イメージ 1



🐕【79点】

犬好きが観ても全然楽しめない映画だが…

イタリアのさびれた海辺の町。娘と犬を愛する温厚で小心者の男マルチェロは、「ドッグマン」という犬のトリミングサロンを経営していた。馴染みの仲間たちと食事やサッカーを楽しむマルチェロだったが、その一方で暴力的な友人シモーネに利用され、従属的な関係から抜け出せずにいた。そんなある日、シモーネが持ちかけた儲け話を断りきれず片棒を担ぐ羽目になり、その代償として仲間たちの信用とサロンの顧客を失ってしまう。娘とも自由に会えなくなったマルチェロは、平穏だった日常を取り戻すべくある行動に出る。

『ゴモラ』のマッテオ・ガローネ監督による不条理ドラマ。カンヌ国際映画祭でマルチェロ役を演じたマルチェロ・フォンテが主演男優賞を受賞。イタリア国内の映画祭でも9部門を受賞した。

カンヌでグランプリを受賞した『ゴモラ』と同じく本作も実際に起きた事件が基になっているという。『ゴモラ』もそうだったように「イタリアにこんな場所があるんだな」と思わせるほどそのロケーションの雰囲気は映画向き。その様相はまるで南米や中東の廃墟のようでもある。

マルチェロは友人たちとも仲が良く一人娘と犬を愛する優しさを持つが、時に何を考えているか分からない掴みどころのない男でもある。そんなマルチェロにまとわりつく男がシモーネだ。まるで狂犬のようなシモーネは周囲からも敬遠される問題児で、仲間も真剣に「殺してしまおう」と口にするほど乱暴な男だが、マルチェロはこのシモーネと付かず離れずの関係を保っていた。

マルチェロはシモーネにコカインをせびられたり、泥棒を手伝わせたりさせられるが、散々な目に遭いながらその恩恵を受けることもある。観客が最後まで頭を悩ますのはそのマルチェロの心の内だろう。なぜシモーネの身代わりに刑務所にまで入るのか?なぜ災しかもたらさない男を受け入れるのかと。

この2人の関係性においては過去が語られないのでその心情は理解できないが、たった一つ言えることがあるとすれば、マルチェロにとってシモーネとは犬そのものではないか。手の付けられない狂犬ではあるが、飼育員さながら愛すべき犬だとしたら…迷いなくシモーネの命を救うことも納得できる。

本作の冒頭、劇中に登場する最も凶暴な犬を相手にマルチェロが奮闘するシーンがある。牙を剥いて吼えたてるその犬は今にも噛みつきそうな形相で迫るが、マルチェロは恐れることなく、怒鳴ることもなく、他の犬と同様に優しく冷静に接する。

物語の結末は想像通りだが、それは復讐と言えるものではなく、手に負えなくなった狂犬の息の根を止めるかの如くである。それは他の誰にもできない、マルチェロだけができることだったのかも知れない。多くの観客は最後の最後で『DOGMAN』のタイトルを噛みしめることになるはずだ。

#ドッグマン
#DOGMAN
#マッテオガローネ
#マルチェロフォンテ
#エドアルドペーシェ
#パルムドッグ賞受賞
イメージ 1


🔞【85点】

心も身体も正直が一番いい…

東日本大震災から7年目の夏。離婚、退職、再就職後も会社が倒産し、全てを失った永原賢治は、旧知の女性・佐藤直子の結婚式に出席するため秋田に帰郷する。久々の再会を果たした賢治と直子は、「今夜だけ、あの頃に戻ってみない?」という直子の言葉をきっかけに、かつてのように身体を重ね合う。1度だけと約束したはずの2人だったが、身体に刻まれた記憶と理性の狭間で翻弄され、抑えきれない衝動の深みにはまっていく…

