この5月はアメリカザリガニ、ラブラドールレトリバー…と、動物の行動と生態を描写して参りました。いづれも偶然の出会ひから始まつた動物との触れ合ひでございます。
思へば、飼ひ主人間を縦糸とし、動物を横糸とした織物のやうに、悲喜交々(こもごも)のドラマが展開される訳でございますが、今月の最終回は近所の飼ひ猫がテーマです。
JR立花駅近くにございます私の職場のお向かひに美容院があります。近年ネイルの流行で、駅近辺にも5、6軒のネイリング専門店が時期を同じくして開店しました。くだんの美容院でもネイルアートを取り入れることになり、トータルな美容方針を構想されてをるやうです。
若い女性にはとんと縁の無い私ではございますが、周辺の掃除などを致すうちに、一人の女性美容師Mさんと、挨拶に毛の生えた(頭にはもう生えません)程度の立ち話を交はすやうになりました。
その店には2匹の猫が飼はれてをり、1匹は黒い去勢済み雄猫、もう1匹は茶トラ雑種の雌猫で、普段から仲が悪いさうです。聞く処、猫といふのは人を選ぶ際に「座り心地」を基本とするさうで、ふつくら気味のMさんと痩せた女性従業員とが並んで座つてゐると、双方を見比べて必ずMさんの膝に飛び乗るさうです。因みに機会が許せば私でもさうすると思ひます。
さて、茶トラは少し頭が弱く、オリジナリティがありません。いつも黒を追随する日常でした。
或る日、茶トラが姿を消しました。食事の時刻が来ると誰よりも早く待機する彼女は現はれず、その夜は黒のひとり飯です。
店長さんを始め、従業員の人たちは最初こそ「お腹がすいたら帰つてくるよ」「黒と喧嘩して家出したんとちゃう?」と高を括つてをりましたが、さすがに翌日、翌々日となると「表で車に轢かれたんちゃうやろか」「猫は寿命が来たら家を出ていくらしいからね~」と不安顔から諦めムードになつて参りました。
丸3日が経ちました。その日、聴覚の優れたMさんが猫の鳴き声を聞きました。
声はすれども姿が見ゑず、全従業員で探すうちに、店の外に出てゐたMさんが、屋根裏の小さな穴から頭を出して力なく呻いてゐる茶トラを発見。慌ててお向かひの私の仕事場へ脚立を借りに来られました。
私が脚立を伸ばして穴を大きく拡げ、ぐつたりとした猫を引き出して店長さんに手渡しました。
すると、途端に蘇生したかのやうに元気を取り戻した茶トラは、一目散に食堂へ駆け込みます。
茶トラが食事をするさまは、さながら空腹の虎が獲物を貪り喰らふに似てをりました。
フギャフギャ、ガウガウ…と、表現不明、意味不明のお喋りをしながら、一心不乱にガツついてをります。それはまるで「アタシがずつと泣いて呼んでんのに」「黒だけが逃げ出して」「誰も助けに来てくれへんし」「これやから人は信じられへんの」…と、不平たらたらと、ぼやいてゐるやうにしか聴こへなかつたとか。
彼女は只管(ひたすら)失はれた3日間を取り返さむと、食欲全開で怒りをメシにぶつけるのでございました。
「笑ひ飯」といふ言葉がございます(漫才かな)。人が笑ひながら飯を食らふと、周囲に得体の知れぬ飛沫を散らして不潔で迷惑この上ございません。
それに引き換へ、茶トラの「怒り飯」は本猫の心持ちとは裏腹に、周囲に笑ひを振りまく可憐なものだつたさうでございます。

