zerofilledマサトのありえないほど無気力なイメージ -20ページ目

 

 

 

私の名はアルベルト。

ミニチュアダックスのオス、8歳である。

 

アルベルトという名は、私の生まれた3月14日が、アインシュタインの誕生日と同じということで、私の飼い主であるニンゲンが付けた名だ。

 

なんとも安易なネーミングセンスであるが、私はこの名を呼ばれると尻尾を振ってニンゲンに駆け寄ってしまう。それなりに気に入っているという事だ。

 

 

ちなみに我々の8歳は、ニンゲンでいうと50歳前後である。

しかしニンゲンは私に接する時、赤ちゃん言葉で話しかけてくる。

なんとも愚かな生き物である。

 

 

 

 

私は両親の事を知らない。

生まれて間もない頃、ニンゲンによって今の家に連れて来られたのだ。金で買われたのだ。しかも数万円というはした金で。

 

 

私の両親は、ニンゲンの需要と供給の為に散々子供を作らせれは、自分達の知らないところで我が子を売買されている。

私の兄弟達もまた、私と同じように数万円で取引されている。

とはいえ、自分の本当の家族に未練があるわけではないのだが・・・

 

 

私はまだましな方かもしれない。

ニンゲンに買われた同胞の中には、家にさえ入れてもらえない者もいるようだ。

さらにニンゲンが飼いやすいように、強制的に繁殖機能を奪われている者もいる。

我々をおもちゃか何かと思っているのだろうか。

つくづく愚かな生き物である。

 

 

外に出る時は、逃げ出さないように首輪を付けられる時がある。

私の同胞には首輪を喜んで付けている者もいるというが、私に言わせればドMである。

 

 

 

ニンゲンが作り上げた社会の中では、我々はニンゲンを癒す存在とされている。

ペットショップなる場所に行けば、私の同胞は狭いガラスケースの中に入れられ、ニンゲン達の見世物になっている。

彼らもまた、ニンゲンの需要と供給の為に、ニンゲンの手によってこの世に生を受けている。

もちろん両親はそんな事望んではいない。しかし本人達は、誰かが自分の為に金を払ってくれるのを待つしかないのだ。

 

我々犬という生き物は、悲しいかなニンゲンの手によって生まれ、ニンゲンの手によって生きているのである。

そしてニンゲンは言う。

 

「犬も人間も、同じ一つの命!」 「大事な家族!」

 

我々を「商品」として扱っておいてである。

 

そして一方で

 

「犬猫と一緒にするな」

 

なんと勝手な生き物であろうか。

自分達は神にでもなったつもりなのだろうか。

愚かな生き物だ。愚かで哀れな生き物である。

 

 

 

しかし、なぜだ。

 

 

この愚かな生き物のそばはたまらなく落ち着く。

彼らが出先から帰って来ると我を忘れてはしゃいでしまう。

 

悔しいが私は、この愚かな生き物が好きでたまらないのだ。

愛すべき愚かな生き物である。

 

 

 

 

 

 

そして、飼い主に言いたい。

 

「こんなくだらんブログ書いている暇があったら仕事しろ。」と。