titanのブログ

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聖武天皇が一時都を京都の東南の木津川岸の恭仁京(くにきょう)に移したとき、葛城の鴨族も近くの岡田に神社を開いた。元は川岸にあったようだが、洪水などの被害で今は少し川から離れた場所にある。訪れる人も限られるのか道案内もなく、探し当てるのに苦労したがケヤキの杜に囲まれ静かに鎮座していた。写真の社の右側が鴨神社で
京都の下鴨神社と同じ神を祀っている。
聖武天皇は、平城京→恭仁京(740-743)→紫香楽宮→難波京(744)→平城京(745)と遷都した。この頃は、災害異変が頻発し、唐より帰朝の玄昉・吉備真備から仏教や制度などを学んだ天皇は、鎮守国家を目指し諸国国分寺や大仏建立の詔を発した。恭仁京の大極殿は廃都後は国分寺が建てられた。近くには岡田國神社、海住山寺、岩船寺、浄瑠璃寺などがあり、訪れた秋には奈良名物の柿がたわわに実り、花が咲いているような景色だった。