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私は日本人だから、黄色人種に属している。「黄色人種の肌の色」ったって、色白から色黒さらには日焼けや化粧によるBlack Beautyやらガン黒(死語?)まで幅があるのだが、日本周辺諸国を黄色人種が占めている事(*1)や、合法不法を含めた「異人」は未だ私の周辺には少ない事もあり、あまり「肌の色」を気にした記憶が無い。これが実は相当に大した事である、と言うのは20世紀は前半、大東亜戦争以前の旅行記なんかを読むと明らかなのだが(*2)、世界ではいまだそんな「ありがたい状態」にはない地域・状況がある、つまりは「人種差別が問題となる」場合が有る事を、AFP通信は伝えている。
報じられるとおり、ディズニー新作のヒロインが「ラティーノ=ラテンアメリカ系」と発表されたのに「金髪碧眼」として描かれて批判を受け、製作者たるディズニー社は「ヒロインはラティーノではない」と公式発表してしまった、と言う報道。こんなことがニュースになるのは、「ディズニー映画のヒロインに、未だラティーノが居ない」と言うある種の「人種差別」があるから、らしい。
正直、私はディズニー映画について詳しくはないし、大して興味もない。アジア系ヒロインとしてムーラン、米先住民(*3)としてポカホンタスが居るってことぐらいは知っているが、どちらも見ようと言う気にもならない(*4)から、見た事もない。だが、「ディズニー映画のヒロイン」に全民族全人種が揃って居るなんて思えないし、期待も出来ない。故に、「ラティーノのヒロイン」が未だディズニー映画に登場しないのは、異とするに足らない。
だが、それを「異と」してしまう人たちが居る。だからこそ、ディズニー製作者の「ラティーノのヒロイン」情報に期待を寄せ、その期待が「金髪碧眼のヒロイン」によって「裏切られる」と、騒ぎになる。「実際のラティーノの中には金髪碧眼の人も居る。」と言う反論も、ディズニー自身が「ヒロインはラティーノではない」と否定してしまった以上、虚しいモノだろう。ディズニー映画に「ラティーノのヒロイン」が居ないと言う現状に変わりはない。
1〉「われわれ(ディズニー)のキャラクターは全て、ファンタジーの世界からやって来る。
2〉ときにさまざまな文化や民族の要素を反映しているかもしれないが、どれ1つとして現実世界の文化を代表しているわけではない」
と言う、報じられるディズニー側の主張は、ある意味「逃げ」ではあるが、少なくとも一面の真理だ。ポカホンタスにせよムーランにせよ、ミッキーマウスやドナルドダックと同じ「夢の国」の住人なのだから。その意味ではタイトルにもした通り、この「ラティーノのヒロイン」を巡る騒動は、「不毛な」ものでしかない。
だが同時に、「ディズニー映画にラティーノのヒロインが居ない」と騒ぐことは、悲しい事でもある。それは、①「ラティーノにもヒロインは居るのだが、ディズニー映画に匹敵するほどのメディアとして具現化していない」か……②「ラティーノにはヒロイン伝説が無い」か、何れかと言うことだから。前者①であれば、それは技術や資力だけの問題で、「これから頑張れば追いつくし、ディズニーほどのメディアでなければ具現化も可能」であるが、後者②は伝統・伝説の不足だから、某国の様に「後からでっち上げない」限りしょうがない。ソリャ中南米は先住民が文字を持たなかったから、文献資料には乏しかろうが、口伝や伝承ならば、ありそうなものだ。が、それを言うならば、某国なんざ、我が国以上に古い文字の歴史がありながら、ヒロイン、ヒーローなどの伝統・伝説は実にお寒い限りだな(*5)。
翻って、我が国のヒロインは、と言うと天照大神は「ヒロイン」と呼ぶにはチョイと無理があるが、大和武尊(ヤマトタケル)の妻として航路安全を願い自ら投身自決した弟橘姫(オトタチバナヒメ)までは遡れよう。ディズニー映画化はされていないだろうが、和月伸宏が健気にも可愛く描いていたぞ。
大和の国はまほろば
<注釈>
(*1) まあ、北方に白人国であるロシアがるのだが。(*2) それ即ち、我が国の大東亜戦争に於ける功績の一つなのだが。我らは戦争には敗れたが、人種差別の破壊と言う点では相応に成功した。白人列強諸国相手に、近代戦争を戦う事によって。「東亜侵略百年の野望」はこれにより一部なりとも「ここに覆った」訳だ。(*3) 昔で言うところの「アメリカインディアン」。この呼び方が「差別的だ」と言う理屈は判らないではないが、「西インド諸島」よりはマシだろう。第一、日本語で「インディアン」と言ったら、「アメリカ」なんぞ付けなくても米先住民を指し、「インド人」は指さない。(*4) さらに言えば、「ポカホンタス」なんざぁ、ある意味「歴史の捏造」だ。当時の白人で米先住民を人間扱いする者なんぞ、皆無に近いのが史実だ。なまじっか下敷きにしている史実があるだけに、映画「ポカホンタス」が史実かの如く思わせてしまう分、厄介だ。(*5) 「私が知らないだけ」と言う可能性を認めつつ。