中身が無いにも程があるコラム×2ー【ハンギョレコラム】[記者手帳]義理を重視する管首相、なぜ韓国に冷たいのか+1


 日本のマスコミのヒドさは弊ブログでも再三取り上げているところであるが、国を挙げての強請タカリでキチガイになってしまったお隣・韓国のマスコミってのは[日本に輪をかけて凄まじい]モノがある。その典型例は、「報道記事や社説なんかより遙かに新聞社の責任が軽い]コラムに現れる、様に思う。

【ハンギョレコラム】[記者手帳]義理を重視する管首相、なぜ韓国に冷たいのか

[記者手帳]義理を重視する菅首相、なぜ韓国に冷たいのか

 

  http://japan.hani.co.kr/arti/politics/37837.html

 

登録:2020-09-23 05:13 修正:2020-09-23 07:11

 

 

日本の菅義偉首相が20日夜、東京の官邸で取材陣に会い、米国のドナルド・トランプ大統領と初めて電話会談した内容を説明している。彼はトランプ大統領が日米同盟強化に共感し「必要ならば24時間いつでも連絡して欲しい」と語ったと述べた=東京/ロイター・聯合ニュース

 「45年前、地縁も血縁もないこの横浜で、政治の世界に飛び込んでたどり着いたのが、小此木先生の事務所でした」

 

 「敬老の日」の21日を迎え、日本の菅義偉首相が訪問した所は、彼の恩人である小此木彦三郎元建設相の墓所だった。菅首相は1975年、小此木元大臣の秘書として11年働いた後、横浜市議会議員を経て、1996年に衆議院進出を果たすことができた。これまでの年月に対する感慨が格別に感じられたのか、緻密で冷たい「仕事の虫」として知られる菅首相にしては珍しく、この日は声が湿っていた。彼は記者団の前で「国民のために『働く内閣』として期待に応えられるよう、頑張りたい」と述べた。

 

 菅首相の16日の就任を機に大統領府は「いつでも向かい合って対話し、コミュニケーションを取る準備ができている。日本側の前向きな反応を期待している」と関係改善に対する期待感をにじませたが、日本政府の反応はぱっとしない。菅首相は20日夜、即席の記者会見を行い、米国のドナルド・トランプ大統領とオーストラリアのスコット・モリソン首相と電話会談を行なったと発表したが、「基本的価値と戦略的利益を共有する最も重要な隣国」である文在寅(ムン・ジェイン)大統領との電話会談はまだ行われないでいる。19日に送った祝いの書簡に対する返信で「難しい問題を克服し、未来志向的な両国関係を築いていきたい」という原則論に言及しただけだった。安倍晋三前首相の政策を継承すると明らかにしてきた菅首相が、韓日関係の改善に乗り出すことにためらっていることを示している。

 

 冷徹な現実論者だが義理と人情を重視する菅首相が、韓国に対し否定的な認識を持つようになった決定的な契機は、日本軍「慰安婦」問題解決のための12・28合意に対する韓国政府の対応だという。菅首相は日本の保守の感情を代弁する月刊誌『文藝春秋』最新号のインタビューで「日韓両政府は2015年末、慰安婦問題の『最終的かつ不可逆な解決』で合意した。韓国側が合意を覆す可能性もゼロではなかった。もっとも、これほど早く関係がおかしくなるとは思わなかった」と述べた。菅首相は特にこの合意の韓国側の責任者だったイ・ビョンギ元駐日韓国大使(元大統領府秘書室長)が、その後多くの困難に見舞われたことに強いショックを受けたという。就任後の忙しい日程にも関わらず時間を割き、小此木氏の墓所を訪れ感慨にふけるように、縁を重要視する菅首相の性格がわかる一面だ。

 

 現在、韓日の間には絡まっている複雑な懸案があまりにも多く、一気に関係改善を試みるのは容易ではない状況だ。そのため、余裕はあるが粘り強い態度で関係改善を試みなければならないとみられる。政府は昨年には8・15談話と大統領特使などを通じて関係改善の誠意を示したが、日本の反応がなかったという理由で、わずか1週間後の22日に韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の延長中断を宣言した。しかし、わずか3カ月でこの決定を翻さなければならなかった。

