前回のブログに続き、れにちゃんに捧げる御話を創作したのだった②で御座います。

 二回目はれにちゃんの沖縄でのソロコンサート「ハイサイれにちゃん」に合わせて再び製作された文集アルバム「ももクロ妄想話第二集」に参加掲載されたものです。

 最初の御話は都合により画像にて掲載しましたが、今度は短いお話なのでテキストで。

 

                                 母さんへ。                       ジキ・スズキ 

 

   母さん、あの日のことを思い出しています。僕が八歳の誕生日を迎えた朝、僕は涼しい部屋で教科書を広げて、庭で洗濯物を干す母さんに聞こえるように大きな声で読んでいました。母さんはシャツを一枚広げて干しては大きくなったお腹をさすり、また一つシャツを手に取りぱんぱんと叩いてしわを伸ばしていましたね。白いシャツ、それにも増してまぶしい母さんの横顔をチラチラと見ながら、僕はかあさんに褒められたくて一生懸命に読んでいました。

  ふと手を止めてじっと生垣を見つめた母さん。不審そうに見つめるその目に、にわかに微笑みが戻ると

「あなた達はケイちゃんのお友達かしら?」と問いかけました。

すると、どうでしょう生垣の隙間から、この春転校した学校の同級生達が恥ずかしそうに頭をかきながら庭にぞろぞろと現れたのです。

「オハヨウサン」「ケイちゃんアソボ」と言ってくれました。

まだ、勉強が終わっていないので僕は困った顔をしていたのでしょう。

母さんは

「せっかくお友達が誘ってくれてたのだから行ってらっしゃい」と、その時僕は嬉しくてたまりませんでした。

「ケイちゃんのお母は優しくてイイなぁ」皆が口々に褒めてくれたので僕はそれも嬉しくなりました。

 

僕たちは山に行き虫を追いかけました。浜に行き貝殻を拾ったり、拾った流木で野球をしました。そして皆下着一枚になると海に入って行きました。僕も内地にいた頃から父さんに厳しく水練の訓練を受けていたので、負けじとついていきました。そして初めて入る海の美しさに驚かされたのです。綺麗な模様の魚達がいっぱい泳いでいました。マサ君がお昼に持ってきたふかし芋を細かくつまみ海に投げると、黒い縞の魚達がみるみる寄ってきて食べてしまいます。僕が丸い目をして驚いていると、マサ君は笑いました。僕も笑いました。それを見ていた皆も笑いました。本当に愉快です。

すると気分が良くなってきたのか女の子のヨシちゃんが歌いだしました。担任の松山先生が教えて下さった「浜辺の歌」でした。とても綺麗な声で上手でしたので僕たちは感心して聴いていましたが、僕にその歌の言葉は難しく、ただ海に浮かぶ月や星の姿を思い描くばかりでした。ヨシちゃんは歌い終わると僕の方に向き直り

「啓ちゃん、もうすぐ、この浜にウミガメがくるよぉ」と言ったので、僕はビックリしました。

ウミガメをとても見たくなり

「凄い、いつくるの?」と皆にたずねました。

皆は

「来月くらいかなぁ」「満月の夜だなぁ」「卵産むよ」と口々に教えてくれました。

そして

「そん時また来ようなぁ」と約束してくれました。

 

 けれども母さん、あの日の皆の約束は果たされませんでした。その時来てくれた五人のうち、四人が学童疎開で内地に送られたからです。僕は赤ちゃんが生まれる母さんを那覇にいる父さんに代わって守る為に残りましたね。そして僕は疎開する数日前のヨシちゃんに会ったのです。ヨシちゃんは僕に雪がどんなものか聞いてきました。僕はとても冷たくて白くてきれいだと答えました。

「わぁ、楽しみねえ」とヨシちゃんは笑ったのですが、その目はご両親と離れることでとても不安そうに見えました。

  

