前回先週は、就職後、迂闊に「地雷」を踏んでしまつたがために、遠方へ転勤となり還らぬ人… ではありませぬが、定年まで呼び戻されることの無かつた人生訓のやうな話を聞いて頂きました。(因みに「地雷」といふ表現は、コメント頂いた colin 様の的確な比喩をお借り申し上げました)
それに関連する訳ではございませんが、今回は2年上に居られた先輩の「失敗談」ならぬ「もつたいない話」の、ほんの一部をご紹介させて頂きます。
高校の2年先輩にGさんといふ破天荒な方がいらつしやいました。高校は男子校で、苛(いじ)めを受けてをられましたが、持ち前の豪胆な性格もあり、登校拒否することもなく無事卒業されました。
ご実家は大手家電販売業を経営、お父上はダイエーの創設者のことを気軽に「中内っつあん」と呼ぶやうな方でした。Gさんはその長男として生を享けました。
何を隠さう、Gさんには許嫁(いひなづけ)が居られました。昭和30年代生まれの私でも「許嫁」といふシステムを採用してゐるのは、私の周りにもG家くらひしか存じ上げません。お相手は伝統ある○道のお家元のご長女でございました。
大学を卒業後は家業を継承されるべく、一族関連の企業にて5年ほど修行され、その後晴れて家業を継がれる運びとなる筈だつたのではありますが、話はさうスムーズにはゆかぬやうでした。
Gさんは部類の酒好きだつたのです。私が目撃した事実は、18歳にして一晩に独りでサントリーオールドを4本空けるといふ荒技でした。
年を経るごとに酒量は増へつつありましたが、約束事には結構シビアで、とりわけ飲み会の約束事は1年先のことまで覚ゑてをられるのは不思議と申すほかございませんでした。でも飲まぬ時は手が震えてゐましたが。
通常ここまで深酒をする人は、幼児期に何らかのトラウマを抱へてゐたり、私生活に深い苦悩を懐くものですが、ことGさんに関しては斯様な事情が有るとは思へません。つまり、ただの酒好きでアル中だつたのです。
しかし、不幸は結婚後に訪れました。一粒種のお子を病で喪つたのです。そして離婚…。単身の寂しさは、さらに酒を呼ぶことになりましたが、生活が荒れることはありません。G一族である限り経済的に困窮することは無かつたのです。
その代償と言ふのでせうか、次第に企業経営への参画からは外されてゆきました。
それでも、美しい再婚相手を得られ、仲睦まじく電話でやりとりされてゐたものです。健康上、アルコール禁止ですが、もはや周囲もそれを止める力は有りませんでした。結果はお約束のやうに肝硬変で、齢50半ばにして亡くなられるのです。
周囲の者に思いつきり迷惑をかける人ではありましたが、不思議に恨まれることが全く無かつたのは、その余りに無邪気で奔放な性格から来るものと思はれます。
氏に纏はるエピソードだけでも1冊の本に成るほど、思ひ出は多うございますが、なにぶんにも各方面への影響が計り知れず、後世の歴史家ならぬブロガーにお任せ致したく存じます。
没後10年を過ぎた今でも、卒業生仲間が寄れば、必ずGさんから受けた「被害」を肴に爆笑する… そのやうな風景が繰り返されてゐるのです。
