• 寝言は、寝て言え。-【朝日】核はもはや使えぬ兵器 ICAN川崎哲氏「安保論は亡霊」


 「朝日新聞が、核兵器廃絶運動ICAN関係者にインタビューした記事」ってだけで、「お里が知れる」というモノだろう。事実、下掲朝日記事は、そんな「予想」を「全く裏切らない」シロモノである。

 であるならば、下掲朝日記事の見出しを見ただけで本記事のタイトル「寝言は、寝て言え。」が浮かび、下掲記事を読み終えても「タイトルに修正の必要を、全く感じなかった。」のも、ある意味至極当然であろう。

【朝日】核はもはや使えぬ兵器 ICAN川崎哲氏「安保論は亡霊」

 https://www.asahi.com/articles/ASP1M4DK7P1KPTIL00N.html?iref=pc_ss_date_article

 

 朝日新聞社 2021/01/21 14:00

 

 

オンライン記者会見で質問に答える川崎哲ICAN国際運営委員c 朝日新聞社 オンライン記者会見で質問に答える川崎哲ICAN国際運営委員

 

 史上初めて核兵器を非人道的として違法化する核兵器禁止条約が22日に発効する。有志国とともに条約制定を先導したのが、2017年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)だ。条約の発効で世界はどう変わるのか。日本でただ一人の国際運営委員、川崎哲(あきら)さん(52)に聞いた。

 

■条約は「核なき世界へのスタート」

 

――2021年は核兵器禁止条約の発効から幕開けすることになりました。

 

 核兵器を全面的に禁止する国際条約が効力を持つ最初の年になります。条約を批准した締約国は、これからは核兵器を作ることも、持つことも、使うことも、頼ることもできなくなります。「核兵器なき世界」を目指すスタートです。条約発効を実現する大きな力になったのは「同じ苦しみを誰にも味わわせてはならない」と訴えてきた広島・長崎の被爆者。今後被爆者が直接体験を語ることができない日が来ても、この条約は残り、世界を縛り続けます。

 

――核保有国や「核の傘」などに依存する国は背を向け、「実効性がない」という見方もあります。

 

 条約発効の影響は、批准国を縛る法的拘束力だけにとどまりません。核保有国は政治的、経済的、社会的な圧力に包囲されることになります。対人地雷やクラスター弾の禁止条約では、発効後、批准していない国でも兵器の生産、取引、使用が激減しました。新しい国際規範が成立したことで、金融機関が国際法で禁じられた非人道的兵器を作る企業への融資・投資をやめていったからです。核兵器がこれに加わります。そのような動きが進んでいるからこそ、核保有国が次々と条約を批判する声を上げています。それ自体が、この条約の実効性のあらわれだと言えます。

 

――安全保障の専門家は「桁違いの破壊力を持つ核兵器は、対人地雷やクラスター弾、生物・化学兵器と違って他の手段で置き換えられず、同列に考えられない」と指摘します。

 

 同じ非人道的兵器でも、一人ひとりを傷つける対人地雷と、大規模に無差別に殺戮(さつりく)する核兵器とは次元が違うと言うのは一理あります。ただ、ほかの非人道兵器や大量破壊兵器は禁止・廃絶されるべきなのに、核兵器は許される、ということになれば、今まで人類が何のために特定兵器の禁止条約を作ってきたのか意味がわからなくなります。「核兵器は国家の安全保障の根幹」と主張する人もいますが、技術の発展により、国家の中枢を破壊しうる最大の脅威は今やサイバー攻撃になっています。核保有国も、現実に力を入れているのはサイバー対策です。核兵器はもはや「使えない兵器」であるうえに、誤って使用されるリスクが高まっています。時代は変わったのに20世紀中ごろの国家安保論が亡霊のように残っているのではないでしょうか。

 

 

  • ”武”と言う字を見るが良い。”戈(ほこ)を、止(とど)める”と、ある。

 章題にしたのは、講談社の講談文庫「猿飛佐助」の第1話から、未だ少年だった佐助に忍術(*1)を教えた師匠・戸沢白雲斎先生の教えだ。
 「“それ、抜くぞ!覚悟!!”と見せて、遂に抜かずに納める。これが、武術というモノじゃ。と、先生の教えは続く。私(ZERO)がこの本を読んだのは中学生(か、ひょっとすると小学生)の頃だが、実に印象的なセリフなので、未だに覚えている。

 而して、この「戸沢白雲斎先生の教え」は、上掲朝日記事でインタビューに答えるICAN運動・国際運営委員なる川崎哲氏の発言よりも、余程説得力・重み・有り難みが在り、それ以上に現実味と現実性を有しているのではなかろうか。核兵器禁止条約を核兵器保有国が非難するのは、それが有効だからだ!」とか、「同条約非批准国にも、批准国から圧力がかかるから有効だ!」とか、「クラスター禁止条約でクラスター爆弾の保有量が減ったから、有効だ!」とかの、詭弁・強弁・「ややこしさ」に比べて、「戸沢白雲斎先生の教え」の簡潔さは、美事と言うべきでは無かろうか。

 端的に言えば、白雲斎先生は、「使えぬ兵器(*2)の使い方」、抑止力という使い方を、教えているのである。少年である後の猿飛佐助や、中学生(か、小学生)であった私(ZERO)にも、良く判る、判りやすい譬えで、だ。

 事実、核兵器が「使われた」のは、第2次大戦の広島と長崎への2回・2発だけ。その「たった2回・2発しか使われなかった核兵器」が、20世紀後半の米ソ冷戦時代を現出させたのであり、核兵器が「威力絶大であるが故に、使えぬ兵器」であることは、広島・長崎の惨状で既に明らかで在り、その後の核兵器及び運搬手段の発達(威力、射程とも)によって更に確実なモノとなっているのである。

 而して、21世紀の今日至るまで、世界大戦が第2次大戦終結以降約80年間も絶えて「無かった」のにも、米中が対立しながら未だ開戦に至らないのも、北朝鮮が度重なる蛮行暴挙に関わらず未だ現存しているのも、少なくとも一面、核兵器が寄与している。少なくとも「左様な見方が出来る」事は、否定のしようも無い。

 つまり、核兵器は、「使えぬ兵器」ではあっても、「役立つ兵器」ではあるのである。

 であると言うのに、核兵器保有国がタダの一国も批准しない、御神輿にはなるかも知れないがハリボテですらない「核兵器禁止条約」が発効したからって、何だってんだろうねぇ。自己満足には、なるかも知れないが。

 条約が掣肘するのは、条約批准国だけだ。

 条約批准国が条約非批准国を「条約に則って非難」したところで、それは「非難」でしかな。大体、条約を批准するもしないも個々の国の勝手なのだから、「条約批准国が条約非批准国を条約に則って非難」ってのは、随分と傲慢な、身勝手な、傲岸不遜な話である。

 ま、原理主義者ってのは傲岸不遜なのが通り相場、ではあるが。

 寝言は、寝て言え。
 目覚めたまま寝言を言う奴は、狂人だ。

 


  • <注記>
  • (*1) イヤまあ、講談本の「忍術」だから、魔法も超能力も裸足で逃げ出すような荒唐無稽な「術」なんだが・・・ 
  •  
  • (*2) 「使ったときに威力があるが故に使えぬ」と言う点は、重要なポイントではあるな