 

キル・ユンヒョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

http://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/963168.html

韓国語原文入力:2020-09-22 15:46

訳M.S

 

  • 「なぜ韓国に冷たいのか?」の設問に、タダの一文字も答えていない。

 「なぜ韓国に冷たいのか!」と、悲憤慷慨しているのかも知れないが、強請タカリ嘘吐きキチガイで、約束破り&条約違反常習犯に対して、一体どんな「義理」を感じろってんだろうねぇ。図々しい。まあ、如何にも、チョウセンジンらしいが。

 隣国?間に日本海という、往時世界最強陸軍の渡洋侵攻を阻んだ深い海があろうが。
 
 ああ、その日本海さえ、「東海」とか言うローカルな俗称を共用しようとしているのが、韓国であるな。

【ハンギョレコラム】[記者手帳]なぜ韓国政府は「東海/日本海」の「併記」を主張するのか

[記者手帳]なぜ韓国政府は「東海/日本海」の「併記」を主張するのか

  http://japan.hani.co.kr/arti/politics/37816.html

登録:2020-09-21 07:23 修正:2020-09-21 13:35

 

「東海/日本海」の併記運動を行い 

韓日外交戦の中で交渉が長期化すると 

国際水路機関が名称の代わりに数字表記を提案 

これまで行なってきた併記運動の方向転換が必要 

「グーグルマップでの併記」拡大など、選択と集中を

 

「東海併記」のために活動している東海研究会が17~19日、江陵で26回国際セミナー「デジタル時代の地名表記」を開催した。今回の会議ではグーグルマップなどのデジタル地図に東海併記を拡散させる案について議論された=江陵/キル・ユンヒョン記者//ハンギョレ新聞社

 今日は、大韓民国の人なら誰でも少しは聞いたことのある「東海表記」について話してみようと思います。

 

 まず、クイズを1問。韓国政府が1992年から東海表記に関して維持している一貫した立場は何でしょうか?

 

 1. 国際的に日本海(Sea of Japan)となっている東海表記を東海(East Sea)に変更させる

 

 2. 国際的に日本海になっている表記を「東海/日本海」と併記させる

 

 答えは2です。

 

 韓国政府が国際舞台で東海水域の日本海「単独表記」に異議を申し立て、東海「併記」を主張したのは、28年前の1992年8月、第6回国連地名標準化会議を通じてです。

 

 韓国人には極めて当然の東海表記に関して対応がこのように遅れたのは、南北分断という痛ましい現代史と深く関連しています。朝鮮戦争の後に厳しい冷戦が始まり、大韓民国(ROK)と朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の国連加入は、長期間実現されませんでした。南北朝鮮の国連同時加入がなされたのは、国連が発足して40年余りが過ぎ、冷戦が終結した後の1991年9月のことです。

 

 外交部の国際表記名称大使を務めた東アジア平和繁栄研究所のユ・ウィサン所長の説明によれば、東海併記運動が始まった直接の契機は、国連加入後、国連のさまざまな機関が韓国政府に送った多くの公文書のためでした。それらの文書は、あまりにも当然であるというように、東海を日本海と「単独表記」していました。この事実に強い衝撃を受けた外交部は、1992年6月、文化部・教育部・公報処・交通部(水路局)・建設部(国立地理院)などの関係省庁と協議を経て、7月に「東海名称の国際的通用推進対策案の建議」という文書を作ることになります。当時の政府内では、韓国の東海に関連した主張が独島を巡る領土問題に悪影響を与えかねないという反対意見も、かなり多かったといいます。韓国が東海併記を掲げれば、日本が独島を巡る領土紛争で攻撃する口実を提供することになりうるという主張でした。このような複雑な討論の過程を経て、関連内容が同年8月、当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領に報告され、東海表記に対する韓国政府の方針が確定します。

 

 その内容とは、

 

 1. 東海の英文表記をEast Seaにして

 

