幸せでいること、
そう決めてからすべてが変わった。

幸せは待っても来ない、努力しても得られない
探しても見つからない

なぜなら幸せは初めから"ここ"にあったのだから

そう頭で分かっても分からなかった
信じ込んでも信じられない、思い込んでも思えない
心に嘘はつけない

どうしたらいいのだろう


だから決めた
"幸せを感じるぼくを選ぶ"

何があっても、どんな状況だろうと、
嵐だろうが、暗闇に沈もうと、鬱の時でさえ
幸せであり続ける。

それが唯一のぼくが"生きる"こと
そうでなければ命などとっくに捨てる


それを感じるため心を開こう
恐くても、寂しくても、逃げ出したくても
どんなときも

余計なことは考えず
ただ息を吐き、吸い、心臓の鼓動を聞く

音楽を聴くときのように
心を解き放ち感じる

楽譜が読めず理屈など分からなくても
ベートーヴェンに胸が高鳴り、モーツァルトに高揚し
ブラームスに揺さぶられるように

空を見上げ、風を感じ、五感を澄まし、それと重なる
聴こえない音色、見えない色彩、言葉にならない感触…

世界はまばゆい光に包まれ
ぼくは幸せでとろけそう

まるでベールが剥がされたように
別の地上が顕れる


でも、いつもそうとは限らない
孤独にさいなまされ


不安に取りつかれ
いらつく

もう駄目か、とあきらめたくなる
自分を責め、罵り、憎悪したい

それでも決めた。

"幸せであるぼくを選ぶ"
どんな情況だろうと


うまくいかないときは
うまくいかない自分を抱きしめ


無気力で自堕落になっても
"今は見えなくても、幸せの感覚へ一歩でも近づく"

心のセンサーを働かせ
音楽を聴き、散歩し、掃除や整頓
身体を動かし、希望を探し



それでも駄目で、どうしようもなくて…


真夜中のファミレスでコーヒー飲み小説を読み
知らない路地を歩き

いたたまれない時にこそ
思い浮かぶ人に励ましのメールを送る

星の見える丘を探し回り
森の中で月を見上げずうっと佇み

それすらできず、力は尽き

死んだ方がマシと思える悲しみの夜は
床に倒れ祈り続ける

言葉にならず、涙しか湧かず
必死に心を手繰り


もう死んでもいい、

地獄に落ちてもかまわない
目に見えない神(分からない何か)に
命捧げ

神さま、これですべてです
これがぼくなのです

それで十分

結果も、報酬も、奇跡も求めず
考えず、頭は空っぽ


ただ祈るだけなのです
言葉にならない言葉
声にならない叫びを




翌朝、深い眠りから覚めると
体中にエネルギーみなぎり
ぼくは別人になっている

世界のベールはさらに剥け
みたこともない青空


草木の輝き
花びらの微笑み
― 花々は本当に話しかけ

圧倒される感動に胸がいっぱいになり
思わず涙がこぼれる

なんということでしょう!

なんて幸せなのだろう
心は感動と喜びにあふれ

そして徐々に理解した
幸せはいつもここにある
それは本当のこと

世界はこんなに美しく輝き
慈愛に満ちてる
そこに理由なんてないのさ、きっと。







 

心はよく笑う。そして泣く、嬉しくて。心は戸惑う。驚き茫然とする。あまりの恵みの深さに。なのにまた凍え沈む。いたたまれず。死んだ方がいいや、って。

心は張り裂け、はしゃぎ、転がり、叫び、ふざけ、いっときも留まらない。どうしてそんなに動くの?と問われたってぼくにだって分からない。勝手に感動し、勝手に涙はこぼれ、勝手に笑い、勝手に見とれる。世界はなんて美しいんだろう。

このひと月は色々な事があり過ぎ、ぼくはそれを綴る間もなく、矢のように動き出した時間を感じ取るだけだ。それは恵みに溢れる素晴らしい体験なのだと理解して。

これからぼくは何処に向かい、何をしようとするのかさえ分からない。でも、もうそんなことは気にも留めず、解き放たれた矢の行方をわくわくし追い続けたい。

すべてを天にゆだね、大いなるものに包まれていることを忘れずに。「それは最高にエキサイティングで素晴らしい夢のような体験であると知っている」ぼくを選び続ける。

台風が過ぎると空はふき取られた窓ガラスのように澄んでいた。

 

遠くの景色が近い。屋根瓦も電線も葉っぱの形まではっきり、くっきり。陽ざしは真夏に戻ったような照りつき。でも風は秋の気配だ。

今週は午後から深夜にかけての勤務帯(シフト)だった。帰路の夜道は月が照っていた。それがどれほど疲れた心を癒すことか。




このところ体調が芳しくない。交代勤務に心が悲鳴を上げてるのだろう。これ以上続けたら「死んでやる」と脅すように体の様々な部位が不和を訴える。

 

