世界的に知られる文豪であり、國士にして預言者でもある三島由紀夫氏の四十七回忌のその日、氏の本籍地・加古川市志方町に在る慰霊碑へお参りに、今年も行つて参りました。
今では広く知られるやうになつたこの加古川の慰霊碑は、建立時には坂井時忠県知事も列席し盛大に除幕が行なわれたものの、以後永らく忘れられた存在となつてをりました。
実は斯く申す私自身も、三島氏の本籍が兵庫県であることさへ知らず、県民でありながら慰霊碑の存在も知らなかつたのです。それが30数年前、或る方からその存在を教へて頂き、これはすぐにお参りすべきだといふ声が高まりました。仄聞するに、今は草茫々で廃材置場同然になつてをるといふことで、有志で草刈り機なども準備し十数人で出かけました。
結果はそのやうなひどい状態ではありませんでした。現地で老人会の神田さんといふ、平岡公威氏(三島氏の本名)と共に兵隊検査を受けられた方が、碑のお守をされてゐたのです。その神田さんも十年ほど前に亡くなられました。爾後、私ども有志で年に一度はご命日頃に、仮令少人数でも何らかの形で慰霊せむと、これまで碑周辺の清掃と参拝を続けて参りました。
去る平成26年11月、さうした四半世紀の地道な努力が実を結び、地元の自治会連合会の主催で、三島由紀夫生誕90周年を前に盛大な慰霊碑顕彰の法要が催されました。この模様は新聞でも大きく取り上げられました。
今年はご命日の11月25日(土)姫路、神戸、伊丹、尼崎、大阪から有志十数人が相集ひ、正午から慰霊碑清掃のあと、三島氏作「英靈の聲」を皆で唱和、握り飯と清酒でささやかな直会を催し、午後2時頃、現地で解散致しました。此処に写真でご紹介致します。
慰霊碑は、出産後「臍の緒」を納める「玉の緒地蔵」の境内奥に建つてをります。
昭和45年11月25日の事件の模様を伝ゑる掲示板が立てられてゐます。
「かけまくもあやにかしこき…」で始まる詩「英靈の聲」を唱和。
碑前にて、ささやかな「直会(なおらひ)」を行ひました。
安らかにお眠り下さい。また来年参ります。