出演者は柄本佑と瀧内公美だけという2人芝居、しかもその大半は裸という、男と女を描く物語としてはかなり濃密である。男と女の物語を書かせたらこの荒井晴彦の右に出る者はいないだろう。リアルにも滑稽にも見えるセックスシーンはロマンポルノ出身の荒井さんらしさが滲み出ていて良かった。僕が一番好きな荒井晴彦脚本は『ヴァイヴレータ』だが、あれもほぼ男女2人の濃密な会話劇で、本作を観て最初に想起した作品だ。

直子は結婚を目前にしながら元カレである賢治を自ら誘う。それは一晩だけあの頃に戻るというものだったが、一度火が着いてしまった身体を鎮火させるのは難しい。特にセックスを忘れつつあった男の方はなおさらだ…

2人の関係はどこにでもある恋愛とは少し違った。それは過去のアルバムや回想シーンで見て取れるし、血縁関係であるいとこ同士というのもまた特別な感情を生む。

男と女の身体の相性が大切なのは経験のある大人なら理解できるだろう。切っても切れない縁とは思わないが、結局そこに行き着くのが男と女の性でもある。『ヴァイヴレータ』では「彼に食べられて、彼を食べただけ」という単純な欲求だったが、ここで描かれる欲求は少し違った。

ただヤルだけの物語だったら嫌だなと思っていたが、最後のオチはなかなか面白かった。なぜ富士山なのか?なぜ火口なのか?2人の行く末を見れば、そこにちゃんと意味があることが分かるだろう。

2人芝居なのでどうしても説明的な台詞も多くなるが、言葉だけでなく音楽でも補足されており、その歌詞にも耳を傾けるべきだろう。柄本佑と瀧内公美の演技も素晴らしく、2人がこの物語の中にしっかりと存在していた。特に瀧内公美の存在感は秀逸で、個人的には要チェックな女優のトップに躍り出たと言っておこう。

#火口のふたり
#荒井晴彦
#柄本佑
#瀧内公美
#やっぱり身体は嘘をつかないんだよね
#印象的なシーンも多数あり
#直美が泣くシーンは脚本にはなかったらしい
#女としての感情がそのまま出たようだけど
#あそこは少しウルっときたな
イメージ 1



🇺🇸【87点】

人が人を殺す理由とは…

シーズン1で【💯】を付けた傑作ドラマの続編。前回同様デヴィッド・フィンチャーが制作総指揮&監督。FBIが構築したプロファイリング捜査の誕生とその過程を描いたシーズン1の内容は #マインドハンターzola を確認していただくとして、今回はシーズン2の見所を…

FBI行動科学課の特別捜査官ホールデンとビルの2人は、全米の刑務所を訪れて凶悪殺人犯から話を聞き、プロファイリングの基盤を作るため奔走するが、このシーズン2のハイライトはなんと言ってもあのチャールズ・マンソンの登場だろう。実際にマンソンから話を聞いた状況の再現はもちろん、シャロン・テート事件の実行犯の話も聞くことができる。

そして今回中心となる事件は79年から81年にかけてアトランタで起きた連続殺人事件。これは26人もの子供たちが殺害された事件で、その犠牲者全てが黒人の子供たちだったことから、様々な憶測を呼んで全米を揺るがした。

これは被害者が全て黒人だったため、白人の人種差別主義者による犯行だと思われた。しかし、ホールデンは独自のプロファイリングから犯人は被害者と同じ若い黒人男性だと断定する。何故なら、子供たちはみな黒人居住地区で連れ去られており、白人が立ち入れば目立ってしまう。また、この手の連続殺人は同じ人種間で起こる傾向にある。故に白人の犯行とは考えにくいのだ。

これに対して、被害者家族は警察を弾圧。「例え犯人が白人じゃなくても、被害者が黒人であるため警察は真剣に捜査をしない」と。確かにこれだけの事件であるにも関わらず、FBIの介入と世論が騒ぎ出すまで地元警察は最小限の捜査しかしていなかった。ホールデンとビルはそんな状況でプロファイリングを基に捜査を進めるが、様々な難題の前に行き詰まるばかり、捜査は難航を極める一方だった。

