チュウ太郎は私の隣の家で飼われていた猫だ。
オスのハチワレ。
今と違って、そのころの家猫は外を自由に闊歩していた。
目つきの鋭いチュウ太郎は、このあたりのボスネコだった。
ほとんどノラネコみたいな野性的な雰囲気で、
誰にも媚びず、我が家の台所から大福を1パック盗んで行ったこともあった。


私は中学生で、学校がきらいで、友達もいなかった。
帰ってくると、勝手口の敷居に、チュウ太郎が座っていることがあった。
まだクーラーも普及していない時代で、夏、昔の家は扉が開けっ放しだった。
涼しい風か抜ける敷居に、チュウ太郎はしぶい顔で座っていた。

たぶん、撫でる人もいなかったのだろう。
私がホコリでザラザラの体を撫でるのが、きっと嬉しかったのだ。
ある時は、どこかで前足をケガをしてきた。
私が赤チンを塗ってやると、いたかったのかシャーと唸って爪をたてたが、
だめだよ、というと、おとなしく治療されていた。

いくらかたって、また怪我をしてやってきた。
そして、私に向かって、黙って前足をもちあげた。
かわいいチュウ太郎。
私は、また赤チンを塗ってやった。

私とチュウ太郎は、間違いなく、お互いに唯一の友達だった。

しかし、そんな交流は長くは続かなかった。

その夜、私は部屋でひとりテレビを見ていた。
台所に通じるガラス戸の向こうは、暗かった。
そのガラス戸の足元を、なにか小さい影が横切った。
猫みたいだ──と、私は思った。
それでも、そんなに気にしなかった。

翌朝、隣の家のおばさんがやって来て、勝手口で母と話している声で、私は目覚めた。

昨夜、チュウ太郎が外でケンカをして、その怪我がもとで死んでしまった。
かわいがってもらったから、知らせにきた──と。

私は起きていかなかった。
チュウ太郎が死んでしまったことを、もう知っていた気がしたし、
死んでしまったチュウ太郎を見たくなかったのだ。

つまらない学校から帰ってきても、もうチュウ太郎が待っていることはなくなった。
私のはじめての猫の友達。
いまでも、これを書きながら泣いてしまう。

もう40年以上も前のこと。
今なら、いくらでもチュールを買ってやるのに。
もっと、たくさん可愛がってやるのに。

そういえば、母も子供のころに、街まで田舎道のあとをついてきて、
そのままいなくなってしまった子猫のことを後悔していた。

いま、隣のおばさんも、大福をとられた母ももう亡くなり、
チュウ太郎を覚えているのは、私だけだ。
せめて書き残したいと、思い出をつないでいるうちに、私はふと思った。

あの夜、私が見た小さな影は、チュウ太郎には間違いない。
それを、ずっと、私はお別れを言いにきたのだと思っていたが、
もしかしたら、
傷ついたチュウ太郎は、また手当てをしてもらいに来たのではないか。
あの時、勝手口にいたのではないかと……そう思って、また泣いている。

会いたいな、チュウ太郎。
いまでも、会いたい。 

 

我が家に不思議な時計がある。
母がどこかで買ってきた、アンティークのねじ巻き時計。
黒い金属製で、ひとりでは持てないくらい重い。
ガラス窓をあけて、ネジでゼンマイを巻くと、
時間通りにカンカンと鐘を鳴らす。
この音がけっこう響く。

いつしか、誰もネジを巻かなくなったこの時計が、
なぜか、時々、鐘を鳴らすのだ。

それは、昼間でも夜でも夜中でも関係なく、
私がお風呂に入っていると鳴る。
しかも、正確に時を告げる。

わたしは湯船につかって、その数を数える。
カンカン──たとえ時計の針は止まっていても、
その数を間違えることはない。

隣の部屋にいる時は、一度も聞こえたことがないのに、
その場所からいちばん遠い、
お風呂場でだけ聞こえる時の鐘。

でも、ちっとも怖いとかは思わない。

誰か透明な手が、見えないネジを巻いているのかな。
なにか、告げたいことがあるのかな。
それとも、
長湯は気をつけなさいと、心配してくれているのかもしれない。 

 

 

桜を見に行った
青空の下で
白く 清く
咲いていた

みんな見あげて
写真をとって
きれいね すてきねと誉めている

ある人が
地面を指さした
ここにも花が咲いているよ

まだ、誰も見ていない花が
こんなところに咲いているよ


葉蘭の花は土の中から
ぽこりと顔を出している
薄紫の丸い花

誰にも知られぬことなど意に介さず
しっかり ゆたかに
咲いている

そっと たしかに
咲いている
 


 

母の遺言は、特になかった。
お葬式のあと、金庫から手紙が出てきたことはあったけれど、
それはだいぶ前の、心臓を悪くした時のもの。
御礼の言葉が書いてあった。

その後、ガンになってからは、
ひとりになる私のことを案じてか、
世話になっているのが心苦しかったからなのか、よく言っていた。
「あんたが病気になったら、化けて出て世話してやるから」
私は、笑った。
「わかった、その時は頼むよ」

最近、あまり体調がよくなくて、
料理する気にもならず、
このまま、いつ死んでいいかな。
なんて思って、
ろくなものも食べずに動き回っていた。

そして、なにげなく、近所の人に、
風邪気味なんだという話をしたら、
そのあと、
そんなことは初めてだったんだけれど、
立派なおかずを作って持ってきてくれた。

そして、言ったのだ。
「あなたのおかあさんには、よくしてもらったから」

私はその夜、そのおかずを前に座り、知ったのだ。
ああ、母は、今日、化けて出てきたのだな。

死ぬ直前まで、まだ意識があるうちは、母はホスピスのベッドでいつも言っていた。
「ちゃんと食べているの」
「なにか美味しいものを食べて帰りなさい」

母が生きているあいだ、わたしは泣きすぎて、
死後、たぶん私は泣かなかった。
やることがありすぎて、余裕がなかった。

しかし、昨夜。
私は、その料理を食べながら、初めて、
母のために涙を流したのだった。

哀しみでもなく、感謝でもなく。
ただ、母のために。 

 

 

 

大河のほとりで
河を見ていた

船にゆられて
自ら行かず

鳥が飛び交う
魚が遊ぶ

塵も芥も、流れ行く

ゆるりゆるりと


うっそうと繁る川辺の木々が
天を覆って 踊っている

ゆるり ゆるりと