前回に続いて「AI(アイ)は故障中」について考えてみます。今回のキーワードは「全てのものは無の残響」という何度も出てくるセリフです。

 無とは?と言ってもこれは難しいですね。そして仏教に出てくる「色即是空」とう言葉を連想させるセリフですね。人間は太古から無と有の関係性を思索続けたのかもしれません。実際、宇宙は無から生まれたそうです。これは人間の感覚として想像しがたいものですね。無は基本いつまで経っても無のままの筈ですから。しかし量子学的には無と有はどちらもあり得る状態なのだそうです。そして無の中に僅かな揺らぎが生じた時、無から有が生まれた。大きさは確か10のマイナス27乗メートル。その中に今の宇宙全ての物質がエネルギーの状態で詰まっていたというからその密度と温度は凄まじいモノだったのでしょう。それがインフレーション的に膨張し、ビッグバーンと言われる宇宙の誕生にあいなったわけですから「全てのものは無の残響」であると、したり顔で唱えることも出来ましょう。しかし、この物語ではどうもそんな量子論や宇宙の始まり、更には仏教の御言葉を引き合いに出すのはダメなような気がします。ニュアンスが違うのではと考えています。

 ここでドラマの演出をされた新田真三さんの御言葉をお借りしましょう。

https://twitter.com/e7motionpicture/status/1010829507371008000

 「無はゼロとは違い、人が踊り出す前の静止した状態。」ですか、深いですね。

 

 このドラマでアイは無や死についてよく語ります。そもそも生物的に生きてはいないAIに死や生を実感することは難しいでしょう。このドラマでは、アイにとって無とは自分が意識を持つ、つまり生まれる前のことを指しているような気がします。とすれば生を実感しているということですね。しかしそこに触れそうになると必ず自己否定をアイはしています。そしてその否定すべき自己はおそらくアイの人格のベースになっている、男の昔の彼女の記憶だったと考えてみたら色々私的には腑に落ちるのですが。

 自己否定する時に「49階から突き落とされるのは怖いものよ」という死のイメージを呪文のように呟きます。それは彼女の記憶を呼び起さない為の呪文なのでしょう。

 ただし人間の墜落死とはずいぶん感覚が違いますね。瞬間の刹那の感覚が恐ろしく長い。そして過去も未来も全く意味をなさ無い時間感覚であることも仄めかしていますね。それは構造的な思考のスピードの圧倒的な速さからくるものかもしれませんし、あるいは将来的な死を実感できないことからくるものかもしれません。何しろアイによると「永遠とは、死がそれに到達するまでの時間」なのだそうですから。

 

 アイは故障していました。私は思考が麻痺していた状態と前回のブログで考察しました。

 男が劇場に入って来て、アイは再び思考を整理しようとし始めました。そのきっかけは「私達の楽器」という言葉でした。そしてアイは男の「いい子だから」という言葉で起動します。それも、涙を流しながら。この辺の描写はとても美しいですね。

 アイが人間らしさ(これこそAIの本質であるはずです)を取り戻していく過程の中からキーワードを探して次回は考察してみましょう。読んで戴きありがとうございました。