あけましておめでとうございます、ゼロです。

 

去年の12月は結構ブログ頑張っていたんですが、最近はやる気が起きなくて全然投稿できていません。

 

やっぱり、年末年始だから気が緩んでいるのかな。あとは、たぶんやっても結局お金にならないからだと思う。

 

でも、今こうして書いている。調子がいい時だけじゃなくて、悪い時も見せていこうかなと考え始めたからです。

 

早く生活保護を抜けて月収20万円とかで生きていきたいんですが、それもなかなか達成できなくて落ち込んでいます。

 

でもあきらめる気はありません。必ずいつか達成したいです。

 

それにしても、最近マットレス変えたんですがなんか調子悪いな。買ったばかりだけど、別のを買うか検討中。

 

とりあえず今は保護費の支給日に向けて毎日お金ない中生活しているところです。

 

そうだ、今年の抱負でも書こうかな。今年の抱負は「月収20万円達成して生活保護を抜ける」です。

 

今のところどんな方法で達成するかはわかりません。pc1つで在宅のお仕事で達成したいんだけど、それも難しそうだし、どうなるかわからない。

 

とりあえず今はb型のお仕事を頑張るしかなさそう。それから今年で30歳になるからなにかいいことあるといいな。

 

まとめ

 

ブログやる気でないけど、今年もぼちぼち投稿していこうと思います。

 

それにしても、ai結構触っているけど結局1円にもなってない…。お金にするって難しいね。

 

まあとにかく、今年もよろしくお願いします。読んでいただきありがとうございました。

 

どうも、ゼロです。

自分は一人暮らししているんですが、冷凍パスタばっか食べています。

 

カップラーメンとかカップ焼きそばとかでもいいんですけど、なんか麺がすきじゃなくて。

 

冷凍パスタって、普通のパスタと遜色ないくらいおいしいんですよね。

 

・もちもちとふにゃふにゃ

 

麺を食いたいだけなら、手軽なカップラーメンとかカップ焼きそばとかでもいいんですけど、なんか麺がね。

 

あと、スープも違和感がある。不健康な感じがする。

 

普通にスーパーで買った袋ラーメンとか焼きそばのほうが100倍おいしい、具材入ってなくてもね。

 

そう、カップラーメンは麺がふにゃふにゃしている。袋ラーメンとか焼きそばはもちもちしている、この違いだな。

 

この違いわかるかな、決定的に何かが違う、質か。

 

・冷凍パスタ最高

 

でもパスタって、ちゃんとゆでたやつと冷凍のやつとであまり変わらないんですよね。

 

舌が敏感なのかもしれないですけど、なんか食感ってどうしても大事にしたいから。

 

それで、手軽に納得のいく食感の麺を食べるにあたって、冷凍パスタが一番いいんですよね。

 

7分とか電子レンジで温めないといけないけど、それだけの価値はあると思う。

 

まとめ

 

冷凍パスタ最高なんだけど、種類が限られているのがね。

 

でも、家で作るにしてもキッチン狭いしなあ。久しぶりにサイゼリアにでも行って、本物のもちもち麺を食べてくるか…。

 

食感て本当大事だよね。

 

というか、冷凍パスタ食いすぎて飽きてきたな。タバスコとかチーズ買ってきて味変するか。

 

最近は、ペスカトーレ?はまっているので、ペスカトーレにタバスコとチーズかけて食おう。

 

読んでいただきありがとうございました。

 

どうも、ゼロです。

 

実は前回の記事はAIに書いてもらっていたんですが、わかりましたか?

 

まあ、ちょっと不自然な言い回しとか多かったのでわかる人はわかると思いますが、最近のAIって便利ですね。

 

 

・半分くらいはAI

 

まあ、AIに書いてもらったといっても全部書いてもらったわけじゃないです。

 

下書きは自分でやったので、半分自分で半分AIみたいな感じです。

 

そもそもなんでAIに書いてもらったかというと、文章が苦手だからです。

 

文章苦手なのにブログやっているのも変な話なんですが、アウトプットの場が欲しかったんですよね。

 

・結構いい感じの文章になる

 

文章苦手だし、自分で書くと素人の文章ですがAIに整えてもらうとなんかいい感じの文章になりました。

 

プロとまではいきませんが、まあまあのレベルにはなっていると思います。

 

