• 「現状認識の出来ぬ者。コレを馬鹿という。」立川談志-【沖縄タイムス社説】明星大教授ら県民調査 諦め強いる現実直視を 【琉球新報社説】県民世論調査 沖縄は地方知事の埒外か


 歴史観なんざぁ、人の数だけある。とは、弊ブログも相当初期の頃(*1)に書いた主張。共通の歴史認識なんてシロモノを、日韓間だとか日中間だとか日本と外国の間に確立しろ。などと言う愚論・暴論に対して、コレを否定し反対する言説・主張として書いた、覚えがある。

 歴史観に限らないが、「蓼食う虫も好き好き」ッてくらいで、大凡「人の価値観=何を以て高価値と見なすか/考えるか」なんてのは、十人十色千差万別千変万化億変兆化である。

 ならばこそ、あ・の・日本国憲法を、「日本人の骨も牙も抜いてしまおう」という悪意に満ち満ちた日本国憲法を、「平和を愛する諸国民」なんて虚構ないし外国勢力に我が国の安全も我が国民の生命財産も委ねてしまおうと言う自殺自滅自虐憲法を、平和憲法」などと美称して「不磨の聖典」と崇め奉り、「変えるな!護れ!!」と公言出来てしまう輩も、居る。琉球新報&沖縄タイムスのような沖縄二紙では、そんな輩が圧倒的多数を占めていそうだ。

 それでも、そんな輩は「昔よりは減った」と、期待したいところだな。私(ZERO)のような「殆ど生まれながらの右翼」としては、な。

 だぁが、沖縄二紙にせよ、そのお仲間にせよ、「昔よりは減った」という現実・現状は、認め難いようだぞ。
 

  • <注記>
  • (*1) 確か、「私の”歴史観”観」ってタイトルだった、気がする。 


 

  • (1)【沖縄タイムス社説】明星大教授ら県民調査 諦め強いる現実直視を

 

 

https://news.goo.ne.jp/article/okinawa/region/okinawa-20230607050100.html

 

2023/06/07 05:00沖縄タイムス

 

 南西地域で強まる軍事的な緊張に対し、8割以上の県民が懸念を抱いていることが明らかになった。

 

 明星大学の熊本博之教授(社会学)らの研究グループが昨年9月から12月にかけて名護市や宮古島市、石垣市を含む県内14市町村在住の有権者3800人を対象に、安全保障に関する意識などを郵送で調査した。1053人から回答を得た結果だ。

 

 「県内の軍事基地は有事の際に攻撃対象になる」との意見に対し、「そう思う」「ややそう思う」と肯定した人は83%に上った。

 

 沖縄には全国の米軍専用施設面積の約7割が集中している。

 

 一方で、2016年3月の与那国島での陸上自衛隊沿岸監視隊発足以降、石垣島などそれまで自衛隊施設がなかった地域でも「空白地域」をなくすとして新たな部隊配備が続いている。

 

 自衛隊の南西シフトは、中国の海洋進出などをにらんだ対応だ。

 

 「中国の軍事力増強は、日本にとって安全保障上の脅威である」との問いに賛同する意見は8割を超えた。

 

 中国脅威論と攻撃対象になるとの懸念は通底するものがある。一方で、攻撃対象となるとの懸念は、沖縄戦体験に基づくリアルな危機感であり、県民の基地集中への不満と読み解くことができる。

 

 ただ、自衛隊配備では意見が割れた。調査結果は、南西地域を中心に進む自衛隊配備拡大に対する県民の戸惑いを示している。

 

■    ■

 

 調査では、世代間の意識のずれも改めて示された。

 

 「沖縄に米軍基地が集中しているのは不平等である」との問いかけに賛同したのは、65歳以上で8割を超えた。これに対し、34歳以下では54%にとどまった。

 

 若者の保守化は沖縄だけに限ったことではない。若い世代ほど米軍基地問題に寛容な姿勢を示す傾向にあるのは、21年に県が行った県民意識調査などでも同様だった。

 

 考えなければいけないのはその背景だ。

 

 米軍基地がサンフランシスコ講和条約前後に本土から沖縄に移転された経緯、人権や自己決定権がないがしろにされた歴史を知らない世代も増えている。若者には基地問題よりは就職や出産・育児など目先の課題が重要だということもある。

 

 こうした世代間の認識の差は、沖縄戦や戦後史の継承なども通じ埋めていく必要がある。

 

■    ■

 

 今回の調査では、名護市辺野古の新基地建設が沖縄の基地負担軽減につながらないという認識はどの年代でも大きな差はなく6?7割だった。だが「建設が止まる可能性は低いので、やむを得ない」と考える人は49歳以下の世代で約5割と目立って多かった。

 

 熊本教授はこれを「諦め」と表現する。民意を尊重されなかった経験が諦めにつながっているのではないか。

 

 重要なのは、高齢層と若年層の意識のずれを放置してはならないということだ。

 

