報告書vs研究官/産経vsWSJ―尖閣に対し中国の軍投入予想報道

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 「人は、自分の信じたい情報を信じる」と言う。希望的観測・願望的予想が「予断」となって情報を取捨選択してしまう、と言う事はままあるだろう。
 だが、それによって誤判断を惹起してしまう事は避けねばならない。ことが国防などのような国家の危急存亡に関わるようなことならば尚更だ。であるからして、自分の考え、推定、希望、願望とは異なる、「耳の痛い」「都合の悪い」情報にも耳を傾け、目を向けなければならない。「国防上の誤判断」となれば、それこそ一国の存亡にさえ関わるのだから。

 以下に掲げるは、尖閣を巡る大陸は支那の中国共産党政権の対応予測を報じた、産経とWSJの記事。見出しだけからすると、「同じ防衛研から全く異なる見解が出て来た」かの如く読める。それは私の早とちりだった訳だが、さて、私は何をどう早とちりしたのか、先ずは問題の2紙の記事、篤とご覧あれ。

転載開始=========================================

① 中国、尖閣など海洋権益で「軍投入の可能性高い」 防衛研報告書
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121219/plc12121905070006-n1.htm
2012.12.19 05:07 [尖閣諸島問題]
 防衛省のシンクタンク、防衛研究所は19日付で中国の人民解放軍と政府部門の政策調整に関する「中国安全保障レポート2012」を発表した。沖縄県・尖閣諸島周辺海域や南シナ海に監視船を派遣する国家海洋局などと軍の「連携が進展している」と分析。海洋権益をめぐり、中国は「軍を投入する可能性が高い」と指摘した。

同レポートは昨年の「2011」版で、中国の軍事力が東シナ海でも向上すれば「南シナ海で見せている強硬姿勢を取り始める可能性が高い」として、中国海軍の動向を注視する必要性を強調していた。今年は初めて「軍の投入」まで踏み込んで警鐘を鳴らした。

レポートは、周辺諸国が中国との係争地域に軍隊を派遣すれば、国家海洋局などが実施している権益擁護活動への支援として「人民解放軍が運用される可能性が高い」と分析。周辺諸国としては「軍が投入される状況も想定した上での対応が必要」と強調している。


② 中国、尖閣諸島でエスカレート回避の意向?防衛研
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324222904578188163448999332.html?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesFirst

【東京】日本の防衛省のシンクタンク「防衛研究所」の増田雅之主任研究官は18日、日本が支配する尖閣諸島の周辺海域に中国が最近、船舶を派遣していることについて、日本による尖閣諸島の「実効支配」をやめさせるための長期的な戦略の一環だと述べた。しかし同時に、緊張が劇的に高まるのを避けるため、中国当局が監視活動を調整しているとも指摘した。


尖閣諸島の周辺を航行する中国の監視船と海上保安庁の巡視艇(9月)
東シナ海での中国の最近の動き、例えば日本の領土の近海への船舶派遣の背景には、中国政府が尖閣諸島(中国名は釣魚島)の領有権を主張しようとしていることがある。二国間の緊張が高まるなか、日本では安倍晋三自民党総裁が次期首相に選出されることが確実だ。同氏は最近領有権問題について沈黙しているものの、これまで中国に対して強硬な発言をしている。


増田研究官は、中国に関する年次報告発表にあたり同日、記者会見して、中国は長い間、日本による尖閣諸島の実効支配をやめさせようと試みていると述べた。


ただし同氏は、日中間の緊張が一段と高まる確率は非常に低いと述べ、その理由として中国政府が日本と敵対するリスク、そして潜在的には米国と敵対するリスクを理解していることを挙げた。観測筋は、その代わり中国は日本を刺激して係争水域でどう対応するかをみていると指摘している。安倍氏は日本の自衛隊の戦闘能力を拡大・強化する方針を掲げている。


日本政府は先週、海上保安庁の巡視船が魚釣島の南方15キロメートルの上空で中国当局の小型機の侵犯を確認したのを受け、8機ないしそれ以上のF-15戦闘機を派遣た。


増田氏は、最大のリスクは中国の監視船の増強にあると述べた。同氏によると、中国は現在1000トン級の監視船を28~29隻保有しているが、2014~15年までにあと20隻増やす計画だという。


同氏は、個人的に日本の海上保安庁も監視能力の強化に真剣に取り組まなければならなくなると考えており、そうしなければ力のバランスが中国に有利な方向に傾くだろうと警告した。


さらに、中国が軍を動員するとは予想していないと述べた。また、同国は人民解放軍(PLA)を動員するような事態にならないように情報をコントロールしようとしていると思うと指摘した。


増田氏は、中国が 軍を警察部隊が支援する合同演習を行ったことについて、南シナ海や尖閣諸島周辺などの水域に他国が軍事的に関与してくるという緊急事態に備えた演習なのかもしれないとの見方を示した。