 妹のサチが生まれて母さんが手を離せなかった時、僕は母さんの代わりに畑の芋を掘ったり、村の大人達を手伝って塹壕掘りの土運びを毎日のようにやりました。年が明けるとアメリカ軍が攻めて来ると伝えられて村は騒がしくなってきました。若い男の人は皆、軍に徴用されてしまい村には年寄りと女性と子供だけになっていましたが、残されたもの達でアメリカ軍が来たらどうしようか、毎日のように話し合っていたのです。僕は疎開しなかったマサ君とマサ君のおじいちゃんから秘密の山小屋に逃げるように教えてもらいました。

 

 アメリカ軍は春にやってきました。海を埋め尽くす軍艦からたくさんの砲弾が撃ち込まれました。僕たちは防空壕の中でただ震えていましたね。やがてアメリカ軍が南の方に上陸して戦局が激しく厳しくなっていくにつれ、僕たちの村にも大勢の人が避難してくるようになりました。その人達によると穴に隠れた人々はアメリカ兵にガソリンを撒かれて焼き殺されてしまったそうです。やっぱり僕は母さんとサチを連れて山に逃げようと心に決めました。

 

   そしてあの夜がやって来ました。僕たちの村を襲ったのはアメリカ兵ではありませんでした。

 

「ケイちゃん山に逃げろ!タニヨ岳に立てこもった日本兵が食べ物と女の人を奪いに来るぞ」

そう叫んでマサ君が家に駆け込んで来ました。僕は耳を疑いました。

「マサ君一緒に逃げよう」

「俺は足の悪いじいちゃんと逃げるから先に山小屋へ行ってろ」

  僕達が外に出るといくつもの懐中電灯の光がすでに近付いてくるのが見えたのです。山へ逃げるのは間に合わないと思い、サチを抱く母さんのお尻を押して家の裏の藪に飛び込んで息を潜めました。やがて大勢の日本兵達が僕達の家に押し入り探し始めました。

 「若い女はいないか」「食べ物があるぞ」「早く女をみつけろ 」口ぐちに叫んでいます。

 母さんは片腕でサチを抱き、もう片方の腕で僕を抱きしめてくれましたね。僕は怖くて怖くて震えが止まりませんでしたが、父さんに母さんとサチを守る様に言われていたので歯を食いしばりました。懐中電灯の光が何度も僕たちの頭の上を横切りました。不思議なのはサチが声一つあげず、まん丸な目で僕の顔を覗き込んでいい子にしてくれていた事です。あの時もしサチが泣きだしていたら、僕たちは見つかっていた事でしょう。

 

 その日から村は悲しみに包まれました。僕達に逃げるように教えてくれたマサ君、そのお母さんは日本兵に連れていかれて行方が分からなくなってしまいました。マサ君もお母さんを庇おうとして銃で殴られ、その怪我がもとで死んでしまいました。何人もの人が味方のはずの日本兵に殺され、連れていかれてしまったのです。僕は恨みましたがやがて大人になった時、村を襲ったあの日本兵達も翌日には総攻撃を命じられてバンザイ突撃して果てたことを知りました。母さん、そんな人達を恨んでも仕方のないことでしたね。

 

 母さん、今夜は満月です。浜辺で見上げれば星が溢れています。だから僕はあの遠い日にヨシちゃんが歌った「浜辺の歌」を思い出さずにはいられません。あのまぶしい空と、綺麗な魚達が泳ぐ海と、友人達の笑い声を思い出さずにはいられません。そして何十年かぶりに訪れたこの浜に大きなウミガメが上がって来ました。あの日の約束を時を超えて果たしてくれているかのようです。母さんが必死に守り育ててくれた僕の命はもうすぐ天寿を全うすることでしょう。

 

  歌が聞こえて来ました。とても美しく優しい歌声です。月明かりに輝く今帰仁城跡の方からのようです。その声に励まされてウミガメが新しい命を産み落としています。母さん、僕はもうすぐ天国にいる母さんに会えるでしょう。そして今、満月に照らされたこの世界が生命で満ちあふれていくことに感謝をしています。その全てが美しく、全てが優しいことに。

 

 母さん、ウミガメが静かに涙を流しています。

 

 

                       ー 終ー