ヴィンテージという言葉は、ウイスキーの場合はそのウイスキーが蒸溜された年を指す。

その後、樽に詰められ熟成という過程を経て、最終的には瓶詰めして出荷される。

樽に留まっている間はオーク材で作られた樽は呼吸するため、中のウイスキーは徐々にその容量を減らしていく。

それをエンジェルズ・シェア(天使の分け前)と呼ぶわけだが、樽で熟成される期間が長いほどその量は多くなり、ボトリングできるウイスキーの量は減っていく。

また、単純に熟成される期間が長ければ長いほど、製品になるまでに時間がかかるということになる。

つまり、長期熟成のウイスキーは本来なら非常に高価になってもおかしくないといえる、

しかし、私がウイスキーを飲み始めた頃、ウイスキーは価格を熟成年で割返すと、いろんな蒸溜酒の中で最も安い部類の酒だった。

例えば38年熟成で13,800円だとすると363円/年、4,000円の10年熟成の泡盛の古酒は400/円となり、比較するとウイスキーの方が安い。

しかもアルコール度数はカスク・ストレングスのウイスキーの方が高いため、割安感がすごかった。

時はボトラーズが華やかなりし時代で、ボトラーズものはシングル・カスクが多く、必然的にほとんどがヴィンテージが入ったウイスキーだった。

私がよく買ったウイスキーは70年代のニューリリースが中心で、1972や1975、1976辺りがその時の嗜好に合うヴィンテージだった印象がある。

今から12年ほど前の話だが、例えば1976ヴィンテージなどはベンリアックやトマーティンなどのフルーティーなウイスキーが話題になっていた記憶がある。

当時はリリースも多く珍しくはなかったが、今の時代から考えると1976ヴィンテージは47年前の蒸溜という事になる。

私がよくそれらを買った2011年の47年前というと1964年に相当するため、ニューリリースではシングルグレーンはまだしも、シングルモルトで1964ヴィンテージはほぼ出ていなかったのではないか。

しかし、1964を代表するウイスキー、ブラック、ゴールド、ホワイトのボウモア・トリロジーは探せば残っている店はあった。

今から12年前はそんな時代だったのだ。

よもや12年後に、ウイスキーがこんなに人気になって価格が上がるとは思いもよらなかった。

そんな1976ヴィンテージのウイスキーが今自宅で3本開いている。

1976を代表する蒸溜所といっていいトマーティン、そしてビリー・ウォーカー率いるベンリアックグループが買収したグレングラッサ、あとはスコットランド最北のハイランドパークだ。