夕べも仕事中に眩暈を覚え倒れそうになった。とはいえ生産予定数をこなしていない。途中で止める訳に行かず黙々と働いた。「動け、動け」と理性は鬼軍曹となり体に命ずる。

ようやく予定数を早い時間で仕上げリーダーに早退願いを出す。それから段取りを整え周囲に挨拶し一時間半早い帰路についた。


帰り際に日頃は接点のない検査部の若い女性に声をかけられた。

「大丈夫ですか。もしかしたら最初から体調悪かったのですか。すごい元気そうでそうは見えなかったから」

心配そうな顔だ。

「いやあ、心配かけてごめんよ。でも、仕事はキチンと最後までしたから問題なし」

「そうじゃなくて。無理しないで欲しいの。前から伝えたかったんだけど、いつもありがとう。○○(ぼくの名前)さんにはいつも助けられてるの」

「えっ?俺なにもしてないけど」

「あのね、〇〇さんがそこにいるだけで元気になるの。〇〇さんの声とか雰囲気がこっち(検査部)によく伝わるのよ」

「あああ、俺声大きいからな。なんだ俺の声は全部つつ抜けか」

彼女は笑いながら

「全部、聴こえてるわ。なんだかエネルギーをもらえるのよ」

「えええ?そうなの?」

「知らなかったでしょ。みんな思ってるわ。〇〇さんと同じ直(勤務帯)で良かった、って。」


まったく予期せぬ事態だった。

ほとんど話をしたことのない検査部の女性陣達にこのぼくが人気(?)があったとは。分からないものである。

 

本当かよ?お世辞では?と彼女の眼をのぞき込むととても嘘やお世辞を言ってるように見えない。いつも静かに黙々と仕事する彼女。万事に控えめで目立たない。

 

そんな彼女が必死に伝えようとしている。曇りのない澄んだ眼だ。二十代半ばか後半といった年頃か。

胸がキュンとした。いかん、いかん、邪心は振り払え。優しい子なんだろう。体調の悪い同僚を心配してるに過ぎない。体調が悪いはずなのに、帰り道はなぜか胸が弾んだ。

「心配げに見つめる彼女の眼は綺麗だったなあ。せめてぼくがあと二十歳は若ければ。ああああ、バカ、バカ、つまらない妄想はやめよう。

 

それより、そこにいるだけで元気をもらえる、なんて素敵な響きだろう」


すると雲の合間に月が輝いた。

 

大きな丸い月。雲がその上を風に乗り走る。夜風は涼しく心地よい。気づくと体調はすっかり良くないっていた。現金なものだ。優しい人のちょっとした言葉で心はこんなに喜び、心が喜ぶと体は回復する。


ありがとう。優しい人。ぼくはあなたから大きな回復のエネルギーを頂きました。日頃ぼくは何もできないけど、でもこれからも今までと同じように職場でもぼくらしくありたいと思います。それがあなたたちにとっての元気の源というのなら、なおさら、喜んで、一生懸命に働きたいと思います。

人はそこに存在するだけで互いに大きな影響を与え合っている。そしてその輪は干渉し倍増し拡がり続け、ついに地を覆い尽くす。きっと、そうに違いない。

 

夕べはとても幸福でした。

 


 

2018年8月18日深夜に心に聴こえたこと(後半)をブログに綴った。

その後でバシャールのこの記事を読み驚いた。同様の内容なのだ。

まさかと思い投稿時間を確認してさらに驚いた。

日時、時間、分まで同じだった。

 

ぼくにとってはただの偶然ではなく、"yes"のサインのように思えた。

喜びがこみ上げる。

感謝します。

 

 

以下はぼくの綴った文章

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   散歩

 
 

雨上がりの空はどこまでも高い。渇いた風は秋の香りを運び、揺れる草の影は濃い。

ぼくは歩いた。町をさまよい、神社を横切り、富士のすそ野に広がる森の奥へと。

登り坂はつづき、息が切れ、心臓が脈打つ。鈍った筋肉は叫び、喉はからから。

それでも歩く。やがて訪れる静謐を予期して。内側は燃える。

そして始まった。

頭の中の雑音は消え空が溶ける。蝉が響き木々は歌う。

風がささやき花々は微笑む。

ぼくは歩く。天国への階段を、夢見心地で。


  ※


楽しみなさい、生きることを。楽しみなさい、歩くことを。

楽しみなさい、風の肌触り、草の香り、川の水音、雲の流れ、働くこと、人の心に触れる喜び、会話の響き、表情、買い物のひととき、掃除する手間、ふき取る埃、整頓する心地よさ、ドラマや映画の演技、奏でる音色、走る車、アスファルトの感触、眠りのひととき、異性へのときめき、揺らぐ想い、あふれる感情、織りなす大地の色彩、山々の青、洋服の選び、本の肌さわり、町の雑踏、猫の鳴き声、枯れ葉の揺れ、星々の輝き。

