-
ベリル・ガーデナント氏の研究 オッサンに関する一考察-「片田舎のおっさん、剣聖になる。」に於ける主人公ベリル・ガーデナント氏について
片田舎のおっさん、剣聖になる~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~ 1巻(ヤングチャンピオン・コミックス/どこでもヤングチャンピオン/秋田書店) | 乍藤和樹/佐賀崎しげる/鍋島テツヒロ | 無料試し読みなら漫画(マンガ)・電子書籍のコミックシーモア (cmoa.jp)
最初に断っておくべきだろう。本稿は、漫画「片田舎のオッサン、剣聖になる。」の作品紹介、では無い。あくまでもタイトルにした通り、その漫画の主人公たる「片田舎の剣聖」ベリル・ガーデナント氏について考察するモノである。従って、盛大にネタバレがあることはほぼ確実であり、同漫画、ないしその原作たる小説を読んだことの無い方は、ここから先は読まないことをオススメする。
同作品(まあ、漫画の方しか読んでいなかった(*1)のだが・・・)を私(ZERO)はヒドく気に入っており、一人でも多くの人に読んで戴きたいと希望する。その希望故に、この先の本稿の「ネタバレ」を同作品未読の読者が「読んで仕舞う」事は、読者諸兄が同作品を楽しむことを阻害するばかりでは無く、同作品並びに作者に対する「冒涜」とも言い得る、由々しき事態である、と考える。であるからして、私(ZERO)としては、それは避けたい。どうかこの先は、同作品を一度でも通読した読者だけが読むことを、お願いしたい。
と、ここまで書いた以上、今この文書を読んで居る貴方は、「片田舎のオッサン、剣聖になる。」を、漫画ないし小説で既に読んでいる、筈である。
それはつまり、「ネタバレ勝手」と言うことである。
Now We START. 名無し@夕陽のガンマン
- <注記>
- (*1) その後、小説の方もある程度読む。大凡、小説の二巻の半ばぐらいまでが、漫画の三巻までに相当する。
-
(1)オッサンの実力・恐るべきモノ
オッサン、ことベリル・ガーデナント氏の主な「実績」を、時系列順(作品登場順ではない)に列挙すると、大凡下記のようになる。尚、漫画の三巻までの話であり、小説は(原則)含まれない。また、「行き倒れていたスレナを助けた」とか「発熱したスレナを抱えて大雪の中隣村の医者の所まで走った」とかは、剣とも剣技とも無関係なので、割愛した。(ああ、「目にも止まらぬ太刀筋で。道場破りを返り討ち」っってのもあったけど、な。時系列的には下掲①より以前、だ。)
① よく手入れはされているが、業物とは言えない普通の剣で、巻き藁を水平に綺麗に両断し(*1)、鍛冶屋バルテルを驚嘆させる。
② 騎士団御用達の鍛冶屋の店頭で、未だ仕上げ研ぎをされていないうちに店頭に並べてしまったなまくら剣で、巻き藁を水平に両断。切った上半分が落ちずに下半分の上に乗っている、「だるま落とし」状態にする(*2)。
③ 副騎士団長ヘンブリッツの「挑戦」を受けた模擬戦で、1発も被弾すること無く「返り討ち」にし、「合憲」もとい「豪剣」ヘンブリッツの必殺技「回転斬り」も難なく破る。
④ 魔法師団長(とは、名乗らないまま)ルーシー・ダイヤモンドの連続魔法攻撃を尽く(普通の)剣だけで凌いで見せ(*3)、遂にルーシーをして「(魔法攻撃を)当てようが無い」と、諦めさせる。
⑤ 木剣を使った模擬試合で、ブラックランク(最上位)冒険者・「竜双剣」スレナの連続斬撃を尽く躱し、いなし、遂に双剣を弾き飛ばして、スレナを組み伏せ、完勝する。
⑥ 特別討伐指定個体(ネームド)のグリフォン「ゼノ・グレイブル」に遭遇。「高熱を発する身体」に所持していた帯剣を最初の一撃で溶かされるも、鞘を使って応戦継戦し、ゼノ・グレイブルの両眼を潰した上、救援に駆け付けたスレナの竜双剣の片割れで片前足を切断する。
その後、スレナと共闘し、遂にゼノ・グレイブを仕止める。(*4)
- <注記>
- (*1) 且つ、「だるま落とし」宜しく固定された巻き藁下半分の上に、両断した上半分を載せたままにして、
-
