「お前ってホント何やらせてもできねーな。」



「何でこんな雑用もこなせねーんだよ?」



「わかった、お前オレのことナメてんだな?」



ホントに会社勤めしてたときは何一つ誰の役に立つことができませんでした。



「役にたたなきゃ」 「使えるやつにならなきゃ」 「迷惑掛けないようにしなきゃ」


ってずーっと自分を責め続けてついに”ブレーカー”が落ちてしまい長い鬱との生活がはじまったんですけど、



”ここから全てが始まったんです。




鬱状態ってホントに辛いもんです。毎日自分を責め続けるプラス周りの人全てが敵に思えてきて指一本動かすのも億劫になりますもんね。


そんな中筆者は「午前中に自宅にいること」に物凄い罪悪感を感じていました。


田舎町ですので「あそこの誰々は無職で家にずっといる」って噂は音速で伝わりますし、私の年齢も30に差し掛かっており、本来であれば年老いた両親を支えていかねばならない立場なんですが、


どこに勤めても一年ともたず、収入も得られず年老いた両親の年金で食いつなぐ自分を物凄く責めました。


「なんとかしなきゃ」っていても立ってもいられず鬱状態の体を引きずって次の仕事を探すんですけどことごとく失敗に終わってしまいました。


「自分は生きててなんの意味があるんだろう?」


「このまま寄生虫として一生を終えるなら死んだほうが周りのためだ」って一度自殺未遂も起こしました。


その後病院で目を覚ました筆者に両親は泣きながらこう言いました。



「もう会社なんて勤めなくてもいい」


「生きていてくれるだけでいい」


筆者はとんでもない思い違いをしてたって痛烈に感じました。


筆者は「”自分が”何とか稼がないと一家破滅だ」


「そのためには自身の特性を改善して”会社で”仕事出来る人間にならないと」


「それが出来てない自分はダメ人間だ」


ってずっと思いこんでたんですけど、そうじゃなかったんです。


会社なんて勤めなくてもよかったんだ。


頑張らなくてよかったんだ。


寄生虫として生きてもいいんだ。


ってやっと心の荷を下ろせました。


いくら頑張って違う道、向いてない道を無理して歩んでも必ず強制終了がやってきます。


ホントにある日突然ブレーカーが”ブツン”って切れるんです。


何度ブレーカーを戻そうとして精神科に通ったり薬の力に頼って一時は戻れたとしてもまた”ブツン”って切れちゃうんです。


今やってることとブレーカーの容量が釣り合ってないので何度同じことしても無駄なんです。


それに気づいた筆者は”自由業”という道を選択しました。


もうかれこれ数年になりますがホントもっと早くこの道に進んでたらな~って思います。


でも逆に考えれば、やってきたことの積み重ねがあったから「あっ、このやり方じゃダメだな」って気づけたのかもしれません。(もちろん両親の言葉もあったからですが)



「会社勤めしなくてもお金を稼いでいい」


「発達障害者でも豊かに暮らしていい」


「失敗して没落してもいい、どうせならないから」


「誰かの役に立たなくても自由に好き勝手に暮らしていい」


って自身に許可出来たらホントに全てが変わり始めました。


今はタブレット一つあれば世界中どこからでも取引ができますし、税金処理も税理士にやってもらってるので
好きな時に好きなとこ行って遊んでます。


だからといって決して贅沢して暮らしてるわけではないですが「好きなことしてお金をもらっていい」「特性が”障害”になることはもうしない」って勇気持って許可出来たのが全ての始まりです。