―世界は喜びに満ち命は輝く。エネルギーは燃えすべてが美しい。

楽しみなさい、すべての瞬間を。無駄はどこにもない。すべてが完ぺきで、すべてが美しい。光も影も歓喜も悲哀もどれも美しい。生きることを楽しみなさい。それを決めるのはあなた。今ここにあるすべてをあるままに感じ、ゆだね、自然に湧くあなたに従い幸せであり続けなさい。曇りなく生きなさい。あの空のように。問題はどこにもない。悩むこともない。不安もない。ただ在り続けなさい。あなたであることを。

https://bassocontinuo.blog.fc2.com/

 

 


その夜は仕事から帰りとても疲れていた。

職場で何があった訳でもない。

―むしろ同僚たちはみな親切で優しくどう控えめに見ても感謝の言葉しか浮かばない

 

仕事が理由ではない。

理由も分からず気分は沈み布団にもぐっても眠れなかった。

 

外は雨。沈む空気。

ぼくはひとり。

 

見知らぬ地でひとり生きる高齢の非正規労働者。

財産などなし。

負け犬、敗北者。

 

頭の中で勝手に騒ぎ出す。

まるでカエルの鳴き声だ。

 

ゲロゲロ、クワッ、クワッ、クワッ…

 

 

哀しみの雨だれは部屋まであふれ悲哀の湖が広がりぼくはすっかり気が滅入っていた。

 

 

ぼくはぼくを失い再び手にしてもまた失う。

 

それが間違っていると知っても、幸せじゃないと気づいても、

蜂が蜜に寄せられるように悲哀に引き込まれるのはなぜだろう。

 

深淵を覗きそのまま堕ちたくなる。

痛みはどこから生まれどこに向かうのか。

 

「もう命など捨てろ」

 

そう呼ぶ声がする。

 

 

はっ、とわれに返り正気に戻る。

 

それはまるで自身を「問われている」かのような夜だった。

 

 

 

それでも夢を見られるか。それでも挫けずにいられるか。

 

意思を持てるか。

 

希望などない何ひとつ。嫌悪と侮蔑の吹き溜まりで呪いたい。

 

本当は「命など糞くらえ」と罵り歯噛みしたい

 

それでも…。

 

 

 

 

痛む胸をさすり布団から起きだし、暗闇の中で自身に尋ねる。

 

すると心は答えた。

 

あきらめない。それでも前へ。

微かな光も見逃さずその方角へ。

 

死しても光あるところに向かって。

意味などないし、理由も結果もどうでもいい。

 

たとえ駄目でも、

命ある限り光あふれ慈愛に輝く世界へ」

 

 

まるで駄々っ子だ。

 

無残なぼくに何ができるといのか、現実を見ろ。

 

なのに訴える

 

「不可能な夢を見ること、幻を追い求めること

情熱をかきたてること、倒れても起き上がること、失敗しても進むこと。

 

何処へ?

知らない、分からない、ただ光あふれる世界へ。

内なる情熱を燃やせ、生きてる限り。

 

前へ、前へ。

それが美しいと感じるから」

 

そうべそをかく。

 

 

 

 

しばらく静寂で佇むと何かがささやいた。

 

 

 

やがてささやく何かが告げた。

 

「十分に為している。十分に役立ち光掲げてる。それは成功だ。すべては上手くいき完ぺきに輝いてる」

 

 

「嘘だろう」

 

これほどの失敗はないだろう。

ぼくはすべてを失った。何もかも、すべて。

仕事も、夢も、希望も。

 

愛する人々を裏切りそこを去った。

捨てたのはぼく。

傷つけ踏みにじったのはぼく自身だ

 

言い訳もごまかしもしない。憐憫など不要。

罰すべきだ。罰すべき。罪はここにある。

これこそ罪の罪たるゆえん。

 

するとそれは優しい眼差し(のように感じた)ぼくをみつめ

すべてを知る温かく静かな瞳で。

 

「許しはあなた自身へ

誰も罰しない。誰も責めない。責めるのはあなた自身」

 

 

ぼくは答えた。

 

そんな、それでもいいの?こんな存在で?」

 

「それで十分。そんな存在だからこそ」

 

 

何をしたらいいのか尋ねた。

 

「愛しなさい。あなた自身を」

 

 

もう一度尋ねた。

 

「どうしたらいいか分からない」

 

「愛しなさい。あなた自身を、存分に」

 

 

「何をどうすればいいか分からない」

 

「ただ愛しなさい。あってあるままに」

 

 

「助けて欲しい」

 

「わたしがあなたを愛するようにあなた自身を愛しなさい。

わたしがあなたへ向けるようにあなた自身へ向けなさい。

 

