玉野あおいのつれづれ日記

玉野あおいのつれづれ日記

玉野あおいです。趣味や仕事についてなど、様々思ったことを綴ります。縁あってお越しいただいたあなた様に、心からの感謝を申し上げます。

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建勲神社の後、初めての参拝となる青蓮院門跡へ参りました。
非常に格式高く、由緒ある門跡寺院ですね。
高校の日本史の授業で、先生に「絶対覚えてね!」と言われた、 【青蓮院流】という書風。
こちらの十七代門主の尊円法親王が名筆家として知られており、その書風が「青蓮院流」と呼ばれていたのですね。
 
高校の時の記憶がふっと出てきて、その意味に気づいた瞬間がたまらなく好き。
「あの言葉の意味って、これだったのか!すげー!^^」みたいな。
 

拝観料+御朱印代(800円)を支払いましたが、500円しか払っていないのに、こんなに見てもよいものなのか!?とちょっとびっくり。殿舎内をじっくり見ることができ、さらには庭園も一周ぐるっと廻れるようになっているのです。

 

お庭を眺めるのも、どの場所に居るかで見え方や感じ方が変わるので、素敵でしたね。

一番人気はやはり華頂殿。皆さま、畳の上に腰かけてじっくり味わっていらっしゃいます。

私もここで20分程滞在しました。

 

その後、華頂殿から、小御所、本堂へと行き、御朱印にも書かれているご本尊に手を合わせました。

 

中でも宸殿は、とても趣深い雰囲気で、右近の橘、左近の桜があり、御所にいるかのような感覚を抱きます。

焼失後復元されたそうなのですが、元は徳川家康の孫でもある東福門院の御所を移築したものなので、格式の高さが深く感じられますね。

 

 

 

殿舎内最後の場所は、大玄関でした。

15時半頃でしたが、大玄関付近には明かりがついておらず、真っ暗。

昔は蛍光灯なんてないから、こんな感じだったんだろうなぁ…と思いながら、スマホの明かりで照らすと、、、

あの孝明天皇が使用された御輿が出現。

急に出てくるもんですから、ちょっと驚きました(笑)

 

やっぱり度々菊の御紋を見ると、皇室との関わりってすごいものなんだなぁと改めて実感します。

御朱印にも。            

 
初めての青蓮院門跡でしたが、久しぶりにゆったり時間を過ごせました。
また伺います。ありがとうございました。

 

昨日から5連休ということで、数年ぶりに建勲神社へ参りました。
久々のお参りということで、ちょっぴりわくわくしたり。
 
ご本殿までは階段で。
タイミングがあったのかどうなのか、私以外どなたもいらっしゃらなかったので、1枚パシャリ。
すがすがしい夏の青空の下、1段1段ゆっくり登りました。

 

 

 

境内には、日本人数名と、中国人が5-6名。

10カ月北京留学をしていたこともあり、中国人観光客の話が耳に入ってしまうので、ちょっと不思議な気分。

 

今回はですね、前回頂いていなかった建勲神社の御朱印をいただこうと思っていたのです。

しかし、どうしても薬研の御朱印から目が離せず・・・。

 

薬研の特別御朱印を頂きました。

「お待たせしました、大将」と言われ、頬がゆるみましたね^^

私は薬研の由来や伝来に関心があるので、無事頂けてとても嬉しいです。

 

こちらも購入予定はなかったのですが、社務所にて見たところ、

どこからか購入すべしというお声が聞こえたような気がしまして、こちらも頂きました。。。

 

 

サイズが少し大きいので、こちらは書置き御朱印用に使わせていただこうと思います。

墨書き御朱印用に使うことも考えましたが、持ち出さず大切に持っておくつもりです。

 

自宅で1人ゆったりしながら、心静かに向き合い、寄り添いたい御朱印帳なのです。

 
お招きいただきまして、ありがとうございました。
また伺います。

 

【ヒーローズ・ジャーニー】

就職活動を控え、自分に自信が無くて、怖くて、不安で…そんな状態だった私に勇気をくれたお話。

ヒプノセラピーのセッションで、先生がじっくり話をしてくれたんです。

 

【英雄の旅】と名付けられたこの一連の流れは、ヒットする映画などのシナリオにも共通するもの。

以下は私が実際にメモしたものから引っ張ってきました。

 

