ってのは…」
後藤は役代に首を振り説明しようとした刹那、女の叫び声が聞こえた。その音に振り返るが、姿は追えない。入り組んだ車の配置に女の影はなく、トラブルの予感が迫ってきていた。
「助けに行くか悩むな。」
『おっちゃん。やめとこう。』
「そうだな」
役代と後藤の意見は決まった。そっとしておいて良いんじゃないかと、面倒がって放置する事にした。
ランドクルーザーは名古屋刑務所を目指して走り出した。
「西島隊長、突入班の連絡が途絶えました。どうしますか?」
目の前の地下入り口を見つめながら、部下達を想うことも出来ず、西島はこの過ちを繰り返すまいと得られた情報を振り返った。
『本部の指示を仰ぐ。一旦、撤収する。』
特別災害対策支部 - 研究室。
久間木は突入班の映像を見ながら、進化の過程に触れたような閃きとその信ぴょう性を高める事実を集める為に西島に連絡を入れた。
「西島君。聞こえるか。」
歪曲した感情を抑えている西島に無線から連絡が入る。
『あぁ、久間木。何かわかったのか。』
「地下にはガスが充満していた可能性はないだろうか?」
『ガスなら隊員が気付く。それはないな」
そうか、と呟き。踵を返すように久間木は続けた。
「霧の様な埃っぽさで視界が悪いと、隊員が言っていた。それに映像を見たが確かにそうだった。恐らくだが僕は思う。あれは花粉か胞子の類(たぐい)だよ。」
『呼吸によって体内に入ったのか。だとしたらガスマスクが必要になるな。あと、グリーンルームの設置を急がないと。久間木!頼めるか。』
「とりあえずデータを討論して、別働隊を編成後そちらに増援と物資を送るよ。」
『頼む。』
連絡はそこで切った。残ったチームに指示を出さねばならないが人を失う事の辛さが西島を襲う。正しい判断だったのかと。安直な判断で部下を失った事が西島を不安定にしていた。
レーダーの反応が強くなり、かなりの量のゾンビが向かっていた。安藤チームがゾンビの誘導の為にいくつか"仕掛け"を作っておいたのが効果を発揮し、接触を免れた。