今回も大勢の犠牲者をはじめ容疑者も全て実名。この事件の経過が克明に描かれていく。もちろんこの事件のことは知らなかったが、知れば知るほどその闇が深いことが分かる。

人が人を殺す理由は様々だが、その動機が不明であることは一番の難問となる。それを解明するための武器がプロファイリングとなるわけだが、この手のシリアル・キラーを理解するのは簡単じゃない。多くのシリアル・キラーはその独特の思考から周囲を煙に巻く。知能指数も概ね高く、嘘発見器でさえ手玉に取ってしまう。単純な殺人はバカでもできるが、こうした事件はある程度の知能がないと難しいことがよく分かる。

事件の結末は不完全燃焼だが、今現在も捜査は継続している。ここで描かれることが真実なのか、そうでないのか、その真相が明るみになることはあるのだろうか?

明らかにシーズン3を匂わせて幕を閉じるが、プロファイリングもまだ発展途上であり、今後どんな事件が扱われるのか、そしてどんな凶悪犯罪者が登場するのか気になるところ。まだまだこのドラマからは目が離せない。

#マインドハンター
#MindHunter
#シーズン2
#デヴィッドフィンチャー
#プロファイリング
#犯罪心理学
#行動科学
#アメリカ重犯罪の歴史
#Netflix
イメージ 1



💟🎥🔞【79点】

お待たせ致しました、いや、お待たせし過ぎたかも知れません、エロで成り上がった男の半生とは如何なるものなのか?これを観ればその一部分が垣間見れるはずでございます。

80年代のAV業界において、本番、ハメ撮り、顔射、駅弁、淫乱、巨乳など、様々なスタイルやブームを生んだAV監督・村西とおると、その村西とともに業界の常識を根底から覆した女優・黒木香の半生が描かれる。

「人のありのままの姿を撮ってワイセツなんですか?」これは村西とおるが逮捕されたときに放った言葉だが、この言葉は彼のエロチシズムの源流である。まだ見世物として作られていたアダルトビデオは、村西とおるの出現によってその形態を大きく変化させる。いわゆる"やらせ"ではなく本気のプレイは日本中の男達を興奮させ熱狂させた。バブルの到来とともにAV業界に様々なブームを巻き起こし、AV女優の在り方さえも大きく変えていった。

「誰もやらないことをやる」村西とおるはこの一点に置いて間違いなく業界の先駆者だろう。今では当たり前になった業界のスタイルも、彼の存在がなければもう10年進化が遅かったかも知れない。その村西とおるの名を世に知らしめたのは、元祖淫乱女優として一斉を風靡した黒木香である。

黒木香と村西とおるのエロスの概念が奇跡的な一致をしたことで当時大きなムーブメントが生まれた。男性主導だったセックスが女性主導もありだと世に知らしめたのが黒木香であり、そこから男女間のエロスの定義が変化していったとも言えるだろう。

この2人が体現した"ありのまま"とは、肉体的なものだけでなく、精神的なものにまで起因したというのが一番の変化であり、リアルなセックスを経験している者ならその違いが理解できるはずだ。

本作は80年代バブル期を体験した視聴者にはいろんな意味で懐かしい物語である。AV全盛期はもちろん、バブル期における様々な描写も本編には満載で、まさにNetflixクオリティと言える作品だろう。
並行して描かれる黒木香の半生も興味深く、村西とおるとともにその本質は大きな見所である。

実は彼女の主演作はたった3本しかない、助演での出演は多数あるものの、あれだけのブームを巻き起こしながら3本というのは余りに少ないが、たった1本で一世を風靡してしまったため、その後タレント化してしまった影響だろう。彼女は後に村西の愛人となり会社経営にも関わるが、その辺りはシーズン2で描かれるのかも知れない。


本来なら「ナイスですね〜‼️」で書き始めたかったところだが、実は個人的には手放しで喜べないと言うのが本音だ。この作品は事実を基にしたフィクションであり、村西とライバル、ヤクザ、警察の四つ巴など、裏の描写はほとんどフィクションだろう。黒木香のデビュー以前すでに村西とおるは業界で話題だったし、彼女のデビュー作発売に困難があったとは思えない。事実、村西がハワイの撮影でFBIに逮捕されたのも「SMぽいの好き」の発売後であり、黒木もハワイに同行していた。

