はかない…
『儚』という字が 人+夢だということを実感しました。
そして悲しみは、しみ込む、です。
しみじみ、しみじみと…
岩本昭三先生。
私たち家族の時間の1分1秒を大切にしてくださり、
全力で生きることのお手本を見せてくださり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
岩本昭三先生
◆医療法人 岩本内科医院 院長
◆日本内科学会専門医
◆日本消化器病学会専門医
◆日本肝臓学会会員
◆アジア太平洋肝臓学会会員
5月11日に亡くなられたことを翌日の深夜に知りました。
いつも先生が活躍していることFacebookで拝見し励みにしていたので愕然とし、本当に信じられませんでした。
その時私は大阪の地。
一夜あけて、「これはなんとしても、息子の粋(すい)と一緒に最後のお別れに行くべきだ」と、仲間の皆さんにお願いをして私は小倉へ帰りました。
岩本昭三先生が院長をつとめる岩本内科医院は、北九州市小倉南区にある19床の医院で、主に肝臓癌(がん)の診断と治療を専門とし30年以上。毎日100人を超える地域の方、そして肝臓がんに苦しむ人を助けています。手術は毎週2回以上、独自の療法「門脈動脈同時塞栓療法」を用い、素晴らしい治療成績をあげていて、多くの肝臓がんの患者さんのためになるよう海外での学会発表も続けていらっしゃいました。
ほんとに一所懸命というのは、こういうことをいうのだと思います。

私は夫を2011年12月27日、岩本内科医院で看取りました。
その年の3月30日に肩の痛みを訴え、市内の大きな病院に緊急入院しました。
はじめは、24時間以内にショック死の可能性を宣告されました。
肝臓がんの破裂の痛みが肩にあらわれるのも、初めて知りましたが、すでに末期の肝癌で肺にも転移をしていましたので、ICUを出た後は「もう施しようがありません」と言われました。
その後、肝臓癌治療では権威の岩本内科医院に転院。ホスピスにいくことを考えていた私を岩本先生が「ネバーギブアップで頑張ろう!」っと言ってくださいました。
夫42歳、息子10歳。
「まだまだ可能性はゼロではないから、あきらめないで私もやるから、あなたもしっかりガンばりなさい。」と言ってくださり感動しました。夫は生きたいという気持ち、息子や私に、生きる姿を見せたいという気持ちだったと思います。最後の最期まで、模型を作ったり、面白いことを言って笑わせようとしたり、ほんとに、愛のカタチを見せてくれました。私たち家族には、人生で最幸の時間を創ってくださったのは、岩本内科の皆様、岩本正三先生です。
夫は先生独自の手術を7回おこない、8ヶ月間も生きることができました。
亡くなる数時間前、先生は息子を呼んでくれて、スティーブジョブズの話と自分の人生を話をしてくれました。父を亡くしても強く生きていくことを、真摯に教えてくれました。
お通夜の日。
息子は棺に眠る院長をみて、頭に手をやりうつむき、何も言いませんでした。しかし、彼は彼なりに何かを感じ取り、何かを決意をしていることと思います。

岩本先生の医療は岩本内科医院にあります。
「命をもって、命を活かす」
さらなる繁栄を心よりお祈り申し上げます。