昨日の報道での都知事の会見・・・

 

どうなんでしょうね???

 

やはり、集票マシンとしての機能で、政治会派を際立たただけ・・・

 

例えば、どこかのXXXX劇場のトップダンサーとしては、最高のパフォーマンスだったのでしょうか・・・

 

一夜明けたら、何事も無かったの如く・・・

 

有権者を、馬鹿にしているとも言えるのでは???

 

やはり、TFの会の議員には、あまり期待できない気がします・・・

 

むしろ、この都知事の言動こそが、政治不信を招いているのでは無いでしょうか?

 

自分が思うのは・・・

 

昨年の後半から、「女性」の言動による世間に与える影響が、やけに際立つように感じます・・・

 

英国のEU離脱交渉からはじまり・・・

 

韓国の首相の弾劾・・・

 

民進党の党首の迷走、迷言・・・

 

東京都知事の誕生・・・

 

議員秘書に対する暴言動・・・

 

防衛大臣の迷言・・・

 

逆の見方をすれば、ダイバーシティ的にGoodと考えることも出来ますが・・・

 

だからって、何でも好き勝手な言動していいわけじゃない・・・

 

周囲は、かなり振り回されている・・・

 

結果、自民党の大敗・・・

 

この結果、また政権与党の転覆???

 

かつて、ローマが滅びたのは、その原因は、やはり女性・・・???

 

女性と男性の分類が基本のヒトという生物が形成している現在の「社会」とは・・・こんなにも簡単に脆く、揺らぐ・・・

 

一般人は、何も悪い事していない筈だが・・・

 

選挙権を放棄するのは、社会的に非行であると考えるべきでは・・・

 

かつて、民主党を選択した世論の二の舞になりそうな、都議選の結果・・・

 

恐らくは、2/3以上のTFの会の当選者は、無能だと予測される・・・

 

この先、日本はどこへ向かうのか?また、迷走するのか?

 

考えると、憂鬱になる・・・

梅雨真っ盛りと思いきや、例年より雨量が少ないとか・・・

 

水不足が深刻にならなきゃいいですけど・・・

 

とりあえず、月末の処理に追われる本日です。

A → AI

 

B → Big Data

 

C → Cloud

 

D → Design

世間では、バレンタインデーとして、朝から浮かれた気分の空気があるが・・・

 

1月22日の言葉を受けて、新会社の設立に向けての準備は始めて3週間が過ぎようとしていた・・・

 

大きな課題は、3つあった。

 

1.法人の代表者(社長)を誰にするか?(適任者はいないか?)

2.法人設立に際しての、オフィスの選定

2.スタッフの確保

 

まずは、1.に該当する候補者の何人かに、相談を持ちかけたが・・・いま一つ、好感触は得られていなかった。

オフィスの選定と開設準備は、準備金が整い次第の、目処がついた。スタッフは、予めこれまでの人脈や付き合いの中での目星はついていた・・・

 

この日、大阪の親会社に当たる出資元の社長から、電話が入った。

「今回の、新会社の社長、君がやってくれ。わからない事は、バックアップするから・・・よろしく頼むよ!」っと・・・

一瞬、唖然とした。自分は社長になるつもりは毛頭無かった。むしろ、これまで自分にとっての障害を取り除いた状況で、自分の思い描いた仕事がしてみたかっただけであった・・・

 

その後、自宅へ電話をかけ、慌てて千葉の自宅へ戻った。

自宅では、なにやら賑やかに幾つかの料理が並んでいた。

妻(前妻だが)が、2人の子供(息子と娘)に向かって、「今日は、バレンタインデーじゃなくて、パパのお葬式だからね!」

息子は、「どうして?」とたずねた。

「パパは、来月からうちのパパだけではなくなるの。社長さんに去るから、会社のこと大変になるのよ。だから、今のうちだけのパパだから・・・」

娘は、キョトンとしていた・・・とにかく、その夜の夕食はいつに無くワイワイと終わった・・・

 

 

 

おはようございます。

本日は、朝から雨模様です・・・

 

色々あって、ちょっとだけブルーな気分ですが・・・

 

まあ、少し時間が経てば、何事も無かったように過去の1ページでしかないような気もします・・・

 

人間の思考、感情って、厄介に感じることが多い・・・

 

何も感じず、考えず、ただただ生きることは、もっと虚しいが・・・

 

 

「よし、内容は分かった!1本(1億円)用意するから、はじめてくれるか?」

元気な張りのある声が、薄暗い部屋の後ろから飛んできた・・・

 

約2ヶ月かけて、私と後輩の二人で、新規事業のビジネスプランのシナリオを策定していた。

この日は、そのプレゼン(発表)を初めて訪問した企業の役員の前で、約20分ほど話し終わった直後だった。

 

私は、その声に、更に緊張し、背中にスーッと冷汗が流れ落ちるのを感じた。

当時、1990年代の後半から国内で広がり始めた「インターネット」にまつわる新規ビジネスを発信するベンチャー企業が雨後の筍のごとく、出てきた.COM(ドットコム)バブルの草創期だった。

 

それまで、私はひたすら法人営業職の営業マンとして、幾つかの企業を渡り歩いていた。日本企業から、外資系企業に転職した際は、本当にカルチャーギャップを感じたが、若さがそれを迷いも無く受け入れていた。

 

この日は、このミーティングが終わって、経験したことの無い脱力感と疲労を感じて、東京に戻った。