前半は2人の生い立ちからその本質が丁重に描かれていくものの、後半になるとフィクション部分のドラマに比重が移り、その行き過ぎた展開に僕はイマイチ乗りきれなかった。もちろん、世界190ヶ国で配信されるNetflixドラマなので視聴者を惹きつける物語が必要なのは理解できるし、ただ2人の半生を追うだけの単調なモキュメンタリーにはできないということも理解する。

ただし、だからと言って面白くないわけではない。後半、昭和から平成へと移り変わる日本を軸にしたのもドラマとしては良く出来ていたし、豪華な俳優陣も素晴らしい演技を魅せてくれた。特に黒木を演じた森田望智の熱演は本作最大の発見だし、満島真之介の存在感も特筆すべきものだった。テレビや映画では表現しきれないエロ満載の描写や、当時の歌舞伎町や80年代の再現など、やはりNetflixだからこそと言えるだろう。

とりあえず、総合評価はシーズン2を観てからとしておこう。


#全裸監督
#Netflix
#山田孝之
#満島真之介
#森田望智
#玉山鉄二
#小雪
#柄本時生
#伊藤沙莉
#ピエール瀧
#リリーフランキー
#石橋凌
#國村隼
イメージ 1


‍🎓🇯🇵【78点】

これ観たら測りたくなるぞ〜!

昭和8年。欧米列強との対立を深め、軍拡路線を歩み始めた日本。海軍省は、世界最大の戦艦を建造する計画を秘密裏に進めていたが、この計画に反対する者もいた。「今後の海戦は航空機が主流」という自論を持つ海軍少将・山本五十六は、巨大戦艦の建造がいかに国家予算の無駄遣いか、独自に見積もりを算出して明白にしようと考えていた。しかし戦艦に関する一切の情報は、建造推進派の者たちが秘匿している。必要なのは、軍部の息がかかっていない協力者…。山本が目を付けたのは、100年に1人の天才と言われる元帝国大学の数学者・櫂直だった…。

原作は未見だが、これを観ている間に思い出したのは「イミテーションゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」で、数字のことはよく分からないが、数学的なアプローチはやっぱり面白い。もちろん物語はフィクションであるが、戦争という悲劇から生み出された大和の存在意義と、そこに関わった男たちの交差する思惑が上手く描かれていたと思う。

山本五十六の持論が正しかったのはその後の歴史を見れば明らかだ。あの真珠湾攻撃では海軍自ら航空機だけで停泊中の戦艦を撃沈、後に航行中の戦艦も航空機のみで沈めた。それは世界で初めてのことであり、日本が自ら航空戦の扉を開いたと言っていい。

「戦艦大和」が作られた経緯は劇中で語られた通り。数で勝てないアメリカに対して質で勝負しようと考えたからだ。もちろん大きければ強いと言うわけではない、相手より大きな大砲を備えていたとしても、当たらなければ意味はないし、そもそも大きいというのは格好の的になる。戦争が航空戦へと傾き始めた時代に、威厳や象徴という戦場ではなんの役にも立たない理由で、あんなものを作ってしまった日本は愚かだったとしか言いようがない。

アメリカが沖縄に上陸し、日本陸軍が総攻撃を開始するころ、大和は沖縄に向かって出撃する。その命令は「特攻」であり、3000人以上を乗せた大和は最初で最後の出撃となった。しかし航空機の援護がない艦隊が海に出ればどうなるかは目に見えており、大和は沖縄に辿り着く前に沈むことになる。

大和は当時時代遅れの産物と揶揄された。「国の威厳」「日本の象徴」と言っても、大和の存在を国民が知ったのは戦争が終わってからだ。しかし戦後の日本において大和の存在が大きくなっていったのは確かで、いまの僕等にとっても同じことが言える。こうして映画が作られるのがその証拠だ。

