暑さ寒さも彼岸までといふ諺がございます。すでにお彼岸は明けましたが、このところ朝夕の寒さが厳しく、それがしも早朝徒歩に二の足を踏むことがございます。
それでも今朝は思ひきつて5時に起床し体操服に着替へ、マンション8階の我が家から階段を駆け降り、伊丹緑地の遊歩道を30分ほど歩いて参りました。
道半ばに大きな手袋らしきものが落ちてをり、近づいてよく見れば鳩の亡骸でございました。
ここで私は、遥か65年も昔のことを思ひ出したのでございます。
幼稚園で絵日記を描いてをる己の姿でございました。
その前日は園から遠足で「阪神パーク」へ行つたのです。担任の保母さんが「今日は、みんなで阪神パークで見たことを絵日記に描きませう」といふので、園児めいめいがキリンやレオポンの絵などを、クレヨンを使つて描いてゐるのです。ちなみに「レオポン」とは、ライオンとヒョウを交尾させて産まれた子を言ひ、西宮市の阪神パークで2頭を公開してをりました。レオポンには生殖能力がないのに、人間は罪なことをしますね。脇腹のあたりにヒョウの紋様が入つてをり、当時は人気を博したものでございます。
何か楽しかつた事をと、前日のことを思ひ出さむとするのですが、私はそれよりも、偶々行き道で鳩が路上に斃れてゐた光景が忘れられず、その鳩の姿と、それを眺める私の様子を絵に描いたのでございます。そして、「きのうは ようちえんの えんそくにいきました。はとがしんでいました」といふ文をしたためたのです。
私はそれだけを今も憶ゑてをりますが、想像するに保母さんはさぞや戸惑はれたことでせう。
絵日記と言へば、もうひとつ思ひ出がございます。
やはり幼稚園時代かと思ふのですが、夏休みに父と映画を観に行つたのです。東映まんがまつりが当時は子どもに大人気でした。父は人から招待チケットを2枚頂いたやうでした。その映画館では子どもの映画ではなく、大人向きのドラマが上映されてをりました。
もちろん題名も俳優も覚ゑてをりませんが、ベッドに全裸の女性が横たはつてゐた場面だけが、とても印象に残つてをります。
事もあらうに、私はその晩、絵日記でその場面を描いたのでございます。横たわる女性を肌色のクレヨンを使つて描き、そこへ茶色で髪の毛、おへそは黒でペケポンしました。
「きょうは おとうさんと えいがにいきました。はだかのおんなのひとが ねてました」
夏休み明けに、これらの絵日記を園に持参しましたが、さすがに園の保母さんも放つてをけないと思つたのでせう。たちまち母が呼び出され「あまり大人向けの映画を幼い子に見せるのはよくないと思ひます」と注意を受けたやうで、その晩、母には真剣な顔で「こんな絵を描かないで!」と叱られました。
父も「子ども向けの映画て言ふたやん!」と怒られてをりました。別に成人映画(今で言ふR指定映画)ではなかつたのでせうが、私があのやうな絵さへ描かなければ… と父が可哀想に思へてなりませんでした。