大日本帝国海軍第三四三航空隊 准尉のブログ -2ページ目

大日本帝国海軍第三四三航空隊 准尉のブログ

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ベルサイユ条約により南洋諸島の委任統治権を得た日本は、パラオに移民を送り、産業を発展させた。パラオの人達と日本兵は仲良くなり、日本の歌を一緒に歌ったという。しかし、平和な日々は長くは続かず、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。日本軍は民間人を戦闘に巻き込んではならないと判断し、パラオの人々の強制疎開の実施を決定した。その時パラオの代表が日本軍守備隊長の所を訪れ、こう言った。「自分たちも一緒に戦わせてほしい。」
それを聞いた守備隊長は激怒した。「帝国軍人が貴様ら、土人と一緒に戦えるか!」
「日本人は仲間だと思っていたのに…」
パラオの人々は悔しがりながら、島を離れていった。そして島から船が離れた時、日本兵全員が現れて一緒に歌った日本の歌を歌っていた。先頭には笑顔で手を振るあの守備隊長がいた…。その時、彼らは悟った。あの言葉は自分たちを救うための物だったと。
そして米軍42000対日本軍12000の圧倒的劣勢の戦いが始まった。2度の上陸を阻止したが、3度目には上陸されてしまう。上陸されてからは洞窟に籠もり、連日連夜の戦闘が続いた。しかし、補給の無い日本軍は次第に押されていき、死傷者は増えていった。40%の損害を米軍に与えたが、日本軍の健在者は55人程にまで減っていた。そして指揮官3人は割腹自殺し、55人も玉砕した。
そして島に帰ってきた島民達は愕然とした。同じ釜の飯を食べた者たちの無惨な姿、日本兵には目もくれず自国兵の遺体だけを整理する米兵。パラオの人々はこぞって日本兵の遺体を埋葬した。