当直やわ。
歳を重ねるごとに、しんどさが増してくるのが当直やわ。
35歳越えてから、衰えを感じてる。
衰えるんやなと、特に思うたのが 35歳やったわ。
あとは、ひたすら下り坂やわ。

60歳近い副院長が、大晦日に当直やってる姿をみて、どうやってモチベーションを保てというんやろか。
時間外がつかんから、ヒラより給料安いから、当直続けてはるんや思うわ。
くじ引いて当たってもうたら、大晦日なんて誰も変わってくれへんがな。


故郷に戻って 9カ月たったわ。
年も明けたわ。
何となく落ち着いてきたわ。

細々と雑多に癌診療続けてる。
何しとんやろな~と思わん日はないわ。
もう 5時に帰ることしか考えてない健全な体と精神になってしもうた。

娘のお手紙も、
「いつもお仕事いってくれてありがとう」 から、
「いつも一緒にいれていいね」 に変わった。

何ぼ仕事しても、死んだら一緒や思うわ。
こんだけ若くして癌になって絶望している患者診てるのに、自分だけ特別に長生きできるなんて、
とても思えんわ。
いつ死んでも、必ず後悔する。
やり残した、やりたかったことだらけやろ。
せめて、娘だけは大事にしたらんと、一人の妻くらい大事にしてやらんと、死ぬに死に切れんわ。
あほみたいに大学で精神壊すまで働いて、家族が健康を害して自分も精神害したり、
家族に見捨てられたり、
気が付けば一人って現実は、go go hell やわ。

死んだら一緒や。
宵越しの金も名誉もないんやわ。
死んだら一緒や。

世の中の勤務医を続ける医者たちが不思議で仕方なくなってきたし、
開業したり、親の後を継ぐ選択をしていく勤務医たちの精神の方が極めてまともなことがよくわかってきた。

未だに急性期病院で勤務医やってる市民病院の人々を支えているモチベーションが理解できんくなってきた。
いかに自分の頭がいかれていたか思い知らされる。
ただ、きっと、これをもっと追及したいという手術や研究が何かあるから保てたんやと思う。
だから、これまで一心不乱に働き続けてきたんや思うわ。
その道がもう、とてもやないけど、なさそう・・・
ってなって、どうもあかんみたいや、自分の力ではどうにもならない現実があると思うて、
家族だけでも大切にしようと思うて、故郷に戻ってきたけど、
まだ未練たらたらやわ。
こんな薬屋が開発した薬を使用して、一人も治せんのに、どうやってモチベーション保てばいいかわからん。

患者のためとか、そんなこと当たり前や、んなきれいごとで、自分の人生きせかえできるなら、
誰も人生迷わんと、死ぬまでボランティア活動やっとればええんやわ。
同時に、完全に医療崩壊やわ。

外科医を支えるのは、新しい難しい手術をやってみたい、より良い成績を出したいという、
その自己達成感、満足やわ。
んなもん患者のためとかいうのは、それを兼ねてるからええだけの問題やわ。
ほんまに患者のため考えてるなら、理解不能の術式やら、試しにやってみる腹腔鏡もダビンチなんか犯罪なないか。
どんな外科医も、初めて執刀する手術が必ずあるんやわ。
それを否定したら、完全に医療崩壊や。
誰もモチベーション保てんわ。

この労働強化の嵐が吹き荒れる現実で、臨床でモチベーションを保てる人は素晴らしいわ。
神やわ。
開業する元気もない。これから先行きも暗いし、ようせんわ、
自分も含めて、そういう人間がどうにも踏ん切りつかずに残るんやろ。

どうやってこれから労働という死ぬまで続く営みを続けていこうか。
娘も6歳やし、ローンもようけあるし、ただそのためだけに働くばかりやわ。

「鳥はね、おうちにいるんだよ」、って幼稚園にいってた5歳の娘が教えてくれたんやわ。
幸福の青い鳥は、どんだけ世界中探しまわっても、自宅におるんやわ。

今ある目の前の現実に幸福を感じられない人間は、永遠に幸福を感じることはできないということを言うてんやと、娘に教えられたんやわ。
一番大事なのは、家族なんやわ。

当たり前のことながら、食うために働く、結局、普通の労働者なんやわ。
なんやけど、時間外2000時間 OK っしょ、医者だもんね、
ってことがまかり通ってよいことは、許しがたいんやわ。
んなことばっかり言うてたら、戦争を知らない弱い子の私らには、もう通用せず、崩壊してまうわ。

集約化という名の労働強化、
診療科・地域の偏在という労働強化、
食うための労働者が、5時に帰ることを朝から待ち遠しくて何がいかんのや。

次から次から目標をたてて、それを達成することを繰り返すばかりの人生を過ごしてきた思うわ。
スタンプラリーのようにノルマをたてて、専門医とって、論文書いて、・・・・
結局、今も、何もかわらん。

何も見えてないんやわ、幸せの後ろ足も何も見えてないんやわ。
んなことばっかりせんでも、人生は楽しめるはずなんやわ。
でも、そういう生き方意外をを知らんのやわ。
あほの自営業の金持ちぼんぼんと話すと反吐がでるんやわ。


やけど、それで楽しければそんでいいから、
楽しい程度に細々とやるこっちゃわ、スタンプラリーのように専門医とったり、
マニアックな論文書いたり、細々と楽しい程度でええんやわ、んなこと。
頑張ったらあかんのやわ。
疲れてしまうんやわ。
あほらしくなりすぎてしまうんやわ。

最終的にはなんだかんだで面倒見てくれるんちゃうかと思うてた指導医にも、
ぽいっと捨てられるのが現実なんやわ。


まあ、腫瘍内科で専従してわかったけど、なんぼかわかっちゃいたけど、
根本的なマインドが合わへんみたい。
治したくても、なおせん。
必死の肝メタを conersion させようとするけど、手術すんの私やありませんから。
ステーキなしのステーキセットやわ。
しゃあない、食ってくためやから。

何のためにとるんかわからんけど抗がん剤の専門医とったら、
また外科に復帰したいところやけど、ちょうど、肝胆膵外科高度技能専門医の修練ができる素晴らしくいい話があったから、それを、結局また目標にして、
腕を磨くことにしかモチベーションを見出せんあほなんやわ、
今年は2本は論文を出したいと、また目標をたてて、疲れて、
モチベーション保てんわと、ドルチェグストのコーヒー飲みまくって、
家では酒を飲みまくって、何とかモチベーション保とうとしている。
根本的にあほなんやわ。
人間として間違ってんやわ。

まあでも、娘と妻がおれば、生きていけるわ。
だから、5時に帰りたいんやわ。
もうそんでええんやて。
可愛い娘と妻と一緒に晩飯食べて、一緒に寝んねして、たまには一緒にドラマみて、
それが幸せなんやわ。

あんな毎日日が変わるまで働いて、土日はバイトにいってして、
妻子に捨てられたら、何も残らんのやわ。

世の中の変化が大きすぎて、早すぎて、疲れるんやわ。
高校生の時には、携帯電話もインターネットもなかったのに、
電車に乗ればどの高校生もスマホをみてるばかり、誰も本読んでない。
いつしか世の中はおかしくなってしもうた。
けれど、金峯山寺や金剛峯寺や延暦寺や永平寺に修行に入っても、
それに耐える忍耐もなく、物足りなくて、んなところで生きていけんくそ下民なんやわ。
やから、疲れながら、俗世と煩悩にまみれて生きていくしかあれへんわ。
根本的に間違ってんやわ。