1.天命
2.進む or 辞退 (決心の段階)

3.境界線を越える(実際の行動)

-------------------------------------------------------------
4.ガーディアン(守護)と出会う(人、教え)
5.闇とシャドー(障害) ライバルや思い通りにいかないこと

6.内なる声 (ひらめき・潜在的)

--------------------------------------------------------------

7.変容する
8.帰還 (本当の自分へ一歩近づく)

 

人は、その「生」の中で、ヒーローズジャーニーを繰り返しながら成長していく。

自分の人生自体がヒーローズジャーニーとも言えるのです。

 

 

①②あなたは、いつもと変わらない日常から、お告げであったり、使命であったり、何らかのきっかけがあって行動し始めます。

③そして日常から非日常、未知の世界へと、境界線を越えて飛び込んでいく。

④飛び越えた先、新しく踏み入れた地であなたは、協力者、守護者、師匠、仲間たちと出会い、サポートや能力、情報、資金など、先を進むにあたり必要なものを授かるのです。

 

⑤しかし、そんなあなたの行く手を阻む敵やライバルが登場し、試練や災難に見舞われていく。…いわゆるピンチですね。

それでもあなたは、悩み、葛藤、恐怖、憎しみ、恨み、嫉妬、喪失…そういった【負】の感情と向き合い、状況を打破し、困難を乗り越えていきます。

 

⑥そうやって1歩ずつ前に進む過程で、あなたはどんどん経験を積み、身体的にも精神的にも着実に成長・進化していく。

⑦そしてついに、最後の最後であなた(たち)の目的が達成され、これまでの旅の意義を、意味を知るのです。

⑧この旅を通し、目的を達成したあなたは、本来のあるべきあなたに成る…。

 

このヒーローズジャーニーを知って以来、今の自分はどの段階に居るのだろうと考えるようになりました。

これだけで、ずいぶん出来事の受け止め方が変わります。自分の置かれた状況や、その時の感情を俯瞰することができますから。

 

―――人は誰しも、何かのきっかけで行動し、変わることが出来る。

ヒーローズ・ジャーニーは、私たちが生きる上で、本当に大切なことを教えてくれるお話です。

 

この瞬間も、きっと多くの英雄の旅が繰り返されているのでしょう^^

 

 

 

7年前のことではありますが、私にとって最も大切な思い出を残そうと思います。

 

東日本大震災が起こる前の2010年秋、大学生だった私は、ずっと憧れていた仙台、松島、白石に旅行へ。

ちょうど二十歳の誕生日を仙台で過ごすことができ、今までの誕生日で最も嬉しかった日です。

3泊4日なので、時間はたっぷりです。

 

…そもそもきっかけは、高校の時、日本史の授業で知った、政宗公の慶長遣欧使節派遣の話に惹かれたことでした。
(とにかく衝撃だったんです。うわ、すごいぞこの人!みたいな。)

それからというもの、政宗様の生い立ちや生き方について調べていくうちに、いつのまにかとても好きになっていたんです。

どこがどうだから好き…みたいな、そんな簡単な言葉では表せないのです。

(上司や同僚によく聞かれるのですが、非常に困ります。苦笑 そんな軽いものではないんです!って)

 

だから宮城に行ったときはほんとに嬉しくて、きっと一生忘れられない旅ですね。

 

 

一緒に行った友人が、私の二十歳の誕生日プレゼントとして、ずんだ餅を買ってくれて。

ずんだ餅を食べることを楽しみにしていたんですが、いざ食べると…!

「うわーーーーーっ!一体なんなんだこの味はーーーーーーー!!!!!」と、

大笑いしながら大泣きしたんです(笑) 笑い泣き?泣き笑い? 