(*2) この「実はなまくら剣」ってのも、漫画オリジナルの「追加設定」だよなぁ。
-
(*3) 「足元に張った氷を咄嗟に(!?)切り取って防壁にする」なんて、超人業も使って。
- (*4) そりゃ普通の剣の鞘だけのベリル氏相手に両目潰されている様なゼノ・グレイブル如きが、竜双剣のスレナとベリル氏の共同戦線に、敵う道理はないな。
-
(2) オッサンの自己評価・剣に対する(実は&密かな)自信と、「剣聖」たる自覚の無さ。 人選び・人育ての名人
さて、ベリル氏と言えば、そのタイトルや冒頭近くでも述べている通り「片田舎の剣聖」と呼ばれているが、当人は「片田舎の」であることしかかたくなに認めようとせず、その「片田舎の道場で、父の後を継いで剣を教えて一生を終える」事を「良しとしている」というか「身分相応と考えて居る」御仁で、自分の剣技を「弱いとは思えない」程度としか、思っていない・・・事になっている。
実際の所は、上記③の通り「王国一の騎士団の副騎士団長に完勝」したり、上記⑤の通り「最高ランク冒険者であるスレナの攻撃をものともしなかった」り、小説の方で後の方では「魔法師団長ルーシーが破壊を諦めた」在るモノをモノの美事に一刀両断してしまったり、「剣聖」と呼ばれるに足るモノが数多あるのだが・・・当人あくまでも「唯のオッサン」と主張し、強調している。
実際、上記⑥でネームド「ゼノ・グレイブル」戦では、最初の一撃で溶かされた剣の代わりに鞘を使って「ゼノ・グレイブ」の両眼を潰した時点で、「コレで、スレナ達を追えなくなった。」と判断。「俺にしては良くやった方だ。」と・・・オッサン、この時「死を覚悟した」筈である。
しかしながら・・・・少なくとも、事剣技に関する限り、ベリル氏は「実は相当な自信がある」筈である。と言うのは上記②で、「店頭に並んだ剣が未だ仕上げ研ぎされていないなまくらである」事に気付いていながら、店員と、同行していたアリューシャ&スレナのリクエストに応えて「試し切り=巻き藁斬り」に臨んでいるのだから。「だるま落とし」状態に出来るかどうかは兎も角、「なまくら刀でも、相応に斬れる」自信が無ければ、こんな無理な試し斬りには応じまい。「この剣は、なまくらです。」と言えば、少なくとも「真面な剣で、試し斬りに望める」のだから。
尤も、スレナ&アリューシャも、どの時点かは不明だが「実はなまくら剣である」ことに気づいているから、「ベリル先生の試し斬り」をリクエストした時点で、「ベリル先生の剣技」に対する信頼・信用は絶大なモノがあった公算大とすべきだろう。(*1)。
さらには、上記⑥対ゼノ・グレイブル戦でも「最初の一撃で剣を溶解された」というのに、慌てず騒がず剣を鞘に持ち替えて応戦・継戦している。その沈着冷静さと、揺るがぬ「戦う意志」は、剣聖と呼ぶよりも「大戦術家」とでも呼ぶべきだろう。
ルーシー師団長の言う通り、「人は、その力に応じて生きるべき。」であり、「片田舎の剣聖」で終わって良い、タマではないよな。
アリューシャが、その売り込みを「生涯の目標」と定めるのも、判る気がしてきたぞ。
- <注記>
- (*1) なればこそ、ゼノ・グレイブル戦で「先生が負傷した。」というニュースに対するアリューシャの(騎士団長らしからぬ)狼狽ぶりが、際立つというか、可愛いというか・・・・
-
(3) オッサンを巡る群像・殆どが「うら若き女性(*1)」
以下に列挙するのは、本作の登場人物であり、大半がベリル氏の「元剣の教え子達」であり、その殆どが(タイトルにした通り)「うら若き乙女」である・・・イヤ、華やかなことだ。尤もベリル氏が彼女たちに剣を教えたのはスレナの「20年以上前」を筆頭に昔の話であり、「剣の教え子」だった頃は未だ子供だった、訳だが。
因みにベリル氏の「片田舎の道場」は、今でも「主として子供達に剣を教えて居る」様である。
①アリューシャ・シトラス レベリオ騎士団・団長
推定年齢:20代前半(騎士団長としては、「史上最年少」とは言え、若過ぎる気はするが・・・②より年下、らしいので。)
容貌: お嬢様然としたスレンダー美女。ストレートな長い銀髪(プラチナブロンド?)の片方三つ編み。羽根状髪飾り
