はじめましての皆様も、そうでない皆様も、こんにちは。

「なんか一冊とりあげて、書評を書いてね。よろしく。」とこちらの都合も構わず
無茶振りされまして、慌てふためきながらも今回書かせていただきました。
最近コミックばかり読んでおりましたので、久々活字の世界に引き戻され
只今我が脳ミソが絶賛沸騰中でございます。ありがたや・・。
書評ではなくて単なる感想文ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

それでは、お送りする記念すべき第一回は
（第二回があるかは知らんけど）
大好きな向田邦子さんのエッセイ「父の詫び状」です。

向田邦子さんの書かれたものが好き。
向田さんが飛行機事故で亡くなられた時は私もまだ二十歳そこそこだったので
彼女のことは脚本家だという認識が強った。
その前年に直木賞は受賞しておられたが、私には「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」
などの人気ドラマを連発されていた頃の向田さんの記憶が強烈だ。

そんな向田さんの文章に最初に触れたのが今回ご紹介する「父の詫び状」。
乳癌を患った彼女が手術後に雑誌で連載を始めたエッセイをまとめたもので
後に「エッセイの真打ち」と呼ばれるようになる向田さんのエッセイ集第一弾だ。
24篇のタイトルが入っている。私なりのベスト3を選んでみた。

第三位　「子供たちの夜」
向田さんが子供だったころの夜のエピソード。
会社勤めの父が、宴会帰りに持ち帰ってきた折詰を披露するため
もう寝始めていた子供たちを起こしてまで食べさせる。
夏場、いたみやすい寿司折りを持ち帰ったときはさすがに妻にたしなめられ
機嫌をそこねてしまう頑固な父親。
冬場の夜はいつも祖母が湯タンポにやかんからお湯を入れてくれる。
翌朝になってもホカホカのそのお湯を洗面器にあけて顔を洗うのだ。
夜更けには毎日、母が鉛筆を削る音が聞こえる。
父からのお下がりの銀色の紙切りナイフで母が鉛筆を削る作業は
邦子が小学校を卒業するまで一日も欠かされなかった。
こんなふうに子供たちは、大人たちに見守られながら大きくなるのだ。

第二位　「ごはん」
1945年、邦子が女学校三年、東京大空襲時のエピソード。
火に囲まれ、もはやこれまでと思ったが奇跡的に焼け残り助かった向田家。
翌日、次は必ずやられると思った父が、最後にうまい物を食べて
死のうじゃないかと言い出す。
とっておきの白米を釜いっぱいに炊き、埋めてあったサツマイモを天ぷらに揚げ
「魂の飛ぶようなご馳走」を家族で食べる。
父は年端もゆかぬ子供たちを飢えたまま死なすことが無念だったに違いない。

第一位　「ねずみ花火」
邦子・小学6年生。近所に帯の刺繍をしている職人の青年がいた。
彼は邦子が夏休みの間に田舎へ帰り、亡くなっていた。
邦子・小学4年生。弟の同級生の富迫くんは母親と二人暮らし。
同じように母一人子一人で苦労した邦子の父は、富迫くんを可愛がった。
ある日、富迫くんの母親は亡くなってしまう。一間だけしかないみすぼらしい家に
お悔やみに行くと、彼は部屋の隅にポツンと座っていた。
邦子・女学校時代。未亡人で中学生の息子さんと二人暮らしだった西洋史の芹沢先生。

特異体質だったのか、学校で受けた予防接種でショック死されてしまう。
邦子・編集者時代。いつも通っていた喫茶室でウエイトレスをしていた
よく気の付く女の子。彼女は付き合っていた男に殺された。
何の脈絡もない、4人の話。それらはすべて死者の物語。

向田さんの文章には難解なところがない。
特にそのエッセイは身の回りで起きたこと、聞いたことを切れのいい文章で
ただ淡々と、淡々と、記している。
向田さんらしさというなら、とても視覚的な文章だということ。
テレビドラマの脚本家として超売れっ子だったのだから、当たり前か。

しかし、ただ起きたことを書きならべているだけのように見えて
起承転結はきちんとあるからビックリだ。
こういうことがあった。こんな出来事もあった。
関係のないいくつかのエピソードをちりばめる。
それらのエピソードは、だから結局、こうなんです！・・とは書かれていない。
それなのに、起承転結がきちんとある。読んでいるこちらは、唸るしかない。

「向田邦子のエッセイを読んで、それぞれのエピソードから
その起承転結がどの部分を指しているのか、考えなさい。」

文章にかかわる仕事をしている人なら、この問題に取り組むといいですよ。
「答えなさい。」ではなくて「考えなさい。」がいいと思う。
とても読みやすい簡潔な文章ばかりなのだけれど
多分、人それぞれ答えが違うような気がする。だから考えるだけでいい。

仲のいい友人同士で、この辺りのことについてやり合うのは楽しいかも。
様々なエピソードがあるので、好きなエピソードベスト3を発表し合う・・
なんていうことになれば、きっと白熱した議論のぶつけ合いになると思われる。
でも、どのエピソードを選んだかで
自分という人間の中身がさらけ出されることになると思われますので、要注意。
その友人とそれまで以上に親しくなれるか、その逆になるか、責任は負いかねます。

今回、自分で「ベスト3」なんて要らんことを思いついたおかげで、過去何度も
読み返したこのエッセイを、かなり集中して再読することになってしまった。
いつもサラッと読めて「ああ楽しかった！向田さん、サイコー！」で終わっていたのに

よもや向田さんのエッセイでこんなに苦しむ日が来ようとは。

でも苦しみつつもベスト3を決めて、それぞれの起承転結も自分なりに
考えてみたというのに、あとに残るこのモヤモヤは何だろう。
実はこのモヤモヤの原因を突き止めるのに、更に一日考え込んだ。

まずは向田さんの才能に対する「嫉妬」。
ただ身の回りでおきたことを書いているだけの文章なのに
どう逆立ちしたってこんなの書けないよね。

それと、老女になった向田さんの文章を読めなかったことへの「怒り」。
向田さんは1981年・昭和56年、51歳のときに飛行機事故で亡くなられた。

実は向田邦子は生きていたのです！
60代・70代・80代の彼女が書いた作品を発表します！
・・なんて夢みたいなことが起こったら、日本の出版業界は大変なことになるな。
重版出来の嵐に次ぐ嵐！アマゾン、パンクするよ。（想像するだけでにやける）

こんな嫉妬と怒り。誰にもぶつけられない。ああ、モヤモヤする。
向田さんが飛行機事故で亡くなった年齢を、いつのまにか越えてしまっている自分。
これから何度リピートするか想像もできない「父の詫び状」。
よろしければ、皆様も是非！

向田邦子
昭和4(1929)年東京生れ。実践女子専門学校国語科卒業。
映画雑誌編集記者を経て放送作家となりラジオ・テレビで活躍。
代表作に「だいこんの花」「七人の孫」「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」
「隣りの女」等がある。
55年には初めての短篇小説「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞を
受賞し作家活動に入ったが、56年8月航空機事故で急逝。

「父の詫び状」向田邦子