 

あと、白石城にての話ですが、お客さんが私と友人しかいないこともあり、

担当の方が甲冑を着せてくださって、城内で写真を撮りまくりました(笑)
展示してあった本物の刀(鞘は抜けません)も持たせていただき、実際の重みも体感。

20歳の女子大生が甲冑を来て刀を持っていい感じにポーズを決めて城内でパシャパシャしまくるという絵面…今考えればなんつーことをしたんだ私は!と思いますね← 

当時の写真もありますが、お蔵入りでございます。

 

ちなみに甲冑ですが、某社から出ていた、政宗様の1/2スケール黒漆五枚銅具足のセットを持っております。

買ってから何年経つのか分かりませんが、まだ半分ぐらいしかできてません←前立ての紛失可能性大だし、籠手が難しいし…。

(現在は、来週の引っ越しのため、一時実家預かりですが、転職を機に作成再開できれば…。)

 

最後は3日目の昼頃、お土産屋さんで、友人と買い物をしていた時の事。

はしゃぎながらお土産を選んだこともあり、はしゃぎ疲れて店内の椅子で休憩していたら、店員さんが話かけてきて。

いろいろ聞かれたので、

【愛媛から来たんですけど、愛媛の宇和島にも伊達家があるんですよ。伊達博物館もあって、何度も行ってます。】と伝えたら、そこから話が盛り上がってしまって!

なんと、賞味期限が切れ(かけ)たお菓子を、いくつか無料で譲ってくださったんです!!!ありがとうございます!!!

 

【宇和島伊達家】、知っている人は知っているのでしょうが…。

政宗様の長男:秀宗様が伊予宇和島藩初代藩主です。(異母弟の忠宗様が、仙台藩2代目藩主ですね。)

長くなるので割愛しますが、宇和島伊達家について、是非知ってほしいです。また別の機会に。

初代藩主秀宗様をはじめ幕末の四賢侯の1人である8代藩主宗城様についても。

(幕末の四賢侯の残り3人→松平慶永様、山内豊信様、 島津斉彬様)

 

 

…今思い出すだけでも、本当に楽しいですね。書いてて笑いが止まらないです^^

でもそろそろ、楽しい話はここまでにして――

 

 

2010年のこの旅を最高の形で終えた私は、2011年の2月から北京留学を決意しまして。

太宰府天満宮の記事でも触れましたが、漢文つまり中国古典文学が専門だったので、中国語を学ぶため留学に行くことにしたんです。

でも、初留学=初海外(笑) それまで海外になんて行ったことのない奴が、いきなり10カ月の留学に行くだなんて!

 

そして2011年の2月10日に、北京留学が始まりました。

ですが、その約1カ月後の2011年3月11日、東日本大震災が発生するのです。

 

ちょうど私はその時、寮の部屋で寛いでいたんです。

北京と日本の時差は1時間しかないのですが、たまたま部屋のテレビを付けたら、地震で揺れる町と、津波の映像が映し出されました。

その時の映像が、今でも頭から離れない。

津波が、町の全てを飲み込んでいく様子が。

私はテレビを見てその場から動けなくなってしまい、ただただ泣いて、泣くだけしかできませんでした…。

 

宮城県はもちろん、平泉のある岩手県や、会津若松城のある福島県など、元々東北が好きだった私にとっては、とてもショックが大きかったです。

留学を終えて帰国してからは、卒論や就活が忙しく、社会人になってからもなかなか宮城へ行くことができませんでした。

 

 

ですが、2016年、社会人3年目の夏。

岡山にて、【伊達政宗と仙台藩~国宝慶長遣欧使節関係資料と仙台伊達家ゆかりの名品】という展示会が開催されたのです。

岡山はですね、広島に住んでいる私にとっては隣県だったので、

…私が政宗様を知った最初の出来事、慶長遣欧使節の資料も見られるとのことで、すごく興奮しましたね。

それに、2010年仙台市博物館で見た展示品の一部を約6年ぶりに、また見ることができたんですから^^

国宝指定された「慶長遣欧使節」関係資料や、黒漆五枚銅具足や山形文様陣羽織は、ほんとにほんとに感動です。

丸1日ずっと見ていられる!

