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古稀を過ぎたトリトンのブログ

団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 先月の話です。

 私が管理に携はつてをりますタクシー会社で、深夜、日付が変はつて数時間後に詰所へお戻りになつた運転手Tさんは、たいそう腰の低いことで知られる方ですが、この日ばかりは憤懣やるかたない…といつた風情でございました。

 

 深夜、路上に車を停めて「今日も、水揚げイマイチやなあ」とぼやきながら、日報の記入に当たつてをられたTさんの車の窓をコンコンと叩く男性が居りました。比較的身なりの良い若い男性だつたので、「これは、残業で帰りの電車が無くなつた人かな」と思ひ、Tさんは喜んで後部ドアを開き乗車させます。

 「どちらまで?」と尋ねますと、その男性「ちよつと悪いけど、Uターンして下さい」と答へます。言葉に従ひUターンして50メートルほど行きますと、路上に若い女性が倒れてゐるではありませぬか。

 T運転手は慌てて車を停めますと、男性は勝手にドアを開けて、その女性を起こします。そして女性を担ぎ上げて、車に乗せようとするのです。

 「ちよつと待つておくんなはれ、その女の子、へべれけなん?」

 「少し酔つて眠つてます。この娘、家まで送つたつてくださいな」

 嫌な感じを抱いたTさん「ほなら、お兄さんも一緒に乗つて目的地まで来てくんなはれ」

 「いやいや、ここに住所も書いときますから、近くまで行つたら起こしてもろたらよろしいわ」

 「ほらあきまへんわ。道に倒れるほど酔ふてる娘が、簡単に起きますかいな」

 

 Tさんは以前、車の中で酔客にリバースされた苦い経験が蘇ります。車内でリバースされますと、その日の営業は出来なくなり、売り上げはほとんど無く、しかも洗車に行かねばなりません。おまけに、臭いが付くと翌日も営業出来なくなり、運転手も会社も大損害となるのでございます。それゆへに、たとへ会社や運輸局から「乗車拒否車」として処分されることになつても、泥酔客は断固拒否したいのが運転手さんの本音なのです。

 

 Tさんは男性に「初乗り代金680円はもう要らんから、お断りします!」と拒否し、走り去つたのでございました。

 

 

 それから小一時間後、さきほどの現場近くまで来ますと、50歳くらひの男性が手を挙げて車を停めました。「ちよつと知り合ひを載せるから」と言つて肩を貸して連れてきたのが、どう見ても、さつき路上に倒れてゐた女性のやうです。

 Tさんは瞬時に「これは犯罪の匂ひがする」と思ひました。酔ひ潰れた女性を何処かへ連れて乱暴せむとする不届き者に違ひありません。

 「その女の子、最前、そこに倒れてた娘と違ひますん?」

 その中高年男性はギクッとしたやうでした。そして何か訳のわからぬことを言ひつつ、そそくさとその場を立ち去るのでした。

 

 「…ったく、油断も隙も人情も無い奴らばつかりやなぁ」

 Tさんは、放置されたまま自分が二度も通りかかつた女性を放つてをくことは出来ませんでした。そこには、別れた妻子に対する思ひと重なる部分があつたのだと、私は推察します。

 Tさんは仕方なく、女性を後部座席に横たへ、最寄りの警察署へ彼女を運ぶしかありませんでした。

 斯様な次第で、この日Tさんは大事な時間を奪はれ、薄い売り上げを益々薄くして、遅い時間に帰社して来られたのでございました。

 

 因みに、Tさんが警察署へ女性を運んだ場合、そのタクシー代金はTさん持ちとなるのです。つまり会社には売上金として報告しなければなりません。それがタクシー会社のルールなのです。

 他人様のために善行を施すことは、一般の人にとつては時間を消費するだけですが、タクシー運転手さんの場合は、時間の消費に加へ、お金も損する結果となる訳です。

 読者の皆様に於かれましては、今後ともタクシー運転手さんに温かいご配慮をお願ひ致す次第でございます。

 

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