=================================転載完

「防衛研の公式見解」は「報告書」の方だろう


 さて、如何だろうか。

 私が「早とちり」した理由は、ほぼ自明であろう。上掲①産経記事の方は、「防衛研の報告書」として、

産1〉 周辺諸国としては「(中国)軍が投入される状況も想定した上での対応が必要」と強調している。

と報じている。

 これに対して、上掲②WSJの記事は、防衛研・増田雅之主任研究官の同報告書発表に際する記者会見の記事で、

W1>  さらに、中国が軍を動員するとは予想していないと述べた。
W2> また、同国は人民解放軍(PLA)を動員するような事態にならないように情報をコントロールしようとしていると思うと指摘した

と報じている。

 上掲①、②両記事のタイトルになり、私に「相反する情報」と誤解を与えたのは「尖閣諸島を巡って中国が軍を投入すると予想するか否か」と言う点であり、上掲①産経は「報告書を基に軍投入があり得ると考えるべき」と報じ、上掲②WSJは「増田研究官の記者会見を基に軍の投入は予想されない」と報じている。両紙とも「防衛研情報」ながら、産経は報告書を、WSJは研究官の会見と、「別の情報源」に基づくから、「相反する情報」であるのは、異とするに足らない。即ち私の「早とちり」である。

 だが、疑念は残る。

 疑念の第一は、「防衛研の報告書と研究官会見の齟齬」である。無論、防衛研には多数の研究官が居られるだろうし、その中にはいろんな意見があり、「中国軍投入の可否」について意見が分かれることだってあるだろう。無ければ不思議だ。だが、上掲①・上記産1>で報じられるとおり「(中国)軍が投入される状況も想定した上での対応が必要」と報告する報告書に関する記者会見で、一研究官が上掲②・上記W1>「中国が軍を動員するとは予想していないと」と明言・公言してしまうと言う事は、良く言えば「バランスを取った」とかナントカ評せ様が、平たく言えば「報告書の信憑性を落とした」「報告書の主張を薄めた/弱めた」と言う事である。無論、因果律からいえば、先に報告書が完成し、提出されたのちに記者会見であろうから「修正した」なんて言い方も出来そうだ。が、「なんだってそんな齟齬を生じさせているんだ」と言う事になる。これが上掲②が「WSJのインタビュー記事」であれば、「防衛研の中の恐らくは少数派にインタビューした/してしまった」と解釈し得るが、年次報告書提出に際する記者会見と言うのだから、「疑念」とせざるを得ない。

 疑念の第2は、「上掲記事①産経と②WSJの齟齬」である。両記事ともそれぞれの情報源に基づいて記事を書いたのだから、虚報でも誤報でもない、とは言え、「上掲①産経は増田研究官の記者会見に参列しなかったのか」或いは「上掲②WSJは防衛研の提出した報告書を読まなかったのか」と言う疑念である。
 前者は未だ可能性がある。産経は日本の全国紙とは言えマイナーな方だから、問題の記者会見に招かれなかった、あるいは参列しなかった可能性は、相応にありそうだ。
 後者は…いくらWSJ紙がアメリカの新聞とは言え、「記者会見の発言だけを取り上げ、報告書の方は目も通していない」と言うのは、新聞記者の風上にも置けないような勉強不足であろう。ソリャ記者会見の発言(※1)を聞く方が、相応に量もあろう(※2)報告書を読むより遥かに時間は短くて済むだろうが、それで済ますのは怠慢だろう。

 どちらにしても、上掲①と②別々の情報源に接しながら、片方しか取り上げないと言うのは、ジャーナリズムと言う観点からは、問題であろう。この場合、産経とWSJ、何れの方が罪が重いかと言うと、やはりWSJの方が罪は重い、と言わざるを得ない。先述の因果律からいえば、「記者会見の発言の方が報告書よりも新しい情報」ではあろうが、章題にもした通り「防衛研の正式な報告として、文書として出されたのは報告書の方」であるから、これを無視して記者会見の発言だけ取り上げる方が、より大罪だ。

 で…冒頭に述べた一般論に回帰する。

 「人は、自分の信じたい情報を信じる」と言う。
 上掲①産経は「(中国)軍が投入される状況」を「信じたかった」のではなかろうか。
 上掲②WSJは「中国軍は動員されない」と「信じたかった」のではなかろうか。
 その上で、我が国としては、上掲①と②両方を踏まえた上で、如何にす可きかと言うと、これはもう間違いなく「中国軍の投入は在り得るもの」として対応すべきである。

 それは、章題にもした通り「防衛研の公式見解だから」、で・は・な・い。

 その方が、我が国の安全保障上安全側だから」だ。

 増田研究官の「私見」に従った対応で済まして居ては(※3)、本当に人民解放軍が投入されたときに対処のしようがなくなる。
 報告書の「公式見解」に従った対応をしておれば、少なくとも人民解放軍が投入されたときに対処のしようがある。その「対処」が、たとえ「武力衝突」や「日中開戦」であろうとも。

 武力衝突・開戦は、衝突回避による敗戦=不戦敗よりも、遥かにマシなのだから。

 Parabellum! 戦いに備えよ。


<注釈>


(※1) ひょっとすると、英語の記者会見 

(※2) 多分、日本語のみの 

(※3) 尖閣諸島に限らず、従来の対中国対応は基本的にこの線だった訳だが。