 世代間距離を放置せず乗り越えることが県政の大きな課題だ。

  • (2)【琉球新報社説】県民世論調査 沖縄は地方知事の埒外か

県民世論調査 沖縄は地方自治の埒外か

 

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1724326.html

 

2023年6月7日 05:00

社説

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 この国に地方自治は根付かないのか。そう思わざるを得ない調査結果だ。

 

 明星大学の熊本博之教授らの研究グループが実施した県民世論調査で、沖縄への米軍基地の集中を不平等とする回答が71%に達した。県民の望みに反し、基地負担軽減は遅々として進んでいない。

 地域の政治問題について住民自らが意見し、前進を図ることが地方自治の本旨だ。その手続きに従い、県民は新基地建設を拒否してきた。しかし、その意思は退けられてきた。沖縄は地方自治の埒外(らちがい)に置かれているのかという疑いを県民は抱いている。

 普天間飛行場の名護市辺野古移設について「基地負担の軽減にはならない」との回答が全世代で多数を占めた。日米が進める基地負担軽減策が実は基地のたらい回しであり、機能強化にもつながることを県民は見抜いている。

 辺野古移設については賛意が29%に対し、反対や否定は46%。2019年の県民投票や昨年の知事選でも示された県民の強固な意思である。日本政府はしっかりと向き合い、県内移設が負担軽減にならないことを認めるべきだ。

 「県内の軍事基地は有事の際に攻撃対象となる」と考える人は83%に達した。米軍基地の集中する沖縄で県民の抱く当然の感覚だ。

 他方、集団的自衛権の行使が容認され、敵基地攻撃能力を有する軍備強化の中で中国や北朝鮮の脅威、台湾有事の危機が声高に叫ばれることに県民の不安が増幅している。

 北朝鮮が弾道ミサイルを発射するたびに全国瞬時警報システム(Jアラート)が発せられ、不安を増幅させる。5月の飛翔(ひしょう)体の打ち上げで政府は事前に人工衛星であると分析しつつ、「弾道ミサイルの可能性」と言い続けた。北朝鮮をけん制する意味合いだろうが、市民に必要以上に不安を抱かせるものだろう。

 調査結果は、若い世代ほど基地問題に対する「諦め」が広がっていることも示した。基地に対する市民運動への評価は厳しい。「基地反対運動は無意味」との設問に65歳以上の59%が否定的だったが、18~34歳の55%が賛同した。

 辺野古移設反対の民意を顧みることなく、政府は「唯一の解決策」として埋め立てを強行している。埋め立て承認を巡る県との係争で国は横車を押すような論理まで用いて埋め立てを強行している。こうした政府に対する諦観だ。

 熊本教授は「諦めている人が悪いのではなく、諦めさせる構造自体が問題だ」と指摘した。調査では、沖縄の問題について県外の人には「理解されないと感じる」が8割に達した。

 1993年6月の国会での地方分権推進決議から30年が経過した。中央集権化が強まっているとの指摘もある。日本の地方自治、民主主義に対する県民の疑念や失望を調査は物語っている。そのことを国民全体で受け止めてほしい。

 

  • (3)「現状認識は戦術の第一歩」


 なぁんと言うか、私(ZERO)に言わせれば、先述の通り、(最近の若い者の多くが、)平和ボケの安保白痴でないとは、ケシカラン!!」って「年寄りの愚痴」と思えて仕方が無い。特に、「昔ながらの平和ボケ・安保白痴たるアカ(*1)」「老人ばかりになってしまった。」事に対する「恨み節」。左様に読めて仕方ないんだがな。上掲沖縄二紙社説も、そこに取り上げられた「明星大学の熊本博之教授らの研究グループ」なる集団の調査結果も。

 無論、上掲沖縄二紙が取り上げた「明星大学の熊本博之教授らの研究グループによるアンケート調査」は、冒頭で触れたような「日本国憲法と改憲」に直結するモノでは無い。上掲沖縄二紙社説によると、そのアンケートと回答は、以下のようである。

【Q1】「県内の軍事基地は有事の際に攻撃の対象になる」
【A1】「そう思う」「ややそう思う」83%

【Q2】「中国の軍事力増強は、日本にとって安全保障上の脅威である」
【A2】賛同8割越え

【Q3】「沖縄に米軍基地が集中しているのは不平等である」
【A3】賛同 65歳以上で8割越え 34歳以下では54% 賛同71%(*2)

【Q4】普天間飛行場の名護市辺野古移設について
【A4】「基地負担の軽減にはならない」との回答が全世代で多数を占めた。

【Q5】辺野古移設について
【A5】賛意が29%に対し、反対や否定は46%

【Q6】「基地反対運動は無意味」か?
【A6】65歳以上の59%が否定的だったが、18~34歳の55%が賛同した。


 上掲の大凡【Q1】~【Q3】が沖縄タイムス社説により、【Q4】~【Q6】が琉球新報社説に依った。琉球新報社説の方が「アンケートの設問文を直接引用していない」点に「悪意を感じる」のは、私(ZERO)だけだろうか?
 斯様なアンケート調査は、設問文やその順番などで「結果が大いに変わる」そうだから、「設問文の隠蔽」は「アンケート結果の恣意的解釈」する上では有効有益有意義であろう。