これがそれです。

あなたが今感じているもの。

 

それは常にあなたと共にあります。常に。

 

絶望し、嘆き、、哀しみに溺れ、どうしようもないあなただろうと、

あるいは達成し、希望に満ち、自信みなぎるあなたも、

どのあなたも変わらず愛します。

 

それは常に変わらずここにあります。

感じてください。それだけで十分。

 

心を開きさえすればそれはここにあるのです。

いつでも包まれてるのです。

 

分からないのはこぶし握り心を閉ざすから。

気づかないのは目を閉じ肩怒らせ怯えているから。

 

思い込みという檻に閉じこもり、暗闇を作り上げるから。

罪も罰もあなたの創る幻でそこに逃げることでエゴを満たしているにすぎません。

 

誰も罰しない。誰も責めない。

誰ひとりあなたを損なうことはできない。

 

力を抜き息を吐く、そしてゆっくり吸う。

鼓動を感じるまで続けてください。

あなたへの愛で満たされるでしょう。

それはいつもここ。

 

存分に吸ってください。

愛されている、愛しているという感覚が細胞に染み渡るように。

 

現実があなたを不安がらせるのではなく、不安があなたの現実を作り上げるのです。

為せなかったという感覚が為せなかった人生を創作し、

何もないと信じた瞬間に何もない人生を再構築します。

 

すべては逆です。

何もない、何もできない、ダメな人間という思いが過去までその通りの物語に書き換えられます。

 

それを変えられるのは今のあなた自身だけです。

この世界でも、どこかの他人でも、過去の経験でもありません。

今のあなただけなのです。

 

幻です。

恐れも、哀しみも、罰も、苦痛も、孤独も、失敗も、

すべて今のあなたが見たがっている世界。

あなたにしか見えない世界でもあります。

 

自分がどんな人間か?と世界に問うのではなく、

あなたが「どんな人間でありたいか」を心に常に表わしなさい。

現れたあなたをしっかり感じそのとおりでありなさい。

それだけです。

 

富も、名声も、身体も、恋人も、職業も、地位も、

あなたの価値を決めるのではなく、

あなたがあなたの価値を決めその通りに行動するとあなたの望むすべては当然のように現実としてあなたに現れます。

 

心配する必要はどこにもありません。

幸せでいたければ幸せを感じてください。

 

悲しい人でいたければ悲しみを感じてください。

孤独が好きなら孤独であり続け、家族や恋人が欲しければ、それを感じてください。

 

あなたはひとりではないし、ひとりだと感じることも自由です。

暗闇だと感じたら光を表してください。

光はあなたの心の中にあります。いつでも表せます。

 

過去を悔やみ明日を悩むことも自由ですが、それは幻想

今のあなたがすべて。

 

原因があるから結果があると考える必要もありません。

因果の学びはもう十分、そうあなたは感じているのですから。

時間も空間もすべてここ。

 

味わいたい人生を味わってください。

すべてはあなたの中。答えあなたの中。

知恵はあなた自身の内側

 

 

 

ぼくは夢でも見てるのだろうか??

 

 

 

気づくと安らぎと喜びの真綿にくるまれたように幸福だった。

 

なぜあれほど悲しかったのかすら思え出せないほど幸せで、

まるで別世界へワープしたかのようだ。

 

ささやく何かが誰かはもうどうでもよかった。

天使なのか、高次元の何かなのか、

それともただの脳内現象だろうと。

 

大切なことはぼくは幸せなのだと気づけたことだ。

「幸せ」であることを選ぼう。それでいい。

 

それからぼくはロベルト・シューマンのピアノ四重奏曲を聴きながら眠りに就いた。

花束にくるまれるような安らぎと心地よさの中で。

 

 

 

Schumann: Quartet For Piano, Violin, Viola And Cello In E-flat Major, Op.47

III Andante Cantabile~ IV Finale. Vivace

Piano: Glenn Gould、 Ensemble: Juilliard String Quartet

 

グレン・グールドといえばバッハが有名でロマン派の楽曲は(ロマン派の古典派と呼ばれた)ブラームス以外ほとんどない(そのブラームスの演奏がまた素晴らしい!)。

そのグールドが珍しく「ロマン派の中のロマン派」であるシューマンを取り上げたのがこの録音でありぼくの愛聴盤でもある。

感情に溺れることなく正確に奏でるピアノと弦楽の織りなすロマンの芳香ときたら咲き乱れる花のよう。これを聴いたら他の演奏では満足できなくなってしまうほどだ。(ちなみに録音に際しグルードと四重奏団は解釈を巡り衝突しまくり、団員は二度とグールドとは共演したくないと言わせたとのことだが演奏を聴く限りそれを感じさせない。それとも、だからこその迫真の演奏なのか。完ぺき主義、超マイペースのグールドらしいエピソードだ)。