 

出身県には宇和島伊達家があり、伊達博物館にも伺えて、

2010年には、一生忘れられない4日間を宮城・仙台で過ごせて、

2016年には、再び政宗様関連の展示を隣県の岡山で見られて、
そして2017年には、7年ぶりに宮城・仙台&松島に行けて…。

 

私は、本当に恵まれているんだなと、とにかく感謝の気持ちでいっぱいですね。

こんなにたくさんの機会をくださって、本当にありがとうございます。

 

今までもこれからも、心からの感謝を。 

そしてどうか、今後もこのご縁が絶えることなく、末永く続きますようお見守りください。

 

続きは、7年ぶりの仙台・松島の旅へ。

 

5社目のお社は、住吉神社。

日本三大住吉の1つで、筑前国一之宮であり、全国に2000以上ある住吉神社の中で最古と言われます。

伊弉諾大神の禊祓によって住吉三神が生まれたことから、心身の清浄を以て災いから身を護るご神徳があるそうです。

 

現在の社殿は、黒田長政公が再建したもので、住吉造と呼ばれるもの。

アクセスは博多駅から歩いて約10分と近いので、お参りしやすいですね。

ちなみに西門から入るのがよろしいかと。

 

参拝当日は雨でしたが、お導きいただいて参拝に至るものだと思っているので、

その日の私は身も心もしっかり清めることが必要なんだろうなぁ…と感じながらお参りしました(笑)

 

拝殿の前に立った時、御祈祷・神事の音が鳴り始め、これはきっと何か具体的なお言葉がいただけるんだろうなと感じ、おみくじを引いてみました。

 

【あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る】

あの有名な額田王の和歌ですね。大海人皇子も返歌しており、贈答歌としても知られています。

 

大吉ではありましたが、「心が浮き立っているので、慎重に事を行えば良いことがある!」という戒めや注意の味合いが強く、気を付けようと思いました。また、どの項目も力強いお言葉だったので、安心しましたね^^

 

 

最後6社目のお社は、光雲神社。

 

黒田官兵衛公・長政公の親子を祀る神社です。桜の名所として有名な西公園の石段を上がったところにありました。

大河ドラマになったこともあり、知名度も上がったのではないでしょうか^^

黒田家の家紋として一般的に知られている「藤巴紋」があしらわれていますね。

三つの藤の花房が左巻きに渦を巻くようにデザインされたこの家紋、好きです。

 

  

ちなみ光雲というのは、お二方の龍院殿、興院殿という法名から一字ずつ取って名付けられ、

「光雲」とかいて「てるも」と読むそう。…最初は読めませんでした。

 

 

また、境内には、名槍日本号を持ったあの有名な母里太兵衛公の銅像が!

とうらぶが好きなさにわの方々もいらっしゃってましたね。黒田組は人気ですし!

 

その他、拝殿にも粋な仕掛けがあって、お賽銭を入れて参拝すると、鶴の声が聞こえます。

分かっていても、かなり声が大きくて驚きました^^

 

そして、この光雲神社でも、同日2回目のおみくじを。

…引かなきゃいけないって感覚。引かないっていう選択肢が心の中になかったという感じですかね…。

 

大吉でした。

【庭の面は まだかわかぬに 夕立の 空さりげなく 澄める月かな】

平安時代末期、保元の乱や平治の乱で勝利し、平氏政権下でも重用され、源氏でありながら従三位になった源頼政様の和歌。
頼政様は、歌人としても才がおありで、秀歌が多いんです。(あと有名なのは、鵺退治)

 

和歌の内容が、この日の天気に似ていますね。

光雲神社に来た時には、いつのまにか雨も止んでいましたから^^

 

「雨降って地固まる、これぞ上吉。欲深い心は捨て、自戒せよ」とのこと。

やはり住吉神社でいただいたお言葉と、少し似ている…。嬉しい限りです。

 

 

無事に御朱印をいただき、帰ろうと神社の鳥居をくぐったところで、1匹の猫と遭遇。

ひとこと帰りのご挨拶をして、そのまま石段を降りていったのですが、なんとこの猫様、ずっと私の後を付いてきてまして…!

