古稀を過ぎたトリトンのブログ -241ページ目

古稀を過ぎたトリトンのブログ

団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 タイトルの説明欄に書きましたやうに、私は昭和30年代生まれの価値観を持つてをります。
 先日、新聞のTV欄を見てゐて気付いたことがあります。私どもが小学生の頃に流行りました「おそ松くん」といふ赤塚不二夫氏の漫画、TVアニメがありました。それが復活したのは知つてをりましたが、何とタイトルが「おそ松さん」と「さん」付けになつてゐたのです。
 ちよつと待て待て。それならもし「忍者ハツトリ君」が復活した場合は「忍者ハツトリさん」となるのかいな…、それは可笑しいやろと感じたものです。
 私の小学生時代、即ち昭和36年~42年の頃、小学校では男子は「君」付け、女子は「さん」付けといふのが一般的といふより決まりみたひなものでした。
 私は今、小学校学級同窓会(いはゆるクラス会)の幹事をしてをります。つい昨秋は還暦記念クラス会といふことで、学級40人余のうち20人近くが出席してくれて、ハーモニカ合奏などもパフォーマンスに入れ、大いに盛り上がり、幹事冥利に尽きる思ひをさせて頂きました。ここで仲間同士が相手をどう呼ぶかと言ひますと、当然男性は「君」付け、女性は「さん」付けです。まるでタイムマシンに乗つたやうです。私自身「君」付けで呼ばれることに喜びと安堵を感じました。

 現在、教室では小学校でも男女ともに「さん」付けが行なはれてをるさうですね。とても残念です。恐らくは人権教育の名の下に、大人も子供(この供といふ字も使つてはいけないとか…)も男も女も平等といふ理念が生み出した運動なのでせう(さてはPCか…)。その出所が文科省なのか、教育学者か、ジェンダーフリー論者かどうかは知りませぬが、児童生徒を「さん」付け統一で呼ぶことには抵抗したいです。

 社会人となれば、「君」付けは対等もしくは目下(年下)の者を呼ぶといふのが一般的で、「さん」付けが社会通念ですから、子供たちがその年齢立場になれば、それに従へば良いのです。 
 「君」で呼び、呼ばれることには、偉さうとか高飛車とか言ふより、その親しさが生み出す独特の仲間意識があり、社会でそれを大切にしたいと愚考します。合掌