本作は非常に良く出来た脚本で、漫画的なユーモアも備えており130分という尺を感じさせないエンタメに仕上がっていた。冒頭、大和の圧倒的な存在感と怒涛の沈没シーンはまさに圧巻と言えるもので、新作を撮る度にVFX映像をレベルアップさせている山崎貴監督の手腕も見事だった。

あえて難を言えばもっと大和が観たかったところだが…

#アルキメデスの大戦
#山崎貴
#菅田将暉
#柄本佑
#僕にとっては大和と言えば宇宙戦艦だけどね
イメージ 1


☀️【69点】

全然大丈夫じゃないよね?

あれだけ水没してたら都市機能は完全に麻痺してるでしょ?せっかく彼女が犠牲になったのにお前がそれを無駄にしたんだぞ!おばあちゃん買い物とかどうすんだよ!須賀の会社はなにをしてそんなに立派になったんだよ!

なんて言葉が浮かびつつ劇場を後にしたけど、ここからは何を書くか分からないので、これから観る予定の方は鑑賞後にどうぞ。


圧倒的な画力はやっぱり大きなスクリーンで観ると映えるよね。もう見慣れてしまったので昔のように感動することはないけど、東京をありのまま描写したその映像美はそれだけで価値のあるものだと思う。まるで来年のオリンピックを見据えたような東京の景色だったけど、これから海外で観てもらって「これがTOKYOです!来年は是非お越し下さい!」ってメッセージなのか?なんて勘ぐったりして、まぁ、ここまでビッグバジェットになるといろんな企業が絡んでくるから、そこは仕方ないかなと…。

田舎から出てきた少年が東京の怖さを知ったり、いろんな部分でカルチャーショックを受けたり、同じ経験をした人なら共感できるよね。恋をして、大切ものを失って、それを取り戻すために夢中になって、そうやって少しづつ大人になっていく。まぁ、その辺りは毎回共通したメッセージなんだけど、もうオジさんにはあんまり響かないよね。(たぶん前回も同じこと言ってると思う)
若者が何をどう受け取るかは人それぞれでいい、こういう作品はそれが一番大事だから。


㊙️


で、レビューらしく僕が気になったことを少々…
途中から凄く気になったことが一つあって、ずっとそればっか考えてたんだけど、須賀が義理のお母さんと娘の親権を争ってたってとこ。50過ぎるとそんなどうでもいいことが気になっちゃうんだけど、そこがどうしても腑に落ちなかった。奥さん事故で亡くなってるのになんで娘を取られちゃったの?須賀は娘と上手くやってるようだったし、そういう設定にした意味が何かあるはずだと。最初は車の事故で運転していたのが須賀だったとか、お母さんともともと仲が悪かったとか考えたけど、そういう話はなかったし、そもそも必要な設定?って感じだった。で、どんな理由なら納得できるかなと考えた結果… 奥さんは事故で亡くなったんじゃない、居なくなったんだと。

となるといろんな描写が頭に浮かぶんだよね。須賀のしていた指輪が二つ重なってたこと、それを何度も強調していたこと、クライマックスで須賀がビルの上で先回していたこと、帆高を叩いてまで止めたこと、そして警察を制止してまで行かせたこと、それらの行動を踏まえて考えてみると、須賀は最初からすべてを知っていたのではと…

そう考えるとこの物語の構造が少し見えてくると思うんだけど。
ただ、もし推測通りなら雨が続くあの現象は過去にもあったはずで、一度は収まっているはず。でもなぜまた同じことが繰り返されたのか?ってとこがやっぱり分からないんだな… まぁ、それは直接物語のテーマとはあまり関係がないから、まぁいいかな。考えるの面倒だし誰かに任せるよ。


