ティックトックにこんな切り抜きが流れてきました。
あなたが選んだパートナーを見れば
あなたが自分をどれだけ愛しているかがわかる
って言われたらどう感じますか?
褒め言葉みたいに感じますか?
それとも傷つく言葉に感じますか?
大事なのはあなたのことを批判したいのではなくて
その言葉をどう感じるかが
自分の内面を知るヒントになるということです。
実はあまり心地よくない扱いを我慢してませんか?
愛とはとても言えないような扱いを。
自分を大切にしている人なら
絶対受け入れないような扱いを許してきていないか。
それか
「私は忍耐強くて優しくて素敵な人を選んだな
そんな人を選ぶくらいには自分のことを好きでいれてるんだな」
と思えるか。
自分が選び、決断し、築いている人間関係は
果たして自己愛や自分の価値観と一致しているだろうか。
これはそれを教えてくれる質問です。
パートナーは自分の意志で選んだんだ
ということを思い出させてくれる文章です。
パートナーへの不平不満は
付き合いや一緒に住んでる期間が長いほど
出てくる可能性が高いものですが
それがこじれると「悪口」になりますね。
最初は
「あの人はいつも帰りが遅くなる時に連絡しろっていってるのにしてこない」
「いつも洗濯物を散らかしてる。何度言っても治らない」
っていう愚痴から
「あの人は何を言っても改善が見られないダメ人間だ」
みたいな悪口になっていきがち
でも、その人をパートナーとして選んだのは自分なんだ
そしていつだって選びなおすことができる(別れる選択がある)
ということを思い出せれば
悪口になるまで愚痴が育たないはずです。
そして
「パートナーのお陰で受けている恩恵の方が見えていない」
ということに氣づければ
パートナーとの関係修復の道がひらけてきます。
例えば、パートナーがいてくれるお陰で家事をやらずに済んでいるとか
ただ、それらとは全然ベクトルが違う
「自分に対して酷い扱いをしてくる人」
物理的な暴力や言葉の暴力
価値感の押し付けや束縛、過度な放置など
「自分の自尊心を傷つけるパートナー」の場合は
「その人と一緒にいることを選び続けている理由は何だろうか」
「私は自分のことを本当に愛せているだろうか」
という点に着目して
ベクトルを自分の内面に向けるタイミングなんじゃないかなって思います。
自尊心を傷つけられるようなひどい扱いを受ける恋愛は
私も何度か経験がありますが
自分で自分を愛せないから相手に愛してほしい。
そのためには自分を愛してくれる人が常にいないとだめ。
そんな感覚でした。
だからひどい扱いを受けていても別れられない。
パートナー=愛をくれる存在
という定義づけが私の中にあったので
(実際は愛をくれなかったとしても)
その定義にすがっていた感はあります。
そんな時期は誰でもあるんじゃないかな。
問題なのは
「幸せになれない場所にとどまる選択をずっとし続けてる自分に氣づかないこと」
だって、それに氣づかないと
どの選択が自分にとって幸せなのか考えられないからです。