なんと!お見送りしてくださっているのかも!とびっくりした私は、石段の降りた広場のベンチに座ることに。

そしたら、案の定、足元に擦り寄ってきて、そばに居てくれたので、しばらく撫でさせていただきました^^

 

ゆったり一緒にくつろがせていただいた後、

帰りますねと一言告げると、その猫様は最初に遭遇した鳥居の前まで静かに戻られていったのです。

 

それにしても、不思議な経験でした。

久々に穏やかな時間を過ごすことができたと思います。

 

また伺いますと約束したので、次回もお会いできたらいいな。

 

 

 

以上、福岡初参拝のお社でした。

(黒田家についても、今後書いていきたいです)

3社目のお社は、筥崎宮。

何と言っても日本三大八幡宮の1つ。筑前国一宮でもあります。

境内にある建物も立派です。

鳥居や楼門、拝殿、本殿、亀山上皇尊像など、じっくりお参りしたい見どころがたくさん。

 

醍醐天皇が神勅により「敵国降伏」の宸筆を下賜され、社殿を建立し、筑前大分宮より遷座したことになっているんですね。

鎌倉時代の元寇において、神風が吹いたことで打ち勝ったことから、厄除・勝運の神様としても有名とのこと。

足利尊氏公や小早川隆景公、豊臣秀吉公などの信仰もあり、黒田長政様も含め、以下歴代藩主も崇敬篤いお社とは…!

 

ちなみに三大八幡宮に行くのは初めてだったので、

早速圧倒されて開いた口が塞がらなかったのが楼門

小早川隆景公が建立した大きな屋根のある豪壮な門で、その佇まいにまるで圧みたいなものを感じてしまったのです(苦笑) 

 

八幡宮だからなのか、開運勝利を呼び込む威厳というか、何かに圧迫される感覚…。

母方の遠い遠い血筋のせいか生まれ持ったものなのか…、とにかく感受性が高すぎる体質なので、何らかの感覚を抱くのはいつものことですが、一歩踏み出すのに、うっ…と構えちゃう感じでしたね。

 

その他には、パワースポットと呼ばれる湧出石もありますね。

石に触れると運が湧き出ると言われ、開運を願って多くの参拝者様が触れていました。

私もひと撫でさせていただきましたので、お導き、お見守りくださることを祈るばかりです。

 

今回は時間が無く、思ったよりゆっくり浸れなかったので、次こそは!

 

 

 

4社目のお社は、香椎宮。

最寄駅は無人駅で、これまた私にとっては人生初の無人駅で!

帰りの切符って、改札ないけど通さなくていいの!?と若干不安でしたが() 

こういったちょっとしたびっくりも、旅の醍醐味。

 

境内はとても広々としていて、お散歩している方も多く見かけました。

夕方に伺ったのですが、夕陽の色と微かな風に揺れてなる葉の音が、聞き心地よく耳に残っています。

私の感覚では、皇室と関係が深いお社は、他のお社と違って受け取る感覚が少し違うので、不思議です。

 

全国に16社ある勅祭社1つで、古来より皇室・朝廷との関わりが深く、定期的に勅使のご差遣を仰ぐお社なんですね。

御朱印にも、天皇家の紋である菊紋が押印されています。…菊紋のインパクトはすごい。身が引き締まりますね。

 

また、御神木は【綾杉】と呼ばれており、葉の形が普通の杉と異なり、綾のように交互になっていることが由来。

神功皇后が、三韓征伐から帰国した折、鎮護の祈りとともに、鎧の袖に差していた杉枝を植えたものが成長し、現在の大木となったんだそうです。

そう知った上で綾杉を眺めると、感慨深いものがありますね。 

 
さて、残りあと2社です!→

 

 

1社目のお社は、竈門神社。

宝満山にあるお社で、玉依姫命さまに由来する縁結びや、大宰府の鬼門除けとして方除け・厄除けで有名なんです。

太宰府天満宮参拝後に行きましたが、女性の参拝客が本当に多かった!

やっぱり皆さま、恋愛の縁結びですかね!← 

ご夫婦で来られてる方もいらっしゃいましたし、女子学生さんもわいわいしてらっしゃいましたね^^

 

…大変残念ながら、私は恋愛に興味が無いため、

縁あってお参りできたことへの感謝と、今後の様々な縁を結びに参りました。

(私は中学生以来、歴史巡りが一番大好きなのです。笑

ですが生きていく以上は、どんな人とのご縁も、どんな出来事との縁も大切にしたいですね。)

 

どうかこの先、私にとってもあなたにとっても、素晴らしき良縁のあらんことを――

 

 

 

2社目のお社は、紅葉八幡宮。

住宅街にひっそりと佇む八幡宮で、朱色の社殿です。

江戸時代には東の筥崎、南の大宰府・西の紅葉と称され、広大な社領と荘厳な社殿だったとか。

それに、福岡藩黒田家歴代藩主からの崇敬・信仰も篤かったとのこと。

 