1976はベンリアックをはじめ、姉妹蒸溜所のロングモーン、トマーティンなど長期の熟成によるフルーティーなウイスキーが多い印象の年だ。

アイラはアードベッグのオフィシャルでいいものはあるが、ボウモアは下降していく過程にあり、他も鮮烈に記憶に残るウイスキーはすぐには出てこない。

また、スプリングバンクも1976は出ているボトル自体も少なく、80年代のウイスキー不況の影がじわじわと迫ってきていたのだという事がわかる。

そんな1976ヴィンテージだが、今自宅で開いているウイスキー3種を並べて飲んでみた。

■トマーティン　1976　35年　インプレッシブカスク　51.2％　ウィスク・イー

一時期長熟が連発された1976ヴィンテージのトマーティン。

口火を切ったスコッチ・シングル・モルト・サークル(SSMC)の31年が高評価だが、概ねどのボトルも似たような傾向の味わいだと思う。

バーボンカスクのものもあるが、割合はシェリーカスクのものが多い。

もちろんボトルにより樽の出方やシェリーの乗りに差はあり、1976のトマーティンは相当飲んだ自負がある私にも、好きなボトルや思い入れのあるボトルはある。

その中ではこのインプレッシブカスクは、ボトリング当初はサルファリーな要素が強く、どちらかといえば不人気だったように思う。

しかし、人気があったスリーリバーズとウイスキー・エージェンシーのジョイント、アートワークもかなり樽が強く個人的にはサルファリーだと思っていた。

苦味が強いためマスクされた印象だったのか、そこは見逃されるんだな、と当時思った記憶がある。

しかし、いずれのボトルも時間経過で抜ける種類のサルファだと思うし、14,000円弱と安かったのもありストックしていた。

当時もっとシェリー感やウッディネスの強い1965や1966の長熟ものもリリースがあったが、76のように果実味全開ではなかった。

かつ価格も2.2～2.5万だったため、76に全振りする買い方をしたが今改めて飲むとどう感じるのだろう。

このボトルも既にボトリングから約11年、開栓からも約2年が経つため、改めてテイスティングしてみた。

【テイスティング】

ブラインドでも香りだけで一択に絞れそうな、76トマーティンの甘やかでトロピカルな香り。

トップに黒糖の甘味、シロップ漬けの黄桃、ドライアプリコット、少しケミカルだが黄色いフルーツフレーバーが炸裂する。

ビターチョコレート、アプリコットティー、クローヴ様のスパイス、ニスを塗った家具のウッディさやオイリーさ。

余韻にはピーチ味のバブルガム、ドライジンジャー、ドライな麦芽味。

サルファ要素はほぼ消えていて、瓶内と開栓後の時間によりシェリー感が奥に引っ込み、フルーツ感が前面に出ている。

コーヒーっぽかったのが紅茶っぽくなり、甘酸っぱい黄色いフルーツは『THE '76トマーティン』と言っていい。

スコッチウイスキーとしては甘い部類に入るが、76トマーティンにはこれぐらい露骨に甘口フルーティーを期待したくなるので、よいのではないかと思う。

とにかくリリースが多く安くて話題にもなったため、いまだにストックして安目に飲ませてくれるBarがあるのではないかと思う。

【Verygood!!!】

■ハイランドパーク　1976－2007　日本向け　カスク№6119　50.4％　オフィシャル

ウイスキー評論家である土屋守さんがセレクトした、オフィシャルのハイランドパーク。

5種類出たうちの1976ヴィンテージのものだが、輸入元がアサヒビールからレミー・コアントロー・ジャパンに変わったとき、土屋さんのスコ文研(当時)が在庫を全て買い取った。