修行期間:4年(12歳から16歳 その後、レベリオ騎士団に入団。入団テストで圧倒的な成績を収め、最年少で団長まで昇任する。)
ベリル評:兎に角優秀。見よう見まねで「俺の剣」をモノにし、4年で何も教えることが無くなった。 免許皆伝(*2)
備考:「片田舎の剣聖」と噂だけの主人公を「本当の、誰もが認める剣聖」とするべく画策。コレを「生涯の目標」と定めている、らしい。一方で嫁の座も狙っている、らしい。
②スレナ・リサンデラ ブラックランク(最上級)冒険者「竜双剣」
推定年齢: 20代半ば(「20年ほど前にモンスターに襲われて両親を失ったところを道場で保護した」事から。保護当時を推定年齢4,5歳と想定。①、③、④より年長。)
容貌: 長身巨乳。長いツンツン髪の赤毛をリボンで一本に束ねる
修行期間: 3年(3歳から6歳? その後、養子として保護される。)免許皆伝には至っていない模様
ベリル評: オッパイの付いたイケメン
備考: 体力無限の怪力。再生能力を持つ魔法の双剣「竜双剣」を持つ。 「免許皆伝」には至って無さそうなのだが、剣術とその教えがスレナの生涯を決定づけている(らしい。)。
小説の方ではベリル氏を「兄であり、人生の師」としている、様であるが、漫画の方では①をライバル視しており、ベリル氏の宿泊先を巡っては①と斬り合いを始めかねない勢いだったりする。
③クルニ・クルーシェル
推定年齢:10代後半
容貌:小柄怪力。ショートヘアに巨大なうさ耳リボン
修行期間;2年 「免許皆伝」に至らず
ベリル評:レベリオ騎士団の癒やし系
備考:
④フィッセル・ハーベラー 魔法師団エース。剣魔法の達人 愛称「フィス(ちゃん)」
推定年齢:20歳未満
容貌:小柄。ボブカット(と、言うのかなぁ)の黒短髪ストレートにシンプルな髪飾り
修行期間;3年 免許皆伝
ベリル評:寡黙な剣の虫。努力家。
備考:
⑤ ルーシー・ダイヤモンド 魔法師団・師団長(*3) 王国最強の魔術師
推定年齢:年齢不詳 見た目ガキンチョ(10歳ぐらい。魔法の効果、らしい。)
容貌:小柄。切りそろえた前髪と長い後ろ髪。ベレー帽に羽根飾り
修行期間;なし(*4)
ベリル評:
備考:「師団」ッてぇと、普通、1万人なんだがなぁ。
⑥バルデル・ガスプ 刀鍛冶
推定年齢:50代(③、④と同期入門)
容貌:半白髪頭の後三つ編み。口ひげもみあげ。筋骨隆々
修行期間;不明だが、短い模様。1,2年か。
ベリル評:刀鍛冶ってのは筋骨隆々でないと務まらないのか。
備考:握手しただけで剣士の器量が判る、らしい。そのバルデルがベリル氏との握手に見出したのは、海魔だかクトゥルフだか良く判らないが、兎も角「スゴいモノ」であった、らしい。
「あの化け物に、見合う剣を打たねば。」とバルデル、大奮起。
「ゼノ・グレイブル討伐」の報酬として受けとったゼノ・グレイブル素材で打つ剣を、かたくなに受けとろうとしないベリル氏に「俺たちは、ゼノ・グレイブル素材で打った剣を振るう先生を、見たいんだ。」と泣いて嘆願するシーンは、かなり(個人的には)胸熱。
- <注記>
- (*1) で、剣を教えたのは少女時代。オッサンに「ロリコン疑惑」。
- (*2) 免許皆伝記念に送った剣を、未だに愛用
- (*3) 「団長」って表記も散見されるんだが・・・「師団の長」は「師団長」だろう。
- (*4) だが、フィッセルに「剣魔法を教えた」のだから、剣技も相応に使える、筈。
-
(4)「小説の漫画化」対「漫画の小説化」
以前にも何度か論じたが、「小説の漫画化」と「漫画の小説化」を比較した場合、一般的に難しいのは「小説の漫画化」である、と私(Zero)は確信し、主張し続けている。テキスト中心である(*1)小説は、心理描写や内面を描いたりするのには適するが、リアルな現実の動き緻密に描写する事は、普通しない。要点を絞って焦点を当てて記述するのを常とし、得意としている。
対して漫画は、少なくとも「登場人物」を識別して描かないといけない(まあ、絶対に、では無いにしても)。実写映画よりは省略が効き、焦点も絞れるとは言え、例えば剣戟の攻防を描くにも、相応の手順もかかる。小説のテキストならば無視してしまえるような事象事物も、漫画では具体的に描かないとならない、事がある。
