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 敢えて事前に多くは語るまい。まずは読者諸兄に、下掲のWSJ(Wall Street
Journal)紙記事を読んで頂きたい。話は、それからだ。

【WSJ】米専門家「小さいが発がんリスクある」―影響なしとの国連原発調査受け .
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323614804578530731682130330.html
【】番号はZEROが振った番号

  「原発事故による放射線被ばくは、健康にいかなる差し迫った影響も及ぼさなかった。将来も、被ばくが原因で、一般の人々や大半の(原発)労働者に健康面への影響が及ぶと認められる可能性は低い」

  5月31日、国連科学委員会は、オーストリアの首都ウイーンで記者会見を開き、東京電力の福島第1原子力発電所での原発事故による健康への影響について、こう結論づけた。今年秋に発表する報告書を踏まえたこの研究は、世界18カ国の科学者80人余りによって、日本政府や国内外の科学機関、国際原子力機関(IAEA)や世界保健機関(WHO)などの国際組織から集めたデータを基に行われた。


Columbia University Medical Center
デービッド・ブレナー・コロンビア大学教授

  同委員会によれば、政府による早期避難措置などのおかげもあり、周辺住民らの被ばく線量は全体的に低く(または非常に低く)、今後、健康に影響が出るリスクも低い。

  具体的には、1歳の幼児の場合、甲状腺への被ばく線量(主に放射性ヨウ素131)は数十ミリシーベルトにとどまっており、セシウム134やセシウム137など、成人の全身被ばく量も、がんが増えるとされる数値を下回っているという。事故が起こった2011年、および翌年以降に大半の日本人が受けた被ばく線量も自然環境で浴びる放射線量より低いと、同報告書議長を務めるヴォルフガング・バイス博士は指摘する。

  だが、一部のデータの不足や、低線量被ばくが健康に与える影響自体が不透明という問題があるなか、専門家は今回の発表をどう受け止めたのか。低線量被ばくに詳しい、コロンビア大学医学大学院のデービッド・ブレナー教授(同大学放射線医学研究センター所長)に話を聞いた。

【Q1】――国連科学委員会の発表をどう見るか。

【A1】 まず、2つの異なる問題をやや混同しているという感じを受けた。1つは、健康への影響が検知可能かどうか、もう1つは、実際にリスクがあるのかどうか、という問題だ。

  がんになる可能性など、福島の原発事故による影響が検出されにくい点については同意見だが、だからと言ってリスクがないわけではない。そもそも、人間ががんになるリスクは約40%ある。だから、被ばくで少しそのリスクが高まっても、放射線の影響だと検知するのは至難の業、ということだ。

  つまり、がんになるリスクが実際に高まるのかどうかが1点。もう1点は、疫学的に見て、それが被ばくによる影響だと検知できるかどうかだ。委員会のプレスリリースを読むと、ところどころその2点を混同しているように思える。発がんリスクの上昇を検知するのが非常に難しいという事実をもって、リスクが皆無であるかのような印象を与える箇所がなくもない。そういう意味で、少し紛らわしい説明だと感じた。

【Q2】――低線量被ばくは中・長期的影響が問題なのに、「健康にただちに影響はない(なかった)」という表現は誤解を招きやすいという指摘もある。

【A2】 「immediate(即時の、緊急の)」と聞くと、事故から数週間、数カ月、長くても1年など、非常に短期間な影響を想像するが、問題は長期的な健康リスクだ。「ただちに」という言葉は、あまりしっくりこない。

  「将来も、被ばくが原因で、一般の人々や大半の(原発)労働者に健康面への影響が及ぶと認められる可能性は低い」という表現も、そうだ。影響を検知できるか否かという点と、実際に影響が出るか否かという2つの問題を区別していない。長期的影響はあったとしても、それを測るのが至難の業であることが問題なのだ。

【Q3】――報告書案では、被ばくの影響を分析するために、福島県全体や近隣県などの住人にも対象を広げ、全体の被ばく線量を表す「collective dose(集団線量)」を用いている。米国の専門家のなかには、低線量の影響を分析する場合、内容によっては集団線量を使うべきではないという人もいるが。

【A3】 そうは思わない。集団線量は、広範囲の住人に及ぶリスクを理解するのに役立つ。全体的なリスクを測るには妥当なやり方だ。低線量の場合、一人一人のリスクは非常に小さい。だが、問題は、小さなリスクを抱える人たちが大勢いるということだ。個々人のリスクが小さいからと言って、事故が、リスクの点から重大でないということにはならない。

【Q4】――チェルノブイリ事故と比べ、被ばく線量がはるかに少ないというが。

【A4】 まず言えることは、チェルノブイリとは事故の状況が非常に違うという点だ。チェルノブイリは、火災で放射性物質が広範囲の陸地に飛び散ったが、福島の場合は、多くが海に流れた。チェルノブイリ事故が原因でがんになった人の数も、いまだにはっきり分からない。(健康リスクを論じるのに)放出された放射性物質の多寡を単純に比較することはできない。問題は、もっと複雑だ。

  長期的に見れば、福島の原発事故による影響はチェルノブイリよりも小さいだろう。それは真実だと思う。とはいえ、どれくらい影響が小さいかは不透明だ。チェルノブイリの影響自体が、はっきり解明されていないのだから、チェルノブイリと比べても(福島の影響を分析するのに)役立たない。

【Q5】――放射性ヨウ素131の計測値など、データが十分でないとも言われるなか、正確なリスク評価は可能なのか。

【A5】 この点についても、問題は2つある。まず、被ばく線量が正確に分からないこと。そして、仮に十分なデータがあったとしても、低線量の発がんリスクを正確に推定できないことだ。つまり、線量自体についても、線量がもたらす発がんリスクについても不確実性が残る。住人への長期的リスクの推定は、簡単にはいかない。

  ただ、個人ががんになる自然のリスクに比べたら非常に小さいということは言える。

【Q6】――研究は、外部被ばくと体内被ばくを混同しているという声もある。

【A6】 そうは思わない。被ばくで最も問題になるのは放射性ヨウ素とセシウムだが、放射性ヨウ素は体内被ばくであり、セシウムは体内被ばくと外部被ばくの両方だ。双方からリスクを分析するのは容易ではないが、今回の調査は、可能な範囲で首尾よくやっていると思う。

  繰り返すが、低線量被ばくのリスクは、はっきり解明されておらず、影響を測るのは難しい。だが、リスクがないわけではない。今回の発表は、その点で、やや紛らわしいという感は否めない。そうは言っても、低線量による個人の発がんリスクの上昇が非常に小さいことを考えると、報告書案の要旨は、科学的に見て妥当だと思う。

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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト

東京都出身。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。現在、『週刊東洋経済』『週刊エコノミスト』『ニューズウィーク日本版』『プレジデント』などに寄稿。ラジオの時事番組への出演や英文記事の執筆、経済・社会関連書籍の翻訳も行う。翻訳書に『私たちは"99%"だ――ドキュメント、ウォール街を占拠せよ』、共訳書に 『プレニテュード――新しい<豊かさ>の経済学』『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』(いずれも岩波書店刊)など。マンハッタン在住。 www.misakohida.com