でも、別に仕事にしたいわけじゃないし、そもそも文章をAIで変えてしまうとブログ書いている意味がないんじゃないかと思ってしまうこともありますが、なんか楽しいので今後もちょくちょくAIを挟んでいこうかなと考えています。

 

それに、AIで整えたほうが読みやすいなと試してみて感じたので。

 

まとめ

 

これからは、AI使ったり使わなかったりの文章になると思います。

 

どっちが正解かはわかりませんが、まあ趣味なので気分次第ですね。

 

でもやっぱりせっかくのブログなので、出来るだけ自分の言葉で書いていきたいなとは思っています。

 

 

 

こんにちは、ゼロです。

 

今、生活保護を受けています。 いつかは自立したい。そんな思いで、まずは自分にできることから始めようとB型事業所へ通い始めました。

 

そこで知ったのが「在宅勤務もOK」という選択肢。 人混みが死ぬほど嫌いで、バスや電車に乗るだけで削られる自分にとって、これは救いかもしれない。そう思って、家での仕事をスタートさせました。

 

まだ3回目ですが、正直な感想を書いてみます。

 

■時給250円。1ヶ月の稼ぎは「8000円」 

 

時給250円です。4時間集中して働いても、手元に残るのは1000円札一枚。

 

 今のペースだと、1ヶ月頑張っても8000円くらい。 これじゃ、タバコと酒代で消えてしまう。

 

自立への道は、想像以上に遠いです。

 

■「家なら楽」だと思っていたけれど… 

 

通勤のストレスは消えました。でも、在宅は在宅で別のしんどさがあります。 

 

頻繁なLINE、顔を合わせるMeet。 結局、どこにいても「人間とのコミュニケーション」が一番エネルギーを奪っていきます。

 

 自分が本当に欲しいのは、コミュニケーションすらゼロの完全な自由なんだと再確認しました。

 

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■ 最後に:いつか手にする「完全な自由」のために

 

まあ、いろいろ書きましたが、結局のところ「今はこれが最善」だと言い聞かせています。

 

 ストゼロを飲み、メビウスを吸いながら仕事ができる。この環境だけは、外の職場では絶対に手に入らないので。

 

在宅を受け入れてくれる場所もそう多くはない。 だから今は、この「時給250円の場所」を足場にして、じわじわと体力を蓄えるつもりです。

 

自分が本当に欲しいのは、 誰にも干渉されず、誰とも喋らずに済む、「コミュニケーションゼロの完全な自由」。 それだけです。

 

所詮は責任の軽い仕事。 いざとなったら投げ出したっていい、くらいの気楽なスタンスで。

 

 その「自由」をいつか実現するために、今は適当に、この泥臭い日常をやり過ごしていこうと思います。

こんにちは、ゼロです。

 

今回は、最近遊んでいるAIで画像を作ってみました。

 

初心者なので下手ですがよければ見てみてください。

 

・白髪キャラ

・近未来風

 

 

ちなみに、Geminiで作りました。

 

まとめ

 

Geminiは質問とか色々できていいのですが、画像生成だけでいえばほかのサイトのほうがやりやすいですね。

 

それはそうとAI画像生成結構楽しいな、もっといい画像作れるように頑張りたいと思います。では。

どうもゼロです。

 

生活保護で暮らしているのですが、それも一年が経ちました。

 

最初は、一人暮らしをやっていけるのかとか生活保護費で暮らしていけるのかなど色々不安でした。

 

しかし、なんとかなるものですね。こんな自分でも一年暮らすことが出来ました。

 

・月末になるとヤバい

 

生活保護費、約11万円。家賃除くと使えるのは大体7~8万円くらい。

 

月末になるとほぼ所持金ゼロの状態になります。お金の管理が苦手なので余計辛いです。

 

でも、実家にちょっといさせてもらったりしてなんとか繋いでいます。

 

お金の管理できるようになりたいな。

 

・家具家電壊れたら終わり

 

貯金ないので家具家電が壊れたら終わりです。

 

壊れないことを祈りながら日々生活しています。

 

まとめ

 

生活保護はやることがなくて暇なのが結構辛いですね。

 

そろそろ、b型作業所とかにでも通ってみようかな。

 

生活保護は1万5000円までは稼いでも減らされないらしいから、とりあえずそこを目指してみようと思います。

こんにちは、ゼロです。

 

自分は高校生の時は、不登校気味でした。大体、週2日は休んでいました。

 