#天気の子
#新海誠
#小栗旬が全然分からなかったよ
#平泉さんは絶対分かるよね
#どこかで聞いたような台詞満載で面白かった
イメージ 1



💯点

この理不尽な世界の片隅で…

これほど心を鷲掴みにされた作品は久しぶり、おそらくフィクションとしては初めてかも知れない。それはここで描かれることがフィクションではなく、今そこにある現実として捉えることができるからに他ならない。まるでドキュメンタリーのようなこの作品に心動かされる人は多いはずだ。

レバノンで暮らす12歳の少年ゼインは、人を刺した罪で刑務所に収監されていた。そこでゼインは刑務所からテレビ番組の生放送に電話をし両親を告発する。裁判でその理由を聞かれたゼインは「僕を生んだから」と答える。
物語はこの裁判から始まり事件が起きる以前に遡ってゼインの辿る過酷な道のりが描かれる。

ある日、ゼインが仲良くしていた妹が、知り合いの年上の男性と強制的に結婚させられてしまい、それに反発したゼインは家を飛び出す。仕事を探そうとしたがIDを持っていないため職に就くことができない彼は、沿岸部のある町でエチオピア移民の女性と知り合い、彼女の赤ん坊を世話しながら一緒に暮らすことになる。

ゼインは妹思いの良き兄で、クズ扱いされる親に対しては乱暴な面もあるが、妹に対しては愛情を隠さず接している。妹が初潮を迎えたときも家族にバレると女と認めれ売られてしまうので、それを隠すために奔走したりする。家を出て知り合ったエチオピア移民の女性には赤ちゃんがおり、ゼインは一緒に生活を始め赤ちゃんの世話をするようになる。そこでゼインは初めて母親の子供に対する愛情を知ることになるが、やがてその女性が不法滞在で収監されてしまい、ゼインは赤ちゃんの面倒を見ながら必死に生きていこうとする。

他人である赤ちゃんにあそこまで親身になるゼインには深い人間性を感じるし、自分の親には散々な扱いを受けてきたのに、彼のとる行動は正しい人間そのもので、登場する誰よりもまともな大人に見える。ゼインは食べるために家財道具を売ったり、処方された鎮痛剤を薄めてドラッグとして売ったり、様々な手段を使い生き延びようとする。その姿は慎ましくもあり逞しくもあるが、レバノン社会の底辺で生きる苦しさと厳しさがこれでもかと伝わってくる。

ゼインの家族は劣悪な環境で他人の力を借りやっと生きている状況だ。社会からはゴミとして扱われ、自分たちの意見など通らない世界で生活しており、ゼインも学校には行かせてもらえず常に働かされている。娘を売るのは家族を養うためでもあるが、それは娘の未来のためでもある。まだ子供であるゼインがそれを理解できるはずもなく両親はゼインを目の敵にするが、一番大切な家族を失いたくないというゼインの気持ちはきっと理解しているはずだ。

この世界の片隅で描かれる絶望の物語は決して絵空事ではなく、今そこにある悲痛な現実だ。そこにはモラルなど存在せず、なにが正しくてなにが正しくないのか?誰にも答えることはできないだろう。ただ生きるためにできることをするだけで、希望や理想を思い描く隙など1ミリもない。

「育てられないなら産むな!」
ゼインが裁判で口にする最後の願いに胸が張り裂ける思いだった。
生まれたら愛情を与える義務があるし、愛情を受ける権利もある。誰にでもある当たり前のことすら、この世界ではままならないのだと痛感させられる。

本作はエンタメや娯楽を求める人には向かないかも知れないが、あらゆる面で良質な作品だ。限りなく重く辛い物語ではあるが、鑑賞後の満足度はすこぶる高い。これは1人でも多くの人に観て欲しい傑作だ!

#存在のない子供たち
#ナディーンラバキー
#ゼインをはじめほとんどの出演者はシリアやレバノンで生まれた素人の人たち
#彼等もまたこの物語と同じような境遇で苦難を味わってきた
#まるでドキュメンタリーのようなリアリティがあるのはそのためだ
#特に主役を演じたゼインが素晴らしい
#経験者だからこそできる表情だがあの年齢でこれだけの演技ができるなんて
#演技ができないはずの赤ちゃんもなんだか素晴らしかった
#レバノン映画にハズレなしか
#これ観てアカデミー外国語映画賞がROMAだなんて信じられないよ
#こういう作品こそ賞を与えてより多くの人に届けるべきではないのか
#この上なくアカデミーに幻滅
#これ観た直後にファンタジーを観る気にはならなかったので断念


イメージ 1


【87点】

深田作品にハズレなし!