 2. 国際的にSea of Japanと併用されることを目標に

 

 各種の国際会議で韓国の立場を提示・広報していくというものでした。

 

 以後、韓国政府の「東海併記」運動は、大きく二つに分かれて推進されてきました。一つ目は、2017年に国連地名標準化会議(UNCSGN)と統合された国際地名専門家グループ(UNGEGN)です。韓国は1992年8月の第6回会議を皮切りに、国連の舞台で粘り強く東海併記キャンペーンを進めています。

 

 

韓国政府が長きにわたり東海併記を推進してきた国際水路機関の『海洋と海の境界』(S-23)第3版(1953年)。東海を日本海(Japan Sea)と単独表記している//ハンギョレ新聞社

 二つ目は、国際水路機関(IHO)を通じた運動でした。この運動が重要だったのは、IHOが1929年に発刊した海図製作の指針書である『海洋と海の境界』(S-23)のためでした。朝鮮が日本の植民地支配を受けていた1929年に製作されたこの文書は、東海を日本海(Japan Sea)と単独表記しており、この内容がその後、第2版(1937年)、第3版(1953年)と継承されます。「S-23の第4版発行の際には、Japan Seaの名称を“必ず”East Sea/Japan Seaと併記させよう!」と、外交部を中心とした韓国の東海併記運動は、これを当面の課題に掲げ、粘り強く国際的なキャンペーンを進めるしかなかったのです。

 

 しかし、日本が韓国の併記の主張を素直に受け入れるはずはありませんでした。韓日両国政府は2000年代中盤、3回の直接交渉を試みましたが、成果はありませんでした。独島を巡り日本と激しく対立した盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領は、2007年11月にベトナムのハノイで開かれた韓日首脳会談で、当時の安倍晋三首相に東海を「平和の海」または「友情の海」と呼ぼうという即席の提案までしました。安倍前首相はこの提案をその席で断ったと伝えられています。これを示すように、日本外務省の公式広報資料である『日本海~国際社会が慣れ親しんだ唯一の名称~』によると、「日本海は国際的に確立した唯一の呼称であり、何ら争うべき余地はありません。国連地名標準化会議(UNCSGN)、国連地名専門家グループ(UNGEGN)、国際水路機関(IHO)などの国際会議の場において、韓国等がこれらの主張を行った場合には、我が国としては断固反駁しています」とし、決意を新たにしています。

 

 韓日間での激しい対立が長期化し、IHOの立場は困難なものになります。IHOは1953年以来半世紀を超える時代の変化を反映するために、S-23の第4次改訂版を作ることを望んでいますが、東海名称表記が障害となり、加盟国間の最終合意が簡単にはなされなかったからです。やむを得ずIHOは、2002年に完成した第4次改訂版の最終草案に東海の部分を白紙で残します。それ以後15年を越え韓日間で同じ話が繰り返されると、IHOは2017年4月の総会で東海表記に関する3大当事国である韓・朝・日の3者が別に集まり非公式協議を行い結論を出すよう議決しました。これにより、2019年4月と10月の2回にわたり3者対話が行われましたが、日本は最後まで韓国の併記の主張を受け入れません。

 

 すると最近、IHOがこの果てしない論争を終える一つの決断を下したことが確認されました。韓日両国に最も近い水域を指し示す数字にされた体系(a system of unique numerical identifier)の導入を提案したのです。この制度が導入されると、IHOのレベルではそれぞれの海の名称は消え、各水域には数字になったコードが付くことになります。S-23の第4次改訂版で東海をどう表記するのかを巡る韓日の激しい外交戦が長引き、海の名称を数字に替えることで、対立の素地をつぶしてしまったわけです。この案は当初の4月から11月に延期されたIHOの総会で議決される可能性が高いです。

 

 

