#自己防衛ブログ/オウム真理教(Aleph)の実況中継! -38ページ目

#自己防衛ブログ/オウム真理教(Aleph)の実況中継!

正直言って、自己防衛ブログです。ICチップとか埋めたいです。

<2018-09-11(火)>

朝から、練馬ナンバーの車が停まっている。

 


 

 

 

 

 

 

 

15:45 307号の爺さんが、体格がいい20代男(175cmくらい、日本人にしてはがっちりした体躯なので、韓国人か中国人に見えた)を、自分の車「71-26」に乗せて、どこかへ送って行った。
      
 
男は爺さんの子供にしては若すぎるので、孫だろうか? そうでなければ、若い愛人に子供ができたという感じ・・・ そう勘ぐりたくなるのは、この爺さんが自ら運転して人を送って行くのを初めて見たからだ。
      
 
男は、半袖Tシャツと短パンという格好だった・・・ 
ほんの少し茶色の髪だが、後頭部をすっぱり刈り上げている。そして、1泊旅行用の(ベルトを付ければショルダーにもなる)小型バッグをさげていた。



 

 

 

 

 

 

 

<2018-08-31(金)>

8:00 307号の爺さんと婆さんがいつものように徒歩で出かけて行ったので

後を付けて行ったら・・・東方面のマンションへ入って行った。



307号は専有面積が広くて・・・(ヨガをやっていて信者になってしまった103

号の話では)ジュータンが一面に敷いてあって、祭壇らしいものがあって、壁に仏像の絵がかけられているとのこと。

(但し、103号は、ヨガを教えているのは305号の奥さん、と言った。

 ヨガは一般の修行とは別に、305号でやっているらしい)

 

 

主に金曜の夕方もしくは土曜の午前に、県内の比較的若い信者が修行に来る。

一度だけ、録音したものだろうが、読経の声を聞いたことがあるが、私が忍んで

部屋の外にいたのが気付かれたのか、以後は聞かなくなった。

 

 

家族は、40歳くらいの女(娘)とその夫(婿養子との話)、小学生くらいの子供が2人という構成。婿は家屋の解体およびリフオーム工事をする会社で働いている(または経営している)という。。。

これに、戦闘員と思われる20代出家信者(ベージュ色作業着と紺色野球帽)が数人同居している様子。

 

 

ところが、307号夫婦は、別の場所へ礼拝に行くわけだ。

東方面のマンションは幹部専用の道場かもしれない。

 

 

 

 

 

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チラシ配り (2018-01-07)

 

 

 

 

 

 

 

チラシ配り (2018-09-08)

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 

<2018-08-22(水)>

 

昼頃、南側に、普通トラックが停まった。後部は銀色波型の箱型で、後ろが両開きになっており、運送業者が使うトラックみたいだ。

車体に「日本フル〇〇〇」と書いてあった。

 

 

ところが、50歳くらいの運転手(髪がかなり薄い)が後部の扉を開けると、中には襖が10枚くらい入っていて、男はそのうち1枚を担いで、305号あたりへ運んで行った。襖の紙の部分は日に焼けて、新品ではなく、枠の塗料もはげていたので、修理したわけではなさそうだ。

 

 

夕方になって、これがどういう事なのか、分かった! 私が外から帰ってくると、東側路上に、本物の警察のバイクが2台停まっていたのだ。

誰のところに警察が来たのか? と思っていたら、そこへちょうど、305号の部屋あたりから警官2名が出てきた。

 

 

しかし、今日の警察官の訪問は、オウム真理教に情報がもれていたのだ!

305号は、定住している50歳位の女がヨガを教えているので、普段、部屋を仕切っている襖を取り払って、大広間にして使っているのだろう。パトカー無線を傍受したり、交番を見張っている信者から、警察が午後に来ることを知らされて、急遽、午前中に襖を元に戻したのではないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<第三回口頭弁論>

第三回口頭弁論は、事前に聞いていたとおり、第101号法廷で行われた。
 

 

裁判官M
書記官B  (第一回口頭弁論の書記官Aと交替した)
司法委員B  : 本人はOと名乗った。(第一回目の司法委員Aとは別人)

        自らをエイズだと言い、法廷で唾を吐いた。

原告代表者 : 103号(理事長は1年任期なので、4月1日付で102号と交替

        した)

原告代理人弁護士H
被告 : 私

傍聴人 : 102号女(提訴時の原告代表者)、105号男(去年の会計)

      407号男(105号に出廷するように頼まれたと言った。)

      403号女(第一回口頭弁論とは別人。こちらが本物)

      307号の40代男(娘婿? 戦闘員?)

