• アカは死ななきゃ治らない。らしい。-【朝日社説】「安倍・管」後の政治 多様性と包摂 問われる実行

 左翼の特徴の一つは、トンデモナイ嘘をシレッと前提条件にする事。との説を、日本改革党党首・豊島区議会議員・沓沢氏は唱えている。沖縄二紙が墜落事故が後を絶たないオスプレイなどと書くのは、その一例だろう。
 
 いや、オスプレイに「墜落事故が後を絶たない」のは事実であるが、その事実を利用して「恰もオスプレイが欠陥機であるかの如く」印象づける「墜落事故が後を絶たない」って枕詞が「シレッと前提条件にされている」と言うべきか。


 一寸考えれば、ならば、”墜落事故が後を絶った”機体・機種を上げて見やがれ!(ソンナ機体・機種ハナイ)」と突っ込めて、斯様な「悪意ある宣伝」は看破できるのだが。この世には軍民問わず数多の航空機があるが、「墜落事故が後を絶った」機体・機種なんてのは、「無い」と断言出来る。

 即ち、航空機は一般的に、「墜落事故が後を絶たない」モノなのであり、オスプレイが特別な訳では無い。それを、「墜落事故が後を絶たないオスプレイ」と表記することで、「恰もオスプレイが欠陥機であるかの如く」印象づけるが、「墜落事故が後を絶たない」のは(理の当然ながら)事実である分、「罪は軽い」とも言えそうではある。

 朝日新聞も、アカという点では沖縄二紙と良い勝負だ。だから、こんな「トンデモナイ嘘」を、「シレッと前提条件にしている」らしい。

 

  • 【朝日社説】「安倍・管」後の政治 多様性と包摂 問われる実行

「安倍・菅」後の政治 多様性と包摂 問われる実行

 

  https://www.asahi.com/articles/DA3S15162548.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2022年1月5日 5時00分

 

 

 「丁寧で寛容な政治」や「聞く力」を掲げる岸田首相の登場で、歯止めなく権力を行使し、異論を力で抑え付けた安倍・菅政治は後景に退いた感がある。

 

 ただ、与党は衆参両院で圧倒的多数を占めており、「数の力」で押し通せる構造に変わりはない。多様な国民を幅広く包摂する政治を本当に実現できるのか。政権を厳しくチェックすると同時に、少数派の声を届ける野党の役割も極めて重要だ。

 

 ■与党だけでは限界

 

 「再び自民党を国民政党に生まれ変わらせねばならない」

 

 首相は昨秋、党総裁に選出された直後、こう語った。菅前首相が新型コロナ対応で失った国民の信を取り戻したいという思いの表れだろう。

 

 国民政党。それは自民党が55年の結党時に定めた「党の性格」だ。「特定の階級、階層のみの利益を代表し、国内分裂を招く階級政党ではない」との宣言からは、その直前に左右統一で勢いを増した社会党への対抗意識がうかがえる。

 

 それから四半世紀たった78年、党員・党友が参加する初めての予備選挙を経て、大平首相が誕生した。ブレーンの一人、香山健一学習院大教授は党機関誌に「開かれた国民政党をめざす努力の総仕上げ」と自賛、自民党は「多様な立場を最大限に包容できる、幅広い、寛容な組織となれる」と解説した。

 

 大平氏が率いた派閥「宏池会」の現在の領袖(りょうしゅう)である岸田氏が、今また「国民政党」を掲げて支持の拡大に臨む。

 

 ただ、「総中流」といわれた日本社会は大きく変貌(へんぼう)し、格差は拡大、価値観の多様化も進んだ。働き方や家族の形もさまざま。一つの政党があらゆる立場の利害を代表することなど、そもそも難しかろう。

 

 「多様性の尊重」を繰り返す首相の本気度にも疑問符がつく。その象徴が選択的夫婦別姓の導入だ。先の衆院選の党首討論会では、次の通常国会への法案提出に、全党首の中で首相だけが賛成しなかった。

 

 男女共同参画への取り組みもしかり。先の衆院選で自民党の候補者に占める女性の割合は9・8%と、候補者男女均等法の目標にはるかに及ばなかった。

 

 ■事前審査の見直しを

 

 政権に行き過ぎがあれば歯止めをかけ、選挙に臨んでは有権者にもう一つの選択肢を示す。だが、野党の存在意義はそれだけではない。

 

 米国の政治学者で、民主政治研究の第一人者だったロバート・ダールは「野党は選挙権、議会制と並ぶ民主主義の三大発明の一つ」と評した。政権与党だけではくみ取れない多様な民意を、野党が政治の場に反映させることで、民主主義は安定するというわけだ。

 

 安倍・菅政権では、野党を敵視し、考え方の異なる者を排除するような言動が目立った。首相は多様性を包摂するための不可欠なパートナーとして野党を位置づけ、その意見や提案に真摯(しんし)に向き合う必要がある。

