なりすましについてマイナスイメージを持つ人が増えているけど、私は違和感を感じていた。

 

私もなんか噂を流されて、ぜんぜん知らない人から変な態度をとられたり、知り合いみたいな態度をとられたことがある。なあんか私の知り合いになりすましている人もいるみたいだ。

 

「おいおい、こんなことされていたら働けないよー」って思っていた。そう、そういうことをされていたら、会社に迷惑がかかる可能性があるから働きにくいんだ。

 

だけど、まてよ・・・これって本当に悪いことなのか?って考えていた。そうしたらだんだんわかってきたんだ。

 

そもそも、他人になりすます人ってどういう人なのかというと、自分よりもその人に高い価値をつけている人なんだ。

 

人>>>技>>>モノ

 

については前の記事で解説をした。

 

モノは簡単にすり替えることができる。技を真似るためには、同じレベルの技術が必要だ。人はコピー・すり替えることができない。

 

なりすましをしている人も、人の部分は残っているんだ。その人が使っている時間はたしかにその人の時間。体も心もそのひとのもの。記憶にきざまれて、思い出として残る。いつまでもずっと・・・・。

 

人の価値は人で計る。時間や心、体などをささげられて、記憶に刻まれて、思い出に残してもらっている人は価値が高い。

 

だけど、自分で自分に価値をつけることもできる。自分のために時間を使っている人はたくさんいる。だれも価値をつけてくれなくても、少なくとも自分に価値をつけていたらその人はとても価値が高いんだ。

 

それなのに、別のだれかになりすましている人っていうのは、もう自分よりもずっとその人に高い価値をつけているんだ。憧れている人、なりたい人、だけどなれない人。私も昔、ヴィジュアル系バンドとかイケメン俳優とかに憧れて、真似をしたことがある。自分よりもずっと価値が高いと思う人には、なりたいけどなれない。だからせめて真似をして、その人になった気持ちになりたい。その後しばらくして、自分の間違いに気がついて、やめたけどね。

 

そう、つまりだ。なりすまされている人はとても価値が高い。この人は自分よりもずーっと価値が高い人なんですっていう行動をとられている。

 

人としての価値が高すぎて、働くことに支障がでることがある。だって会社はお金稼ぎっていうちょっと汚いことをするところだから。労働者も生身の人間だけど、部分的にお金にくだっているところがある。なりすまされているようなとても価値が高い人は、働くことに支障がでることがあるんだ。

 

(労働者も生身の人間。会社はお金稼ぎをするために作られたモノ。そんなモノの下についたら危ないから、契約によって守られている。契約によって部分的に会社にささげているだけなんだ。その見返りとして給料をもらっている。)

 

まあつまりだ。私が感じていた違和感っていうのは・・・・

 

お金稼ぎをしているエリアにおいては、なりすましは迷惑に感じる。

 

だけどそこから外に出て純粋な人間になったら、なりすまされている人はとても価値が高い人なんだって感じる。

 

そして、そのとても価値が高い人とつながりを持っている私も、なんだか誇らしく感じる。

 

っていうことだったんだな。