先日、白虎隊について調べたいなーと薄らぼんやり言ってたわけなんですけど、ちょろちょろ調べていて泣いてる。新政府ひでぇよ。
最近、長い文章書くの苦手になってきたんで今回調べたことを数回に分けて書いていこうかなと思います。はい。
大体みんな歴史の授業で習うことだと思うんですけど、幕末から明治にかけての時代ってもうぐっちゃぐちゃじゃないですか。
幕末の日本て、政治的な混乱や不安定さで満ちてて、武士や志士がガチでやりあってた時代。どっちが良いというわけじゃなくて双方主張や理想があったのが噛み合わない不幸な話だと思うんだけど・・・(とは言え私は幕府側寄りの考え)枝分かれしてしまった理想は戦うしかないんですよねぇ・・・
顕著なのは戊辰戦争。
戊辰戦争は幕末から維新への移行期でのめちゃくちゃ重要な出来事。
武勲合戦みたいになってるけど、その流れとは別の悲劇としてあったのが白虎隊の存在なんですよね。
で、その戊辰戦争って?
戊辰戦争は、維新期の最大の内戦の一つですね。
新政府軍と旧幕府軍との衝突で、明治元年(1868年)~明治2年(1869年)にかけての激しい戦闘でした。
この戦争の勃発は政府の崩壊と新政府の台頭に伴う権力闘争の結果で、幕末の混乱を象徴する出来事の一つと言える・・・んだけど主に新政府の権力闘争だよねこれ💦
会津藩は外交政策を巡っての朝廷・幕府、諸藩の主導権争いに巻き込まれた形です。
白虎隊の成立は?
白虎隊は会津藩(福島県)が組織した少年の軍隊。少年隊。
様式兵制を採用した会津藩が年齢別に編成した四隊のうちの一つで16歳~17歳の少年で編成されていた部隊。
四隊というのは
50歳以上の玄武隊
36歳~49歳の青龍隊
18歳~35歳の朱雀隊
そして16歳、17歳の白虎隊
という感じ。
白虎隊のメンバー
メンバーって言うな、隊士。隊士です。
全員名簿にしようかなと思ったんですけど、思いの外多かった。
343名いらっしゃったとのこと。
世で「悲劇の白虎隊」と言われているのは士中二番隊という隊でした。
[士中二番隊]
中隊長の日向内記を含めた大人の指揮官5名と少年37名程で構成されていたそうです。
中隊長 日向内記
小隊頭 山内弘人 (蔵人)、 水野祐之進
半隊頭 佐藤駒之進、 原田克吉 (勝吉)
隊 士
◆ 安達 藤三郎 17歳
◆ 伊東 悌次郎 17歳
◆ 伊藤 俊彦 17歳
◆ 篠田 儀三郎 17歳
◆ 鈴木 源吉 17歳
◆ 津田 捨蔵 17歳
◆ 野村 駒四郎 17歳
◆ 間瀬 源七郎 17歳
◆ 簗瀬 勝三郎 17歳
◆ 有賀 織之助 16歳
◆ 池上 新太郎 16歳
◆ 石田 和助 16歳
◆ 石山 虎之助 16歳
◆ 井深 茂太郎 16歳
◆ 津川 喜代美 16歳
◆ 永瀬 雄次 16歳
◆ 西川 勝太郎 16歳
◆ 林 八十治 16歳
◆ 簗瀬 武治 16歳
◆ 飯沼 貞吉 16歳
・ 石黒 寅三郎
・ 伊東 又八郎
・ 小野田 尚四郎
・ 片峯 祐之進
・ 酒井 峰冶
・ 志賀 與三郎
・ 篠沢 虎之助
・ 庄田 保鉄
・ 城取 豊太郎
・ 多賀谷 彦四郎
・ 竹村 幸次郎
・ 田中 清三郎
・ 遠山 雄午
・ 永野 兵太郎
・ 成瀬 善四郎
・ 笹原 傳太郎
・ 原 鋧三郎
・ 宮原 三四五郎
・ 藤沢 啓次
・ 浮洲 政
・ 松原 孫次郎
・ 向山 仙吾
・ 矢島 八太郎
・ 吉田 錺之助
このうち「◆」がついている人は飯盛山で自刃or戦死してしまったとのことです。
これが悲劇と言われる所以です。
調べ物を進めて、また次の記事を作成しようと思います。
調べれば調べるほど胸が痛いよ…