zerofilledマサトのありえないほど無気力なイメージ -2ページ目

この季節になると、街はすっかりクリスマスムードですね。

 

小生の住む田舎でも、イルミネーションと共にお馴染みの音楽が流れており、華やかモードです。

 

 

皆様のところにはサンタクロースが来る予定はあるのでしょうか。

 

小生はこの時期になると、必ず思い出す出来事があります。

 

 

 

小生は、決して裕福とはいえない家庭で育っており、世間がクリスマスだからといって、まったく無縁の幼少時代でした。

 

しかし、そんな小生のところにも、一度だけサンタクロースが来たことがあります。

 

今から35年ほど前、当時5歳だった小生は、幼稚園に通うようになり、それまで無縁だったサンタクロースの存在という知識を家に持ち帰りました。

 

台所にいた母に、「うちにもサンタクロース来るかなあ?」と尋ねると、母は、

 

「良い子にしてたら来るかもなあ。」と答えました。

 

自分が「良い子」であるという自負がなかった小生ですが、当時、ちびっ子たちを夢中にさせていた、「科学戦隊ダイナマン」のダイナロボが欲しくてたまらなかったのです。

 

その日から懸命に良い子を務めました。

 

覚えたてのいびつな文字で、サンタクロースに手紙も書きました。

 

 

そして25日の朝。

 

目覚めると、枕元にはプレゼントが!

 

サイズ感に疑問を抱く事もなく、包装紙を破って中身をみてみると・・・

 

一冊のノートと2本の鉛筆が入っていました。

 

 

 

幼く純粋な心を踏みにじられた絶望感で、ショックを通り越し、沸々と怒りがこみ上げてきた小生は、そのノートと鉛筆と持ち上げ、

 

「こんなもんいらんのじゃー!!!!」

 

と、壁に叩きつけてやりました。

 

その時の、土壁の粉がパラパラ落ちる光景と、母の今にも泣きだしそうな悲しい顔は、今でも脳裏に焼き付いています。

 

よく考えると、自分の洋服やバッグ、化粧品さえも買う余裕のなかった母に、高価な超合金の玩具など買えるわけがなかったのです。

 

 

それ以降、小生のところにはサンタクロースは来てくれませんでした。

 

 

この時の話は、母が他界するまで、一度も話題には上がりませんでしたが、今になって、あの時、ウソでも喜ぶフリが出来なかった自分の愚かさが憎くてしかたありません。

 

せめて、「あの時はゴメン。」と、一言いっておけば、この時期こんなにセンチになることもなかったのでしょうか。

 

 

 

「皆様にとって素敵なクリスマスでありますように」 などという臭いセリフを言える器も余裕も小生にはありませんが、これだけは言えます。

 

手にした物が望んだ物と違っていても、自分の考え方次第で、望んだもの以上の価値があるのではないかということです。