”働きたくないでござる。




突然だが、筆者は働きたくない。 働きたくないというのは会社で仕事したくないってことだ。


先日、こんな記事を見つけてしまった。


”私の職場に発達障害者がいるんですけど、ほんっっとに使えなくて、ただでさえ忙しいのに彼の尻拭いまでさせられてホントに辛いです。障害の特性故というのは重々承知ですがそれを考慮しても到底いっしょには仕事できません。ホントに彼が大嫌いすぎて殴ってやりたいくらいです。障害者は仕事しないでほしいです。


ホントに当事者にとってはショッキングな記事である。以前の筆者だったら「障害者差別だ!こんな記事を書くなんてこの人は血が通ってない!最低な人間だ、我々だって皆のペースについていこうと必死なんだぞ!」 って怒るとこだ。



でも、この記事を書きこんだ本人の言いたいことも分からなくはない。



確かに自分が必死で取り組んでることをわざとではないにしても邪魔されたら腹もたつよね?



なので誤解を恐れず言わせてもらうと当事者は”働かなくていい”    ”仕事なんてしなくていい”



なんなら生活保護をもらって好きなように暮らしてもいいんじゃないかと思うんだ。



無理して健常者と仕事する必要なんかない。


”健常者の競争概念に巻き込まれる必要はない”って以前の記事にも書いたよね?”当事者”と”健常者”では用途が違うって


健常者だけが理解できるようなルールと常識でつくられた世界で当事者が渡り合えるわけないじゃないか。



それをいくら訓練したって彼らと同レベルで仕事が出来るとは思えない。



だったら働かなくていいじゃないか、先の記事を書いた健常者にしても当事者に自分の仕事をかき乱されるのが許せないしイライラ、  当事者にしてもそんな健常者の顔色を見て叱られるんじゃないかとビクビクオドオド・・・・・・。



そんな二人が一緒にいて誰が得するの?



別に生活保護で暮らしたっていいじゃない?



そりゃ、最初のうちはスゴイ惨めだったよ、「ああ、堕ちるとこまで堕ちたな・・・・・」って



でも考えを改めたんだ。”オレ、みんなとは働けないけどそのかわり、世の中にお金を廻していこうって



だってそう思わない?生活保護でもらったお金、みんなだったらどう使う?




お店とかで商品買ったりして使うでしょ?つまり健常者たちにお金を廻してるわけだ。



ゴミに捨てたり、燃やしたりする人なんかいないでしょ?



健常者にしたっていっしょに働いてもらうより、自分たちのとこでお金だして商品やサービスを買ってもらったほうが嬉しいと思うよ。



毎日ビクビクして朝を迎えるなんて到底人間らしい暮らしとは思えない、我々だって人間だし、安心して暮らすって”権利”があるはずだ。



生活保護だってお金を得るための立派な手段、生きていくための方法だ。


その上で挑戦してみたいと思えることに出会えたら迷わずチャレンジしてみることだ。