応援いただけるならば、クリックを⇒ https://www.blogmura.com/
「評論家とは、気楽な、稼業と、来たモンだ!」と、植木等は多分言わなかったろうと思うが(*1)、例えばスポーツ評論家はスポーツ選手よりは「気楽な稼業」でありそうだ。刑事コロンボ(ピーター・フォーク)は「忘れらたスター」にて「ダンスが苦手で…」と往年の名ダンサーに相談した処、「評論家におなりなさい」とアドバイスされ、納得している。「評論家は実施者・当事者よりも気楽だ」と言うのは、相応に普遍性ある認識なのだろう。
であるならば、「外交評論家は、外交官より気楽な稼業」なのではないか、と推論出来る。
では、外交評論家の天木直人氏にご登場願おうか。
<注釈>
(*1) あくまでも、「多分」だ。植木等主演のコメディ映画は、多分1本だけ1回しか見ていないので、全く確信が無い。
「日本政府は村山談話を継承している」と韓国で断言した村山元首相の殊勲
天木 直人 | 外交評論家
http://bylines.news.yahoo.co.jp/amakinaoto/20140213-00032607/
2014年2月13日 8時4分
久しぶりに見た見事な外交だ。本人にその認識があったかどうかはわからない。しかし、この村山元首相の発言には感服させられた。きょうの各紙がきのう2月12日に韓国国会内で行われた村山元首相の講演の模様を伝えている。その中で私が注目したのは村山談話に関して述べた次の言葉だ。すなわち日本の植民地支配を謝罪した村山談話(1995年)は、「私の後継内閣すべてが継承すると誓約し、安倍内閣も最終的に継承すると言っている」という発言だ。この言葉は誰も否定できない真実だ。いくら安倍首相や安倍政権の右翼閣僚や、安倍首相の歴史認識を支持する産経グループや右翼の国民が、河野談話やそれを引き継いだ村山談話は捏造だと言ってそれを否定しようとしても、歴代政権はそれに応じなかった、いや応じられなかった。何よりも、就任早々にそれを見直すと軽率にも口走ったが安倍首相が、たちまち内外の反発にあって、見直しをするとは言っていないと国会で釈明せざるを得なかった。女房役の菅官房長官も記者会見で見直し否定に躍起になった。すなわち村山元首相のこの発言は安倍内閣も否定できない事実なのである。
それではこの村山元首相の講演の言葉はどういう効用があったのか。韓国は村山元首相を招待して、村山談話を見直そうとする安倍首相を批判させようとしたが、村山元首相はそれに乗らなかった。日本の右翼が批判しようと手ぐすねを引いていた「売国奴」にならずに、韓国に対して、日本批判をするのはあたらない、村山談話の起案者がそうさせないと言っているのだからそれを信じろ、と韓国をたしなめたのである。韓国は反論できない。その一方で、この村山元首相の言葉は、新たな国際公約となった。もし安倍首相が将来村山談話の見直しを行おうとすれば、その時こそ公約違反として世界から猛烈な反発を食らうだろう。村山元首相の韓国国会内の講演によって、安倍首相はもとよりその後に続くいかなる政権も村山談話を見直すなどということはますます困難になったということだ。見事な二正面作戦だ。見事な外交である(了)
異説として一定の価値はあるが
さて、如何だろうか。
私(ZERO)にして見れば、異なる見方=異論・異説である。それだけに「新鮮」でもあれば「興味深く」もあるし、「異論・異説は、異論・異説と言うだけでも一定の価値がある」のも事実だ。
だが…どうもこの「外交評論家(*1)の外交論」、「異説としての一定の価値」しかなさそうである。つまりは、「最低限の価値しか有しない論説」。
1> 韓国に対して、日本批判をするのはあたらない、
2> 村山談話の起案者がそうさせないと言っているのだからそれを信じろ、と韓国をたしなめたのである。
3> 韓国は反論できない。
4> その一方で、この村山元首相の言葉は、新たな国際公約となった。
5> もし安倍首相が将来村山談話の見直しを行おうとすれば、その時こそ公約違反として世界から猛烈な反発を食らうだろう。
6> 村山元首相の韓国国会内の講演によって、
7> 安倍首相はもとよりその後に続くいかなる政権も村山談話を見直すなどということはますます困難になったということだ。
8> 見事な二正面作戦だ。見事な外交である
2> 村山談話の起案者がそうさせないと言っているのだからそれを信じろ、と韓国をたしなめたのである。
3> 韓国は反論できない。
4> その一方で、この村山元首相の言葉は、新たな国際公約となった。
5> もし安倍首相が将来村山談話の見直しを行おうとすれば、その時こそ公約違反として世界から猛烈な反発を食らうだろう。
6> 村山元首相の韓国国会内の講演によって、
7> 安倍首相はもとよりその後に続くいかなる政権も村山談話を見直すなどということはますます困難になったということだ。
8> 見事な二正面作戦だ。見事な外交である
と、上掲記事で外交評論家・天木 直人氏は村山富市の対応を絶賛しているのであるが、上記1>~3>の前半部分は兎も角、後半部分は随分と都合の良い解釈としか思われない。
元首相でしかなくすでに国会議員ですらない「村山談話」提案者・村山富市の発言なんぞ、吹けば飛ぶようなものだろう。
上記7>~8>の通り、このまま安倍首相以降も「村山談話を踏襲」し続けるならば、今回の「村山発言」は「公約扱いされた」事になるかも知れない。その場合、上記 天木直人氏の論説は、相当な価値と説得力を持ち得よう。
だが、安倍首相が村山談話を覆すならば、それを「公約違反」と非難するのは、相当な「筋違い」となろう。それは「世界から猛烈な反発」を覚悟さえすれば、安倍首相だろう外交の首相だろうが実行可能な事だ。どうせ中韓なんぞは、今回の村山発言があろうがなかろうが、「村山談話見直し」には「猛反発する」に決まっている。
閣議決定され、歴代内閣が踏襲した「村山談話」とて、それを覆せるのは新たな閣議決定しかあるまい。いったん閣議決定され、歴代内閣が踏襲したとて「不磨の大典」化するなんて馬鹿な事があるモノか(*2)。上掲記事では安倍首相が「村山談話を見直せなかった」経緯に触れて、「村山談話の威力」を喧伝している。なるほど麻生首相時代に当時の空幕長だった田母神さんをくびにするほどの威力を発揮した村山談話であるが、安倍首相はその見直しを表明しても、後に「見直しを否定」するだけで、首相の座にあり続けているではないか。
そもそも村山富市は、外国に対し「我が国の公約」を発せられるような、立場にはない。資格が無い。首相経験者、元首相と言うだけで、一介の民間人でしかない。
この程度でなれるんだ。「外交評論家」って。「気楽」と言うより、「間抜け」に近いな。
まあ、弁護士なんかと違って、国家試験は無いだろうからなぁ。私(ZERO)も名乗ろうかな。「外交評論家」と。
<注釈>
(*1) 多分に「自称」くさいが(*2) 他にこれを覆せそうなのは…「勅令」ぐらいしか思いつかないんだがね。「村山談話見直しの詔」かぁ?あれば、More Betterかも知れないが。