理由は、学校というか授業がつまらなかったからです。

 

家にいて、パソコンでアニメ見てるほうが楽しかったのでよく休んでいましたね。

 

・文理選択間違えた

 

友達いませんでした。それも休んでいた理由だと思います。

 

しかし、今思うと文理選択を間違えたのが一番大きい原因かなと思っています。

 

やっぱり、自分に合った道を選ばないとだめですね。自分は理系を選んだのですが、つまらなくて…。

 

文系を選んでおけばよかったなと思っています。人生少しは変わったかも。

 

もし今から文理選択する人がいたら、周囲の意見とかアドバイスをよく聞いて後悔しない道を選びましょう。

 

・10年間無職実家暮らし

 

大学を中退してから実家で10年間無職をしていました。

 

いやーなかなか辛かったですね。暇だし、家に家族がいるので一人の時間がないので好き勝手出来ないからストレスが溜まりますし。

 

でも、生きていくということはたぶん現状を受け入れることだと思います。

 

そして今できることを精いっぱいやる。自分の場合は、頑張って実家で過ごすことでした。

 

今は一人暮らしをしているのである程度一人の時間があって好きなこともやれているのでまあ10年間頑張ったかいはあったかなと思います。

 

そうだ、一人暮らししたい人は生活保護を取るのはおすすめです。

 

収入なくてもできますからね、一人暮らし。

 

まとめ

 

〇にたいと思いながら、29歳まで生きてきました。

 

でも、なかなか〇ねないので逆に30歳、それ以降も生きて、今までひどい人生だった分これからはいい人生を送れるように頑張ろうと最近は思っています。

 

生きていくのは大変ですが、適度にストレスを発散しつつ頑張って生きていきましょう。

 

いつか、生きててよかったと思える日が来ることを願って。

約10年ぶりの投稿です。

 

何にしようかなと思ったのですが、とりあえず好きなお酒とたばこについて。

 

・人間生きているとストレスが溜まるのでやっぱりストレス発散が大事です

 

そこで役に立つのがお酒とたばこ。

 

お酒はストゼロ、たばこはメビウスを吸っています。この組み合わせが個人的に最強なんだよな。

 

長く生きると普通のストレス発散では解決できないレベルのストレスが溜まってくる。ドカ食いとかでは無理。

 

でも、お酒とたばこは他とは一線を画す。

 

お酒は癒し、たばこは生きる意欲がわいてくる。

 

なので20超えている人でどうしてもストレス発散ができない人はこの2つがおすすめ。

 

あと、人間やっぱり一人の時間が大事だと思うのでネカフェに行って長時間一人で過ごすのとかもいいですよ。

 

まとめ

 

生きることは辛いですが適度にストレスを発散しつつ頑張りましょう。

 

 

 

 

こんにちは。

僕は3週間ぶりに車に乗って遠くへ行きました。

約3週間の間ずっと徒歩や走り、自転車で過ごしていました。しかし、徐々に気分が塞いできていることに気づき始めました。

2週間を越えたあたりから、焦りといいますか、胸焼けのような感覚が生じ始めて、破壊衝動に襲われるようになったのです。

今回は、3週間越しに車に乗って外出した僕による、車の速度を久々に体験した感想を述べます。

そして、車の速度を日頃から体験することの重要性を改めて考えてみます。

◯何故、3週間の間車に乗らなかったのか

まず始めに、車に3週間の間乗らなかった理由を説明します。

理由は、一言で言いますと「お金が無かったから」です。

行きたい場所はあっても、何かを買うことはできなかったため、「行っても仕方がない」わけです。永遠と、行きたい場所について考えては何もしないことを繰り返していました。