歴史深きしっかり地域に根付いたお社なんだなぁとしみじみ…。

目に見えない思いが延々と受け継がれている、そこにある重みと深さがずっしり来ます。

でもそれでいて、心からほっと一息つける、そのようなお社でしたね。

御朱印については、宮司さんがいらっしゃったので、全国的にも有名な御朱印ARのご紹介も合わせてしていただきました。

 

あと4社です→

 

8年ぶりに福岡へ。

8年前は、九博で展示されていた阿修羅像を見るのが目的ですが、ついでに近くの太宰府天満宮にもお参りしたのを今でも鮮明に覚えています。

 

太宰府天満宮に祀られている道真様ですが、大学の卒論で道真様の漢文研究を行ったこともあり、私にとっては大好きな方の1人なんです。

 

卒論では、道真様の漢文に出てくる「燈」を手掛かりに、この方の孤独感を辿り、歩んだ人生について考察しました。元々道真様のことは好きだったのですが、研究を通してより道真様のことを考えるようになりました。

 

ちなみに8年前のお参りでは、太宰府天満宮にておみくじを引いて、大吉でした。

そんなことよりも一番心動かされたのは、

 

【東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ】の和歌が書いてあったこと。

…道真様が失意のうちにあった時に詠まれた歌ですね。

詩臣として生きる道が閉ざされたこと、どれだけ苦しかったのだろうと…。

 

その和歌を、道真様が最期を遂げられた場所で見た瞬間、

当時大学2年生ながら、感動で号泣したんですよね、なぜか涙が止まらなくて…。

拭えど拭えど溢れてきて、言葉にならない感情だけが込み上げてくるんです。

泣きたいわけじゃなく、悲しいわけじゃなく、何も分からないのにただ涙が出る…。

隣にいた母も、びっくり仰天でした() 

 

そんな想い出の太宰府天満宮に、8年ぶりに訪れた日。8年ぶりに伺えたこと、お招きくださったことへの感謝をお伝えして、御朱印をいただきました。

 

  

 

ちなみにおみくじには↓

【このたびは 幣もとりあへず たむけ山 もみじの錦 神のまにまに】

 

この歌は、宇多上皇の宮滝御幸の時に詠まれたもの。宇多上皇は道真様を非常に信頼していて、お供として連れていたんですね。道端で出会った道祖神様に手向ける幣がなかったため、咄嗟に紅葉を差し出したというところに趣が感じられ、とても風情ある歌だと思います。

 

百人一首にも収められたこの和歌、ぜひ実際の場所で、せっかくなら道真様のお傍で、詠まれた瞬間に立ち会ってみたいですね。この宮滝御幸の約1年後に、道真様は右大臣となり、人生で最も栄達を極め、学者出身で大臣にまで登りつめます。

ですが、この3年後、道真様は左大臣藤原時平の讒言により、太宰府へ流罪になるんです。

 

道真様を流罪に追い込んだと言われる藤原時平様ですが、…実は私、藤原氏も好きなので、時平様がどうこう…というつもりは全くありません。

事実として受け止めることはできても、真実は、たぶん分からないから(苦笑)

…でも、事実から、その時生きた人の思いを辿ること、感じることができることは私にとってすごく大切なんです。

 

藤原氏による摂関政治確立の過程で、菅家の者としての道真様がどう向き合い、「敗者」として流罪となったのだろう。

そして、「詩臣」としての道真様の思いは、どのように生まれ、どのように終わり、どのように受け継がれて、今に至ったのだろう。

 

それらを学び、これまで私なりにいろいろと感じてきました。もちろんこれからも感じ、自分なりに考えていきます。

 

過去に目を向ければ、そこから何か、今へ、未来へと繋がる、自分にとって大切なことを感じられるから。だから、歴史に触れることが好きなんです。

 

「今」というのは、過去に生きた人達が、悩みながらも数ある選択肢から選んで、積み重ねてきた行動の結果のことだと思うのです。

 

どんな形であれ、私はずっとこれからも歴史に触れ、何かを感じ、考え、なおかつその意味に気付けるようになりたい。

どんな出来事にも意味があることを忘れないように。