なかなか難しい問題ですねーまだまだ未熟な地底人です。
どうでもいい事なんだけどさっきね。
えがちゃんtwitterで「黒スパッツは100着くらい持ってます」
https://twitter.com/ega250
だってー!流石プロ!かっこいい~~!!
今のままの貴男を貫き通して欲しいです!( ゚ー゚)ノ)"ガンバレ~!

そしてこそこそyou-tube見てたらまたしても
懐かしいビデオがまたしても見つかった!!
も~こんな時間か~~これからあとひと仕事してきます!
頑張るぞ地底人!!
2009年10月29日 祖父が亡くなりました。
あまりに突然居なくなってしまったので、悲しみよりも
驚きが大きかったのを覚えています。
祖父がどんな人間だったかは、自分のブログ にも散々書いてきたので
ここでは省きますが、家族も親戚も「100歳まで生きる。」と思うくらい
健康な人だったので、突然の死に、僕も家族も呆然としていました。
一度きりのライブの為に結成されたバンドのライブが終わり、
祖父が亡くなり、49日も過ぎ、2009年も終わろうとしていました。
そのバンドのギタリストだったSが、会う度に
「リョウくん、一緒にバンドやりましょうよ。」と話を持ち掛けてきました。
僕はその度に、「やりたくない訳では無いけれど、ガッツリやりたいなら
違う人とやった方が良いよ。 S君なら他にもっと良いバンド探せるよ。」と
断っていました。
僕の中でバンドを再びやり始めたら、何かを失う気がしていました。
理由は未だに解りません。
一度、音楽漬けの日々から離れ、何年も過ごしてきた僕には
何か踏み込めないモヤモヤした気持ちがありました。
でも祖父の死を目の当たりにして、「人間いつ死ぬか解らない」という
恐怖感みたいなものが芽生えました。
過去に僕は、友人や後輩を亡くしています。
事故死、自殺、病死。
どれも現実なんだけど非現実な感じがしました。
もう話す事も無い、一緒にお酒を飲む事も出来ない、声も聞けない・・・。
自分が置いていかれたという意識の方が強かった気がします。
でも祖父の死は、本当に一番近いところに居た人が突然居なくなり、
それを心底悲しむ家族や親戚を間近で見た事で、僕に「死」というものを
解り易く認識させた様な気がするんです。
自分もいつどこで死ぬか解らない。
今の自分は突然死んで納得出来るか?
死んだら納得も何も無いじゃないか。
どうなるのかなんて解らない。
でも今は生きている。
こんな事を繰り返し考えているうちに、
「いつ死んでも後悔の無い様に、少しでもやりたい事はなんでもやろう。」
という考えに至りました。
バンドもやりたい、旅行にも行きたい、美味しいものも食べたい。
昔、バンドだけをガッツリやって、それに全て賭けていた時の自分とは
全然違う考え方です。
でも自分の人生、どういう生き方しようが他の人に迷惑掛けなければ
良いんだって、以前よりも強く思う様になったんです。
Sに連絡してバンドをやる事にしました。
2010年はメンバーを探す為に色んな人に会いました。
そして2011年1月 僕は数年振りに立ち上げたバンドで活動を始めました。
今日で締めようと思ってましたが、あと一回だけ続き書かせてください(^^;)
それで完結します(笑)
今日は、文化の日。
まさに、文化的地底人ICにうってつけのブログ担当日だよね(´∀`)
だからと言って、酔いどれで『文化』を語るのもアレなんで、
日頃思っている疑問を一つ!
『掃除のオバサン』って居ますよね!?
何故あの方達は、男性の更衣室や浴室に入っても
何事も無かったかのようにスルーされるんだろう?
『掃除のオバサン』とは言え、
女性ですよ!じょ・せ・い!!
「失礼しまーす!」とか言われても、
気の弱いICは、気になってしょうがないんですよね (///∇//)
逆に、女性更衣室に『掃除のオジサン』だったら大問題じゃないですか??
「だっふんだ☆」じゃ済まされないっすよ(((( ;°Д°))))
つぅワケで、『掃除のオバサン』は、社社会的に≪性別なし≫で
認定されているという事でいいんでしょうかね(;¬_¬)??
誰か納得の行く答えをください!!
まー、IC的には、どうせ気になるなら、『掃除のオバサン』でなく
『掃除のお姉さん』を派遣して頂きたいんですけどね (。-_-。)ポッ
(あーあ・・・!又TKに怒られるよ、コレ…(・Θ・;)。)