無論「登場人物達を描き分けつつ、そのイメージを、読者のイメージと大きく異なること無く具体化しないといけない。」ってのも、相当な難事である。何しろ読者は千差万別十人十色だから、主人公に対するイメージだって一通りではない、のが普通だ。
その点、本作「片田舎のおっさん、剣聖になる。」では「原作である小説に付された挿絵を活用する」事で、主人公をはじめとする登場人物を、モノの美事に「漫画の登場人物」としている・・・と言うか、最初私(ZERO)ナンざぁ「小説の挿絵画家が、漫画を描いているのではないか。」と思ったほど、「挿絵のイメージと漫画のイメージが、”間違い探し”レベルで合致し、統一統合されている。」。この点は、漫画作者の技量と努力の賜、と言えるだろう。
その上で、「小説を漫画化」するにあたり、各登場人物がより深く掘り下げられ、新たなエピソードが追加されている事にも、注目&着目したい。
例えば、主人公・ベリル氏に対して、初対面の町中でいきなり魔法攻撃を打っ付け始めるルーシー・ダイヤモンド魔法師団長は、戦端を開く前に「実は弟子である”フィス”ことフィッセル・ハーベラーから送られた腕輪」に主人公が気づいたのに対し、「剣を持った魔法使いから、先ほど奪った。」と嘘を吐き、主人公ベリル氏を「挑発」している。この「挑発」に(ウッカリ)乗った主人公ベリル氏は、珍しく怒りの表情を見せて居る。
この、漫画に描かれた「ルーシー師団長の挑発=フィッセル・ハーベラー”殺害”容疑」は、原作にはない、漫画オリジナルのエピソードだ。これによって「ルーシー師団長の理不尽な魔法攻撃」に対し、主人公ベリル氏が「受けて立つ」理由に、説得力を加えて居る。
また、「ベリル氏、初の大仕事」とも言えそうな対ゼノ・グレイブル戦では、小説では些かコミカルな主人公ベリル氏(而して、ゼノ・グレイブル自身もスレナの不意打ち一撃で絶命してしまうような情けなさ。)だが、漫画では、
(1) スレナの負傷を察して殿(しんがり)を自ら引き受け(*2)、スレナと新人冒険者グループを撤収させ、
(2) (先述の通り)最初の一撃で帯剣を高熱で溶解されても尚、鞘を武器に立ち向かって、遂にはゼノ・グレイブルの両眼を(剣の残りと鞘で)潰し、
(3) 新人冒険者の退避を見届けて戻ったスレナから「竜双剣の片方(*3)」を借りて、ゼノ・グレイブルの前鉤爪を切り落とし、
(4) スレナと共闘して、ゼノ・グレイブルを倒す。(トドメを刺したのは、スレナの竜双剣、だが。)
と、実に「オッサンの見せ場てんこ盛り」なのである(*4)。
言い替えるならば、「片田舎のおっさん、剣聖になる。」は、原作の小説も確かに面白いし、オススメなのだが、漫画化されたことにより、より一層登場人物、就中主人公・ベリル氏のキャラクターとしての造詣が深まり、厚みが増し、より魅力的になっている、と言える。
これは、「小説の漫画化」に於ける、ある種の理想像、では無いだろうか。
「片田舎のおっさん、剣聖になる。」は、現在三巻まで発売中。小説は既に6巻まででており、先述の通り「漫画の3巻は、小説の2巻半ばまで」であるから、大凡の「比率」は「2対1」。
即ち「漫画の方は大凡12巻ぐらいは刊行される」と、期待できる。今後が楽しみであるな。
「ルーシー師団長の特別講義”魔術師とは?”」も、な。
- <注記>
- (*1) 挿絵や図表があったりするから、必ずしも「テキストオンリー」ではない。
- (*2) この辺り、小説では「殿をスレナに任せる」心算が意思疎通の齟齬で逆になってしまっている。
- (*3) 魔法で再生能力がある、そうで、ゼノ・グレイブルの「高熱の鎧」に抗し得た、らしい。
- (*4) あ、後スレナの「ベリル先生への憧憬の念」が「冒険者を目指す切っ掛けとなった」と言うのも、漫画では描かれる。
- 本来、こう言う内面描写や回想シーンってのは、小説の方が適しているのだが、それ故に、今回「小説の漫画化」に於いて、追加され読者のベリル氏像&スレナ像に「新たな造詣を加えて」いる。