周囲からの信頼も厚い訪問看護師の市子は、ある誘拐事件をきっかけにその関与を疑われてしまう。やがて市子の日常は崩壊しそれまでの生活は一変、理不尽な環境へと追い込まれていくが…。

カンヌで高く評価された前作『淵に立つ』でもそうだったように、深田監督は家族や人が壊れてゆく姿を描写するのが上手い。本作では誘拐事件を誘発させてしまった善良な女性の苦悩と葛藤、そして自分を追い詰めた者への復讐が描かれるが、そこには様々な要因が含まれており、一筋縄ではいかない独特の雰囲気が漂う。前作でも同じ言葉を使ったが、「静かなる脅威」にジリジリと心が締め付けられた。

市子は直接誘拐事件に関わったわけではないが、加害者の親類であり、被害者とも交流があった。彼女は自分に責任があることを自覚しており、その思いを被害者家族に告げたいと願うが、その理由を唯一知っている被害者家族の長女・基子が口止めをする。ここから先は物語の性質上多くは語れないが、その行く末は意外な方向へ転がってゆく。

マスコミが市子を加害者として扱う様も、職場を追われ未来を奪われた市子が復讐へ向うのも、今のご時世をよく反映したものであり、様々な事件が浮かぶと共に考えさせられるものだ。人間は人間にしか追い詰められないというのは当たり前のことだが、その結果生み出される憎悪がどんな悪魔を呼び起こすか、今一度考えるべきだろう。市子の復讐は些細なものではあるが、それは女の復讐に相応しいものだ。市子がどこまで基子の気持ちを理解していたかは不明だが、その複雑さが本作の肝でもある。

美しい"よこがお"の筒井真理子は人間の持つ二面性をよく表現していた。基子もまたその"よこがお"に二面性を秘めており、それはどんな人間にもあるもう一つの顔を思い起こさせるものだ。時系列をバラし人間の持つ二面性を的確に切り取る深田監督の手腕は見事なもの。とりわけクライマックスにおけるクラクションからのラストシーンが素晴らしかった。

#よこがお
#深田晃司
#筒井真理子
#市川実日子
#池松壮亮
#吹越満
#筒井真理子は主演女優賞ノミネートに値する
#市川実和子も助演女優ノミネートに値する

イメージ 1
イメージ 2


🆕🆙😲💯点

僕等の日常はすでに支配されている…

インスタ見てるとamazonで検索した商品の広告が流れてくるでしょ、それと同じものがLINEやメールにも送信されてきてうんざりすることがある。これは個人情報を企業が使い回しているという証拠だ。

僕等がネット上でするやり取りのすべて、クレジットカード使用やウェブ検索、位置情報や"いいね"、そのすべてが瞬時に収集されコンピュータの🆔にタグ付けされる。情報の買い手は個人の琴線を把握し、その情報に基づき注意を引くために、個別に作成したコンテンツをデバイスを持つ者一人一人に向けて流し続ける。それは今や当たり前の仕組みではあるが、それが自分の意思とは無関係なところで悪用されたならどう思うだろうか。

世界の人々を繋ぐためだったSNSは、認知と共感の共有ツールとして発展してきたが、今は逆に人々を分裂させ続けてる。その最たる例が2016年のアメリカ大統領選だ。トランプ陣営はその選挙選でデジタル・プロジェクトを設立し、フェイスブックやグーグルと共同で情報戦を主導した。莫大なデータを確保しそれを分析、個々の性格や思考に沿って適切な広告を流す。それにより多くの人々が誘導され影響を受け選挙で投票する。それがどこまで個人の判断を決定させるか定かではないが、少なからずその結果に影響を与えているのは確かだ。