もちろん、お金のない状態でも外出することは出来るでしょうし、お金を掛けずにどこかで過ごす方法も多くあるでしょう。例えば、図書館とかですね。

図書館まで車で向かえば、「車の速度」を体験したことにはなります。ですから、この方法でも十分「車の速度欲」は満たせたと思います。

しかし、今一つ気持ちが動きませんでした。外出しないことで生じた様々なストレスや苦痛は、完全に自分の責任と言えます。

そういう訳で、乗る動機は多少はありながらも先延ばしをして、乗らないことを選んでいたのです。

機会は常に存在していたのですから、言い訳にはなりません。

とはいえ、行くことのできなかった理由はお金意外にもあると考えています。お金はあくまでも、2番目の理由かもしれません。

では、一番の理由は何かといいますと、それは「合わない机」を使用していたからだと思います。

車に乗らなかった3週間の間も、それ以前の3ヶ月ほど前からもですが、ずっと「合わない」と感じる机を使用していました。

その机を使っていると、頭がかき乱される感覚に付きまとわれて、思考が定まらなかったのです。

それゆえ、外出したいのかしたくないのかさえ分からない状態が続いていたのだと考えています。

◯違う景色に触れるだけで気分が良くなります

車の速度はやはり良いですね。徒歩や走り、自転車もそれぞれ良いですが、たまには車の速度を味わわないと息が詰まります。

いつも似通った景色ばかりを眺めていると、たとえ自然といっても疲れてきます。

人間、違うものに触れないと心が壊れていくような気がします。といいますか、僕はそうでした。

ですから皆さん、疲れていると感じたなら、それは同じ景色や同じものに触れすぎて、心が固まってしまっているからかもしれません。

そのように感じられる際には、意図的に普段とは違うものに触れることをお勧めします。

そうすると、心も新鮮な空気を吸ったように生き生きするはずです。

◯自分を幸福にすることに全力を尽くす

自分を幸福にするということは、甘やかすということではありません。

むしろ、厳しいし大変なことだと思います、自分を不幸にするよりも。

なぜなら、不幸になる行動を取ることは衝動的で比較的実行しやすい傾向にあると思うからです。

例えば、野菜を大量に摂取してお肉を少量に抑える食事を心掛けているとします。

自分を幸福にするためには、自制心を働かせて食事内容に気を配る必要があります。

食事内容は普段はコントロール出来ているとしても、時には抑制が効かない状態に陥ることもあるでしょう。

そんな時、自分を幸福にすることが上手な人は、もどかしくとも野菜を大量に摂取する方を選ぶと思います。

反対に、あまり上手ではない人は衝動的にお肉を大量に摂取して、後々後悔することになります。

衝動的になってしまう理由は様々でしょうが、一つの原因として考えられるのは、日頃から「落ち込む要素」に触れる機会が多いためです。

勉強で良い点を取れなかった、試験に合格しなかった、誰かとの会話が上手く行かなかったなど、気分が落ち込む要素は色々とあります。

しかし、これらの出来事は皆、表面的な分類に入ると考えています。

表面的な分類とは、人生に影響を与える事柄には段階があるということで、日常の出来事のほとんどは、上層、中層、下層の3つの領域の内の「上層」に入るということです。

上層より深い階層である中層は、使用している机や椅子、部屋などです。家も入ります。

下層は、住んでいる場所や一緒に暮らしている人、つまり環境です。

そして、人間関係、誰と結婚するかなどです。

最後に、時間配分です。人の意志力や注意資源は有限ですから、その資源を一日の内で何に使うか、いつ使うかはとても大切な部分です。

下の層に行くほどに、人生に与える影響は大きくなっていきます。

「誰と結婚するか」はある種、取り返しのつかない選択だと思います。

つまり、下の層に行くほどに影響が大きくなり、それと同時に決断を変えたり、要素を変更することも難しくなるのです。

下の層に行くほどに、取り返しがつかない選択が増えていくということです。上層や中層は、下層よりは取り返しがつきます。

例えば、使用している机は、環境を変えるよりは簡単に変えることができるでしょう。また、友人との喧嘩による不和の解決は、誰と結婚するかよりは取り組むハードルは低いはずです。

これらの「層」の例えから僕が言いたいことは、上層よりも中層、中層よりも下層の領域にある事柄を変えることに集中するほうが、個人の幸福にとってはいいはず、ということです。

上層を変えても、中層の影響によりその変化は一定の値に落ち着いてしまうと考えますと、中層に分類される机や椅子、家を変更したとしても、更に下の領域にある下層の要素、「誰と結婚したか」による影響で、最終的には机の変更は効果が薄れていき、意味をなさなくなる可能性があります。

ですから、大変でももどかしくても、より下の層の要素を変えたり、決断を下すことに時間を費やすことが大切なのです。僕はそう考えています。

下の層であるほど、変えることは難しくても、一度行った変更は良くも悪くも半永久的に効力が続きます。そのため、本当に意味があると思います。より下の層に力を注ぐことは。