それを当時のアサヒ扱いの値段より安くして、スコ文研が販売したときに購入したものだ。

しかし、当時は1976を2本しか買わなかった。

ハーフボトルなのもあるし、他にほしいウイスキーもあったからだ。

今となってはこれは10本くらい買うべきお酒だったと後悔しているが、それもまたウイスキーあるあるだ。

今年の3月に開けたばかりだが、改めてテイスティングしてみた。

【テイスティング】

麦芽の分厚さ、ライトなピートスモーク、フローラルなアロマ、千疋屋の高級なマスクメロンの果汁。

少しグリーンな印象のあるマスカットの果実、ライチや龍眼のようなエキゾチックなトロピカルフルーツ、そこに少し梅っぽい甘酸っぱさが出ている。

はちみつをかけたフロマージュブラン、クリーミーなコク、バニラの甘い香り高さ、アニスやシナモンのようなスパイス。

余韻には潮っ気、ムルソーのシャルドネ、ホワイトチョコレート、トロっとしていてワクシーさもある。

余韻はスモーキーさとフルーティーさが重なっていき、長く官能的に続く。

アメリカンオークのリフィルホグスヘッドが酒質をマスクせず、ハイランドパークの良さが炸裂している相当レベルの高いウイスキー。

スコッチウイスキーにほしい要素が全てつまっているボトルで、土屋さんがテイスターとして脂が乗り切っていたであろう時代の素晴らしいセレクト。

そのうまさは感動的ですらあるが、ハイランドパークではさらに上の感動をもたらすボトルが存在し飲んでいるため、レートは相当悩んだ。

開栓2ヶ月でハーフボトルとはいえ

減りが早いが、大事に飲もうとしてもつい杯が進む。

ボトリングから約16年、今がピークなのではないかとすら思う仕上がりで、さすがのオフィシャル・シングルカスクだ。

【Verygood/Excellent!!!!!】

■グレングラッサ　1976　38年　ウイスキーフープ向け　42.9％　オフィシャル

1986年に閉鎖された蒸溜所をスチュワート・ニッカーソンを中心としたグループが復活させたグレングラッサ。

貴重な古酒をリリースしながら運営していたが資金繰りもあり、当時勢いのあったビリー・ウォーカー率いるベンリアック・グループが2013年に買収した。

ニッカーソン時代はトール瓶だったが、ビリー時代にダンピ－瓶となり、スモールバッチのレアカスクシリーズをリリースした。

両時代ともに日本の代理店はウィスク・イーだったため、その縁で日本のボトラー、ウイスキーフープが樽の供給を受けたのがこのボトルだ。

オロロソ・シェリー・ホグスヘッド樽から148本ボトリングされているが、当時としては高額だったため頒布でなく希望者が購入する形を取った。

その後グレングラッサはベンリアック、グレンドロナックもろとも大手のブラウン・フォーマンに売却され、日本の取り扱いもアサヒビールに変わった。

もはや長熟のグラッサは全ての樽がボトリングされたのではないかという感じだったので、2本買った。

そのうちの1本を約2年前に開栓したが、今グラスに注ぐと少し香りが閉じた時期に差し掛かっている印象。

飲んでみても香りが弱めだったので、数的の加水したら香りが上がってきたため、改めてテイスティングした。

【テイスティング】

ローストした麦、チョコレートでコーティングしたソーテルヌ漬けのレーズン、ランシオ香、白檀の香木。

赤肉メロン、マホガニーのウッディネス、少しバルサミコ、エルミタージュのシラーっぽいブドウ感やタンニン。

カカオ比率の高い高級チョコレート、赤いベリー系の果実、シェリー樽の苦味、強めにローストしたコーヒー。

余韻には青い山椒、ブドウの皮、ラズベリーなどの赤系の果実。

余韻はアタックやパワフルさは強くはないが長く続く。

ボトリングから約8年、開栓から約2年が経過しているがまだ少し固さが残っている印象。

未開栓ならあと7～8年、もしくはこのままあと2年くらい経てばさらに本領が発揮されそう。

この蒸溜所の1974～1976は、60年代半ばから1972とは少し毛色が異なるが、このボトルは60年代や1972に近い味わいを纏っている。

現時点ではフルーティーに寄りすぎずチョコレートやコーヒー感が強めのシェリーカスクだが、どう変化していくのだろうか。

【Verygood/Excellent!】

以上のように3つの1976ヴィンテージを飲み比べたが、麦とフルーツのバランスが良く全てシェリーカスクという共通項があった。

個人的な嗜好では飲み比べるとハイランドパークが印象的だが、飲んだ経験がない人からしてみるとトマーティンもグレングラッサも十分に衝撃的なボトルだと思う。

スコッチの業界ではこの辺りから、毎年安定的に作るというよりは隔年や作る年にまとめてつくるという印象があり、80年代に入ると閉鎖や休止が増え、完全に後退期に入る。

しかし、不況だからこそ消費されなかった原酒が長期間熟成され、安値で大量に流れた恩恵を受けた身からすると、ありがたい以外にない。

しかも不況のため樽を刷新できず古樽で長く熟成されたため、蒸溜所の個性がわかる長熟ウイスキーという仕上がりになっている。

ゆえにどれもブラインドで蒸溜所はもとより、ヴィンテージまで絞りこむのもそれほど難しくないのではないか。

そういう個性がわかるウイスキーが簡単に手に入り、たくさん飲めたからこそブラインドのスキルも身についたように思う。

そんないい時代の名残を感じる76ヴィンテージの飲み比べだった。

1976ヴィンテージ 長熟ウイスキー3種飲み比べ

1976ヴィンテージ　長熟ウイスキー3種飲み比べ