 以前から公言しているが、私(ZERO)は「須く、あらゆる報道は”プロパガンダである”と疑ってかかる」様に習慣づけている。況んや、報道ならざる主張である社説ナンざぁ、「プロパガンダではない」と考える方が「どうかしている」だろう。社説には、公平性も中立性も求められないし、必要としないのだから。
 であるならば、上掲沖縄二紙社説が「ある種のプロパガンダである」としても、異とするには足らないのであり、琉球新報の「設問文の隠匿」もある意味「理の当然」とも言い得よう。

 で、仮に私(ZERO)が上記の通り推察される「明星大学の熊本博之教授らの研究グループのアンケート」に答えた、としたら、

【Q1】「県内の軍事基地は有事の際に攻撃の対象になる」
【AZ1】Yes 当たり前田のクラッカー

【Q2】「中国の軍事力増強は、日本にとって安全保障上の脅威である」
【AZ2】Very Yes そうで無いとか言う奴は、どうかしている。

【Q3】「沖縄に米軍基地が集中しているのは不平等である」
【AZ3】Negative. 何を以て「平等」とするかによろうが、沖縄は最前線である。その時点で既に「平等ではない」。最前線という沖縄の状況において「基地負担が高い」のは、当たり前であり、コレを「不平等」と言うのは;不当な評価と言うべきである。

【Q4】普天間飛行場の名護市辺野古移設について
【AZ4】「基地負担軽減には、なり得る。」コレも「何を以て基地負担軽減とするか」にも依るが、「人口密集地帯からそれ以外への基地移設」なのだから、「ある程度の基地負担軽減では、在る」
 ああ、移設後の普天間基地跡を空港に利用するとか言うと、「航空機事故による危険性」は「さして下がらない」事にはなろうが、な。それは、基地負担ではあるまい。

【Q5】辺野古移設について
【AZ5】賛成。だが、「普天間基地継続使用」でも、別段構わない。

【Q6】「基地反対運動は無意味」か?
【AZ6】限りなく無意味。


となろうから、「明星大学の熊本博之教授ら」の期待にも、沖縄二紙の意にも沿わないだろうが、「存外なくらいに今回の調査結果には合致する」モノがあり、異に「若年層にその傾向が強い」と言うことになりそうだ。

 って、ことは、だ。「私(ZERO)の様な人間が、ある意味”異教徒”が、沖縄でも若年層を中心として増えている。」って事が、言えそうだ。

 そりゃぁ、沖縄二紙のようなアカどもにとっては、「誠に由々しき事態」であろうな。

 で、左様な状況を、「明星大学の熊本博之教授らの調査」では「諦め」と表現し、この表現に上掲沖縄二紙は賛意を表すると共に、琉球新報ナンざぁ「地方自治と民主主義の危機」とまで主張しているのである。
 「諦め」ねぇ。私(ZERO)に言わせれば、「些かなりともお花畑の脳天気を脱して、幾らかでも真面に考えるようになった。」ってだけだと思えるのだが、それがある種の「諦め」と、言えないこともないだろうな。
 だが、その「諦め」は、恐らくは必要にして不可欠だぞ。真面に国防、国家安全保障を論じ、考える上では、な。

 弊ブログの相当初期の頃に、「民主主義国家の国民には、軍事知識が不可欠である。」と掲げ、論じたように、な。

 ああ、琉球新報の主張する「地方自治と民主主義の危機」なんてのは、論外だぞ。
 

  • <注記>
  • (*1) 何度か書いているが、本来「軍事知識」とか「戦史教養」とか「安保常識」等と「思想的傾向」の間に、直接的な相関関係は、無い。「共産主義者の軍事オタク」だって存在しうるし、共産党親衛隊たる赤軍も軍事研究におさおさ怠りない/無かった事に、疑義の余地は無い。
  •  にも関わらず、我が国では長いこと、軍事知識/戦史教養/安保常識を「右翼」と結びつけて、「戦争的であり、反平和的である」と断定断言する輩が掃いて捨てるほど居り、そんな輩の相当部分をアカ=左翼思想を公言/標榜する奴原が占めていた。恐らくは、「共産主義こそ平和勢力」って宣伝の一環なのだろう。
  •  笑止千万というべきだのだが。朝鮮戦争をおっぱじめたのは、「共産主義」の亜流傍流たる「主体思想」を標榜する北朝鮮だったのだから、な。
  •  まあ、そんな奴原は、「北朝鮮が朝鮮戦争を始めた」事さえ認めないから、無理もないと言えば、無理もないが。 
  •  
  • (*2) この三つの数字が意味するところは、本アンケート調査の対象が、「相当に高齢者に偏っている」と言うことでは無いかな。