皆さん、自身を幸福にするため、是非とも下層の要素である「誰と結婚するか」などの決断を大切にして下さい。

そして、あなたが幸福になることで周りの人も幸福になるため、大切な人を幸福にしたいと思うなら、まずは自分が幸福になることです。

他の人の幸福に意識を向けるよりもまずは、自分の幸福に意識を向けないと仕方ないということですね。

地動説を比喩に用いますと、地球の周りを太陽が周っているわけではなく、太陽の周りを地球が周っているわけです。

それと同じで、「他人の幸福」の周りを「自分の幸福」が周っているわけではなく、「自分の幸福」の周りを「他人の幸福」が周っているのです。

ですから、自分の幸福が中心にあるということです。他人の幸福はあくまでもその周りにあって、中心がしっかりしていないと周囲も不安定になってしまいます。

そのため、「自身の幸福」という中心軸をしっかりさせて、その後で他人の幸福を実現させるように努めましょう、ということです。

直感には反するかもしれませんが、おそらく幸福にとっては正しい順番のはずです。

僕はずっと生きてきて、他人の幸福をまず優先してしまう傾向があったと思います。(←編集ここから)

それは、一時的には自己犠牲感を得ることが出来て、気分がいいかもしれません。

しかし、長期的に見ますと、不利になります。

自分を大切にできていない分、本当に他人を大切にしようという気持ちが生じないからです。

あくまでも自己犠牲から生じている感覚は表面的なもので、心の底では自分が幸福になりたいと思っていたのです。

同じような方は意外と多いのではないでしょうか。自分でも気付いていないこともあるでしょうから、これを機に自身に問いかけてみるといいでしょう。

「他人の幸福にばかり注意を向けて、自分の幸福はおろそかにしていないか」と。

思いの外、自分を大切にしていないことに気づくかもしれません。または、自分をとても大切にしつつも他者を大切にすることが上手に出来ているかもしれません。

最初から自身を幸福にすることが上手な人もいますから、そういった方は素晴らしいと思います。

しかし、自身を幸福にすることがあまり上手ではない人も、意識することである程度は良くなる可能性はあります。自覚することは、自覚していないよりも状況改善には近付くはずですから。