 

 そのためにも、政府が出す法案に対する与党の事前審査の慣行を見直してはどうか。

 

 与党が承認した法案には、所属議員に対し、賛成の党議拘束がかかる。これでは、提出時点で成立が決まったようなもので、野党が日程闘争に傾く原因にもなっている。政治家同士の議論を通じて、柔軟に修正ができるようになれば、国会での質疑も活性化するはずだ。

 

 ■参院選の持つ重み

 

 今年は夏に参院選が控える。衆院選は昨年10月に行われたばかりで、もし解散がなければ、その後3年間、補欠選挙を除く国政選挙はない。しばらく続く政治の土台を決める、極めて重い選択の機会となる。

 

 安倍政権では、選挙の際には国民の関心の高い経済政策を前面に押し出し、信を得た後で、特定秘密保護法や安全保障法制など、賛否の割れる法整備を強行することが繰り返された。国民に新たな負担を求めたり、リスクや副作用が想定されたりする政策については、選挙で堂々と国民に訴えるのが正道だ。

 

 一方で、安倍政権は、その安定した政治基盤を生かして、社会保障制度の再構築や抜本的な人口減少対策、財政の健全化といった難題に取り組むことはなかった。長期的な視点が求められる、これらの課題にどう対処するのか、首相は参院選で具体的なビジョンを有権者に示さねばならない。

 

 野党の責任も重い。とりわけ、体制を一新した立憲民主党にとっては、党再生に向けた試金石となる。衆院選での野党共闘は、期待した成果につながらなかったとはいえ、参院選の1人区では、前々回、前回と一定の結果を出している。冷静な分析を踏まえた新たな選挙協力の構築が不可欠だ。

 

 野党の力が弱ければ、政治から緊張感が失われ、多様な民意を包摂する政治にもつながらない。小さな声にも耳を傾け、政策への反映をめざす。有権者に認められる地道な努力を重ねるほか道はあるまい。


連載

  • >歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付けた安倍・管政治 ・・・何、この断定断言。

>歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付けた安倍・管政治

 「安倍・管政治」とやらが、「歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付けた」のならば、その「抑え付けられた対象」には、朝日はじめとするアカ新聞どもバカ野党共も入りそうなモノだ。で、権力を行使され、抑え付けられた」のかね?トンと覚えが無いんだが。

 日本国首相は日本の最高権力者であるし、日本国首相が党首を務める政権与党(自民党)は「国会を牛耳っている」とも言えそうだが、歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付ける」なんてことが、そもそも、可能なのかね?
 もしそれが可能であるならば、法体系も組織体制も「安倍・管政治」時代と殆ど変わらず、議席数で言えば「自公連立政権が強化された」とも言い得る岸田政権ならば、「さらに歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付ける」事が可能な筈だが、左様な懸念を抱くこと無く、「岸田政権には期待」出来てしまう脳天気は、一体どこから来るのかね?

 大体、中共や北朝鮮ならいざ知らず、我が国において「歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付けた」なんて事態は、我が国民主主義体制上の大問題である筈だ。左様な大問題に対し朝日が示した「反応」は、あ・の・モリカケ桜追求程度の「出来損ないスキャンダル追っかけ」ぐらい、な・の・か・ね?

 もし左様であるならば、「ジャーナリスト」なんて辞めてしまい、「社会の木鐸」とも口走ってはなるまい。ま、後者については、朝日なんぞは、とっくの昔に「辞めている」様ではあるが。

 或いは、日本国首相がが「歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付け」ているのに対し、果敢にもモリカケ桜を追求し続けた、不屈のジャーナリスト魂、朝日新聞とでも、言いたいのかね?左様な「ジャーナリスト魂」を発揮するのならば、歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付ける日本国首相」こそ報道し、糾弾するべきでは無いのかね。一体何時そんなことをやったんだ?
 
 あぁっ?!「学術会議問題」を「学問の自由の侵害」と非難して見せたのが、ヒョッとして「歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付ける日本国首相」を報じ糾弾した事例、の心算なのかぁ?だとしたら、心底から呆れ返る他無いぞ。大体、学術会議問題には、安倍元首相は関係なかろうが。

 或いは・・・小林ナントカとか言う憲法学者共が「安倍首相(当時)を国家反逆罪で訴える!」とか言っていたことがあったが、あれがヒョッとして「歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付ける、安倍政権(当時)に対する反旗」だったのかな?だとしたらその「反旗」は「力で抑え付けられた」のかね?

 いずれにせよ、「安倍・管政治」なるモノが「歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付けた」ならば、「現・岸田政権がそれを継承しないように訴える」よりも先に、朝日新聞はじめとするマスコミ各紙(と夜盗共。もとい、野党共)は歯止め無く権力を行使し、異論を力で抑え付けた”安倍・管政治”なるモノを、報じ、検証し、糾弾するべき、であろうに。なぁにやっているんだか。