「東海/日本海」の併記を主張している韓国政府の広報資料『東海』(2014)//ハンギョレ新聞社

 1994年から東海併記のために努力してきた非営利団体の東海研究会は、17日から19日までの2泊3日の間、江陵(カンヌン)で26回目の国際セミナー「デジタル時代の地名表記」を開催しました。この席でチュ・ソンジェ会長(慶煕大学教授)は「悠久な歴史と文化遺産を抱えている地名を、果たして数字に振り替えることができるのか」と疑問を提起しながらも「S-23に東海を載せようと努力してきた韓国政府も、その目的を達成できずに終わるのかに対する質問に答える準備をしなければならない」と明らかにしました。S-23に東海を併記するという運動の目標が消えることになれば、今後の運動の方向を考えなければならないという提案でした。

 

 もちろん、S-23の第4次改訂版を巡る議論が終えられるとしても、東海併記問題自体が消えるわけではありません。S-23は東海を巡る数多くの懸案の中の一つに過ぎません。実際、過去30年近い韓国社会の努力により、世界の紙地図に現れた「東海/日本海」の併記の割合は40%に達します。最近になり併記運動は地図のデジタル化に適応する問題に進んでいます。

 

 現在、世界で最も多く使われる地図は、断然、“グーグルマップ”です。米国で英語を用いてグーグルマップにアクセスすると、初期画面では東海水域は日本海と表記されます。東アジア方向に地域を狭め、3回縮尺を伸ばすと、はじめて「東海/日本海」併記が登場します。ユ・ウィサン所長は今回のセミナーで「地名関連の国際機関で東海名称に対する加盟国間の疲労感が強まっているのは事実」だとしながら「今後の運動は、グーグルマップ、米国、国連を3大交渉対象とし、説得力を持てるよう証拠資料を提示し、併記を拡散させていく方向に進まなければならない」と述べました。そのためには、韓国国内的にも、私たちの主張が日本海を東海単独表記に変える国粋主義的なものではなく、韓日両国の立場を共に尊重する「併記」だという点をさらに広く知らしめる必要があります。

 

 今回のセミナーに参加したある日本の記者は、江陵の鏡浦(キョンポ)沖合を眺め、「あの海を日本海と呼ぶことを望む日本人は誰もない」と言いました。私も東京特派員時代、日本の富山や京都の海岸で日本人と話し合う時、「こちらから見る東海は美しいですね」という言葉は口からうまく出てきませんでした。あの海は韓国人には東海であり、日本人には日本海であるのです(日本人にとっては、東海は西側にある海です)。韓国の併記の主張には、韓日がお互いに違いを認め、共存しなければならないという哲学が込められています。日本政府も、もっと開かれた心で交渉に応じるべきだと思います。

 

江陵/キル・ユンヒョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

http://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/962860.html

韓国語原文入力:2020-09-21 00:43

訳M.S

 

  • これまた、「なぜ韓国政府は「東海/日本海」の「併記」を主張するのか?」って設問にタダの一文字も答えていない。

 我が国は、日本海でロシアのバルチック艦隊を撃滅し、海戦史上最大最高の完勝を飾ると言う歴史的大イベント「日本海海戦」を実現している。韓国が日本海で、なにをやったというのだ?

 「東海」ってぇと、日本語では中部地方の太平洋側を指す。そんな呼称を日本と共用しようなんて、図々しいにも程があろう。

 「東海」と言う半島限定のローカルな呼称を、我が国や世界に認めさせたいのならば、日本海海戦に於けるバルチック艦隊撃滅に匹敵する歴史的偉業を達成してから、だ。我が哨戒機に射撃管制レーダーを照射した上、その事実を否定して頬被りする、なんてミミッチイ「事件」では、全く不足だぞ。

 因みに、バルチック艦隊撃滅の日本海海戦は「最も完全な海戦上の勝利」としてギネスブックにも記載されている。ほぼ同等の日露艦隊が衝突して、ロシアの戦艦は全て大破ないし沈没。我が方の損害水雷艇三隻を数えるのみ、って「最も完全な海戦上の勝利」であるから、先ずは空前絶後の大勝利、だぞ。
 
 ま、日本海海戦の偉業は、「最も完全な海戦上の勝利」であることよりも、「近代兵器を使った近代的な戦争で、有色人種たる日本人が、白人たるロシア人に、完勝した。」ことにあるのだが、な。