以上のうち、407号を除いて、全員がオウム真理教信者。
 

 

 


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 ① 私が裁判所に着いた時、駐車場に白色バン型車が2台、「25-25」と「46-42」が停まっていた。「25-25」は307号の娘婿の車だ。もう一人は、交通違反者の裁判をやっている法廷の前にベージュ色作業着と紺色野球帽の40歳位の男がいたので、これが「46-42」に乗って来たと思われる。どちら車も、車体の上に2m×2くらいの二つ折り脚立を積んでいた。車内には誰も乗っていなかった。
 

 

 

② 第101号法廷の傍聴席には、ベージュ色作業着と紺色野球帽の307号の40代男がいたので、私は「傍聴手続きをしたのか?」と訊いた。307号は手続きしていないらしくて、ぐずぐずしていたが、5分くらいで出て行った。

これと入れ違いに、20歳くらいのベージュ色作業着と野球帽の男が傍聴席へ入って来た。(誰かが40代男の子供だと言ったが、307号に寝泊りしている出家信者だろう) 私はこの男にも傍聴の手続きをしたかと訊いたが、男は躊躇なく「うん」と首を縦に振った。嘘に決まっている。

書記官Bに、男を法廷から出すように言ったが、書記官Bは(手続きをしていないという証拠は無いから)「受付がやっている」と言うばかりだった。「これ以上、裁判を遅らせることはできないんです」と書記官B。「そうだ。書記官が言うのが正しい」と裁判官。


尚も私が言い返すと、20代男が(薄いものだったが)神経ガスを放った。私は頭がぼうっとしてきたので、「麻薬ガスみたい」と裁判官へ言うと、「そうだ。麻薬ガスだ」と裁判官も相槌を打つように言った。「催眠術なんかで使うものじゃないの?」 「そうだ、催眠術で使う・・・」
 

 

 
③ 監禁状態になったので、その後の1時間くらいを、また無駄話でつぶすことになった。私が裁判官Mに「何故、オウム真理教の幇助をするのか?大抵は、麻薬か女に決まっている」と腹を立てて言うと、
裁判官Mは「中学生と(性行為を)やった」と言った。どういう子なの?と重ねて訊くと、「売春婦」と言うので、それなら金を払ったのかと訊くと「5000円やった」と答えた。

書記官Bにも、「あなたもやったのだろう」と訊くと、「中学生じゃなかった」と答え、「ここに来れば、みんなそうです」とうそぶいた。(家裁に補導されてきた子供ではないかと思う)


また、この日の司法委員Bは赤ら顔の病気持ちで、自ら「HIVだ」と言い、オウム真理教かと問う私に「アレフ」と答え、「ヨガをやっている」と言った。何故、裁判所がオウム真理教信者を雇っているのかと書記官Bに訊くと、「司法委員は市から紹介されて来る」と書記官Bは言った。

 

 

 

④ 裁判は、原告と被告双方に確たる証拠がそろわないので、和解協議をすることになり、裁判官M、書記官B、司法委員Bが法廷から出て行った。
すると、傍聴席にいた102号が仕切りの柵を入って来て、原告の103号の隣に座った。私は弁護士に、102号を法廷から出すように言ったが、弁護士は「今は裁判じゃない」と擁護した。それならと、私が席を立って、102号の腕を掴んで無理やり立たせようとしたら、
102号は机の下に隠し持っていた小型の護身用エアガンを、床へ向けて一発撃った。取っ組み合いになり、私が一発殴ると、102号は残っていた弾を辺り構わずに発砲した。
 

 

 

⑤ 傍聴席でそれを見ていた105号が、「俺もアレが欲しい」と作業着の20代男に言った。男は「ヨガに来れば、売ってやる」と答えた。それから、403号女にも、「欲しいか?」と訊いたが、女は「今はまだ(ここでは答えられない)」と言った。この20代男は、裁判の終了30分くらい前に法廷を出て行った。
 
 
 
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<403号と105号について>
1週間後、私が外出しようと玄関を出た時、階段の上方から、403号妻が(と思ったのだが、夫も一緒にいたので、もしかすると夫のほうだったのかも知れないが)護身用銃で撃って来た。弾は鉄粉を丸く固めたようなもので、コンクリートの床に当たると、数個に砕けた。私は110番通報した。しかし、警官が来る前に、403号妻が階段に落ちた弾の欠片を箒ではいて片付けてしまった。


 数日後、今度は駐車場で、105号男が私を待ち伏せていて、足下へ向けて1発撃った。私はいったん自分の部屋へ逃げた後、また外へ出て、105号の外あたりに弾が落ちていないか探したが、これも掃いて片付けたのか、欠片も見つからなかった。
 
 
 

 

<407号について>

105号に裁判の傍聴を頼まれたと言った407号は、この裁判の後、一度も姿を見ていない。

 

 

 

 

<補足>
書記官Bに、第一回口頭弁論の日に「いつ解放されて、自宅へ帰ったのか」と訊くと、書記官は「暗くなってから」と答えた。「警察はいつ来たのか?」と重ねて訊くと、しばらく考えて「後で、来た」と答えた。二日後に来たらしい。