 イギリスのCA社(ケンブリッジ・アナリティカ)はフェイスブックから8000万人以上の個人データを入手し、世界中で起こっている紛争や選挙に影響を与えてきた。しかし、それはより大きな事案を動かすための実験でしかなかった。その大きな事案とは、イギリスのブレグジットであり、アメリカ大統領選であった。本作はそのCA社が行った数々の行為と実態を、内部告発という形で暴いていく。

本作に登場する告発者は2人、1人はCA社の元プログラマーの男性、、もう1人はそのデータを基にブレグジットや大統領選を主導した女性だ。この2人が告発しなければこの問題が明るみになることは無かっただろう、2人は自分たちが犯した罪の大きさを認識し懺悔の念で告発をした。それは世界を動かすほどの大きな罪だが、この2人の勇気は称賛に値するものだ。

僕が民放テレビを観ない理由の一つがCMを観たくないから…3年前にやめたフェイスブックも自分の意図する情報の多さに嫌気がさしたからだ。日常生活において自分の欲しい情報だけを選別するのは難しい、様々な情報の中で僕等はいろんな判断をしているが、それはもはや"させられている"と言えるだろう。フェイスブックのザッカーバーグは情報漏洩の罪を認めてはいないが、彼等が行った罪の大きさは計り知れない。今や大手のIT事業は石油業界の利益よりも大きくなっている。フェイスブック、アマゾン、グーグルなどの影響下で僕等の生活が成り立っているというのは周知の事実だが、その生活はもはやそれらに支配されていると言ってもいい。

今や僕等の生活のあらゆるものがデジタル化されている。カードでの決済、公共、交通、コンビニでの支払いもその行動のすべてがデータとして蓄積されており、それが消えることはない。もちろんそれは時代の進歩であり、利便性という意味では欠かせないものになっているが、それがどのように使われているか、知れば知るほど恐ろしくなるはずだ。

民衆を動かすという意味で個人データとそれを解析するプログラムはどんな兵器よりも強力だ。政治も革命もビジネスも、それを支配することが成功への近道だと言うことである。


#グレートハック
#thegreathack
#Netflix
#知ったところでどうにもならないのが現実
#それが一番問題である
イメージ 1


【60点】

リメイクとしては致命的な過ちを犯す…

2011年に公開されたイギリス映画『アリス・クリードの失踪』がドイツを舞台にしてNetflixに登場。

用意周到に事前準備をした2人の男が金持ちの娘を誘拐監禁するが、完璧だと思われた計画は小さなミスから破錠し始める。登場人物は2人の誘拐犯と人質の3人のみで構成され、娘を誘拐された家族の反応や警察の動きなど、外で起きているだろう事は一切描かれない。よって最初と最後以外はほぼ密室での会話劇となる。

オリジナル版は高く評価して面白かったと記憶してるんだけど、なんか違うな、こんなもんだったかな?って感じだったので調べたら思い出した。本作はプロットこそ同じだが、肝心なところをバッサリとカットして面白さが半減している。

これからこれを観ようという人のため、あるいはオリジナルの方に興味が湧いた、という人のために詳細は伏せておくが、本作はある重要な設定が2つ欠けている。ひとつは犯人と被害者3人の関係性にまつわるもの、もうひとつは『アリス・クリードの失踪』というタイトルに関わることだ。実はこの2つの改編があってもその経過と結末にはそれほど変わりがないのだが、やはりオリジナルを知っていたら気の抜けたコーラを飲むような気持ちにならざるを得ない。

この時代に観ればそれほど目新しさは感じないが、当時としては新鮮で秀逸なサスペンスだと評価した。まぁ、これを観るならオリジナルをオススメしたいが、Netflixに入っている人はこちらでお試しあれ。


#ステラ真昼の誘拐
#Netflix
#アリスクリードの失踪
#特にあの設定がなくても成立する話ではあるけど
#やっぱり中途半端なリメイクだったな