では、この話が外出することとどう繋がるのかと言いますと、次のような連鎖が生じます。

幸福になるほど外出したいという気持ちになります。外出の時間が増えるほど健康的になる可能性も高まります。結果として幸福になります。

良い連鎖が見事に発生しますね。

ですから、自身を幸福にするということは、こういうことです。

「幸福になり、健康的になり、成功に近付く。この流れを繰り返すことで、最終的に成功します」

最終的な成功のために幸福になるというわけではないかもしれません。幸福は、それ自体が目的でもあるからです。

しかし、幸福を得ることに集中すると、結果として成功も出来るのですから、幸福は追う価値はとてもあると思います。

自身を幸福にすることに全力を尽くしたほうが、人生を成功させるという点においては、いい方法だと言えます。

それに、自分を幸福にするということは「周りの人を幸福にする」という意味でもあります。

ですから、自分一人に幸福の効果は留まらないということです。

周囲の人を大切に思っていて、幸福になって欲しいと思うなら、まずは自分が幸福になる所から始める必要があります。

自分を幸福にするということは、とても大変だと思います。言い方は軽いかもしれませんが、想像以上に難しいですよ。

何かを行う時、自分の望みは明確に理解していて、特定の行動を選ぶことで幸福になると分かっていながらも、その選択肢を選ぶことができないことがあります。

理由は、直感に従ってしまい、他人の幸福を優先してしまうからです。僕はよく直感に従って失敗したと感じます。そして、不安も選ぶことができない理由の一つです。

他人の幸福には異常に注意を払う割には、自身の幸福にはあまり注意を払っていない状態です。

他人を幸せにしたいと思いながらも、実際には逆効果になることを行ってしまっているのです。

このような状態になる人は意外と多いのではないでしょうか。自分を幸せに出来る人は意外と少ないかもしれません。

なので、一度自身に問いかけてみるといいでしょう。

「自分は本当に自分の幸福を大切にしていて、幸福になることに全力を尽くしているのか」と。

改めて自分の心と対話することにより、思わぬ発見があるかもしれません。

皆さんぜひとも、自分自身への問いかけを行ってみて下さい。

今幸福な人も、今はあまり幸福ではない人にも効果はあるはずです。

自分自身をより幸福にするためにも、おすすめします。

まとめ

外出することは間違いなく意味のあることでしょう。

運動しなくても、誰とも会わなくても、ただ散歩するだけでもとても価値はあります。または、ショッピングでもいいです。

外の空気を吸うこと、車の速度を味わうことで肉体的にも精神的にもリフレッシュできます。

家にいるとそれだけで一秒ごとに気分が沈んでいってしまう気がします。

もちろん、自宅も素晴らしいと思います。静かに読書を行えたり、パソコンが出来ますから。

しかし、やはり人間は外の空気を吸わないと駄目なように出来ているのでしょう。

なぜなら、ずっと家の中にいる状態で外へ出ると、それだけで気分がスッキリするからですね。まあ、僕が家に居すぎるだけかもしれませんけれど。

ともあれ、1週間に一度でも良いので、外へ出るといいと思います。

外へ、というよりも、車を運転するか乗せてもらうかして、遠くへ向かうのです。向かう先は、散歩のように気ままに決めても全く問題はありません。

もちろん、交通手段は車でなくとも、自転車でもバイクでも、徒歩でも電車でも飛行機でもいいです。

大切なことは、普段常にいる場所──僕の場合は自宅です──から1kmや2km、10kmくらいは離れることです。そして、3時間から5時間くらいは帰らないほうがいいでしょう。

直ぐに帰ってしまうと、心のもやもやのようなものが浄化できずに、淀んだ気持ちのまま自宅で過ごすことになるからです。

そうして、周りの人に影響が及びます。

まるで、消化しきれていないダイナマイトと導火線を持ったまま、自分の住処へ帰るようなものです。

危険ですので、しっかりと消化してから帰るようにしましょう。でないと……。

そしてなにより今回の記事で言いたいこと、大切なことは、自分を幸福にすることに全力を尽くしましょう、ということです。

幸福になり、外出する、という流れです。

外出するためにはまず、外出したいという気持ちにならないと厳しいでしょう。外出したいという気持ちになるためには、幸福であることが必要だと考えます。

「幸福だから成功できる」という法則と同じように、「幸福だから外出できる」のです。

つまり、幸福になった後に成功できるということです。そして、幸福な状態だから外出も頻繁に行うようになる、ということでもあります。

直感に反しても、おそらくこの法則は事実なのだと思います。

それと、直感的には確かに人の幸福は大切ですが、まずは自分の幸福を優先したほうがいいでしょう。それが、もどかしくとも成功に繋がる方法だからです。

最後に一言述べます。

是非、積極的に遠くへ外出しましょう。たったそれだけのことですが、間違いなく人生が豊かになるはずです。以上です。

こんにちは。

僕は久々に兄妹と会話しました。そこで思ったのは、「近しい人」との会話や触れ合いはとても大切だということです。

当たり前のことですが、意外と見落としがちな点でもあると考えました。

なぜなら、近くにいることが当然のため、何もせずとも一緒にいるので、会話せずとも離れることは基本的にはないからです。

しかし、久々の会話によって、物理的には近くとも、心の距離はとても遠くにある、という状態に陥ることは普通に起きることなのだと理解しました。

◯約1年半ぶりに兄妹と会話しました

最初に明かしておきますと、僕は大学を中退したのですが、大学を中退して以来は兄妹とまともに会話をしていませんでした。

日常で行う会話といえば、「そこどけて」や「ドア閉めて(エアコンを付けているため)」くらいだったと思います。

それが、約1年半──切りが微妙のため2年とさせて頂きます──越しに、「ありがとう」という会話をしたのです。

ありがとうと言ったのは僕ですけれどね。それも一方的だったとは思いますけれど。

しかし、たった一言二言でしたがその会話はとても心が満たされました。僕だけかもしれませんが。

ひとまず前置きとして、大学中退以前からも会話はほとんど行っていなかったのですが、大学中退以降はその傾向が顕著に表れていた気がします。

言いたいことは、会話をほとんど行わない状態が約2年続いた後の、「ありがとう」の会話は強烈な精神的な喜びを覚えたということです。

懐かしい感覚が蘇ってきて、思わず30分ほど窓から外を眺めながらその感覚に浸っていました。それで、色々考えていました。

「何故今になって突然こんな会話を行ったのか」「何故こういった出来事が発生したのか」「以前の自分を少しだけ思い出した」などです。

その状態はまさに「立ち尽くしていた」という表現が適切でしょう。

◯とても大切な動力源が満たされた感覚です

大学を中退後の1年半、兄妹とは会話を行わなくとも近くにはいたため、物理的に居ないことによる違和感のような感覚はありませんでした。

しかし、「近くに居ても遠くにいる」という感覚は、思い返してみるとずっとありました。

その感覚は、とても長い時間を掛けて当然の感覚になっていって、僕は「普通」というものを認識できなくなっていたのでしょう。

「普通」とは僕にとっては、ある程度毎日会話をするような状態を指します。

この一年半、毎日会話を行ってはいませんでしたし、1週間に1回もないことが続いていたので、一年半のこの期間は「普通」ではなかったと考えています。

人間が活動するために大切と思われる力の源、コミュニケーション欲、または近しい人と触れ合いたいという欲のようなものが多少満たされた気がします。

その源は、やはりある程度満たされていないと空虚感に襲われるのでしょう。

事実、久々に満たされた後に気付いたのですが、空腹感に近い感覚にずっと陥っていて、それがやっと何かを摂取したという状態へ移行したかもしれないと感じました。

つまり、大切な何かにずっと触れていなかったのだと、その何かに触れたことによって「触れていなかった」と自覚したということです。

◯直感に反しても遠くより近くに関心を向けると成功に近付くかもしれません

直感的には遠くの町や人、出来事に意識を向ける方が実際に遠くへ行くことが出来ると思うかもしれません。

しかし、成功するためには逆の考え方をする必要があると考えています。

つまり、より遠くの場所へ行くこと、大きな成功を収めたいなら、近くの人や場所、出来事、また小さな成功を達成することに集中する方がそれらを実現する可能性は高まるはず、ということです。

なぜそう思うかと言いますと、僕自身遠くのことに関心をずっと向けていても、遠くへは行くことが出来ていないからです。

遠くの出来事に関心を向けたり、支援したりすることはいいのですが、関心は向けられても影響は及ぼせないことがほとんどで、「どうにかしたい」という気持ちだけが先行して、焦りのみが生じてしまいます。

結果として、悶々とした気持ちで日々を過ごすことになり、近くで起きている出来事や人間関係に集中することが難しくなります。

自身が影響を及ぼせる可能性のある近くの出来事よりも、影響を及ぼせないであろう遠くの出来事に意識を向けることは、直感的には遠くへ行くことが出来ると思っても、実際は逆効果ということです。

成功するためには、近しい人や出来事に関心を向けて働きかけることが必要である可能性が高いのです。

まとめ

近しい人──兄妹や家族や親戚など──との会話は、予想以上に生きる活力を得ることが出来ると体感しました。

そのため、今後は積極的に近しい人との会話を行っていこうと思いました。

皆さんも、触れ合っていない近しい人がいましたら、会話やメールなどを行ってみるといいでしょう。

なぜなら、生きる活力を多く得ることが出来る可能性が高いからです。

成功したり幸福になるためにはやはり、近しい人との触れ合いから得ることの出来る「生きる活力」は必要不可欠だと考えます。

とはいえ、近しい人と連絡を取ったり会話を行うことがとても厳しいと感じることもあるかと思います。

僕自身、会話したいという気持ちはありつつも、声を掛けることは出来ていませんでした。

しかし、会話自体は思っているほど難しいものでもなく、そう思い込んでいるだけということも知りました。

何か一つキッカケがあると、思いの外すんなりと口が動いて話し掛けられます。

例えば、「食事の際に自分の箸を持ってきてくれた」という状況が発生したのなら、その時に「ありがとう」と話し掛ける口実が出来て、実際に言えるでしょう。

些細なことかもしれませんが、キッカケとしては十分です。あとは、この機会を逃さないように注意を最大限向けて会話に集中するだけです。

……ですが、機会損失を避けるために無理をして話し掛ける必要はないでしょう。けれど、せっかく生じた機会を避ける必要もないはずです。

とても貴重だと思いますから。兄妹や親しい人、つまり──「身近な人」との会話は。

皆さん、ぜひ身近な人に興味を持って、積極的に関わっていって下さい。

それだけのことで、想像以上の充足感を得ることが出来るはずです。僕はそうでしたよ。

以上、「近しい人との会話は大切」という記事でした。