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 東京新聞と言えば、その度し難い脱原発原理主義により当ブログで取り上げる事が多い新聞社であるが、時には、「カンボジア国籍を取得しての五輪出場を企てた/企てただけに終った」猫ナントカと言う芸人に対する見解のように、私も首肯出来る主張をなすこともある(*1)。だから、「東京新聞の主張だから、即座に私の主張とは相容れない」と言う事は無い筈である。それを言うならば「私の主張と尽く相容れないような相手」、「アンチZero」とでも言うべき存在もそうそうある訳ではないが(*2)。
 
ではあるが、そこは「脱原発原理主義」と言う、飛ぶ鳥落とす勢いかも知れないが「福島原発事故を経て尚原発推進論者」を自認且つ公言する私とは天と地ほども乖離がある主張を為す東京新聞社説様である。香港の「中国返還15周年」に事寄せて書かれたこの社説も、大いに「斬り甲斐のある」、つまりは「私の考えとは大変異なる」主張となっている。

先ずは東京新聞社説、即ち東京新聞公認の主張(*3)、御一読願おうか。
 

<注釈>

(*1)  主旨不明瞭―毎日社説「猫ひろしと五輪」を斬る! http://www.blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/36973686.html 
 
(*2) 心当たりは、無いでもないが。それはそれで、貴重な存在ではある。 
 
(*3) 社説を「新聞社の存在理由の少なくとも一半」と断じるのは私の主張にしか過ぎないから、新聞社に拠っては社説を相当軽視していたとしても不思議は無い。また、そんな「軽い」社説が散見されるのも事実だ。これは、私に言わせれば「新聞社の存在理由の否定ないし軽視」であり、「新聞社の自殺に他ならない」と断じるところだが、あくまでも「私に言わせれば」だ。
 また、新聞社に「自殺する自由がある」と言うのも、その通りと首肯せざるを得ない。 
 
転載開始=========================================
【東京社説】香港返還15年 真珠の輝き失わせるな 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012070402000140.html
2012年7月4日

香港に対する「一国二制度」が形骸化している。中国は、返還後五十年にわたって高度な自治を保証すると約束した。だが、香港住民による自治よりも、香港の大陸化がどんどん進んでいる。
一九九七年の香港返還から十五年が過ぎた。香港のタクシー運転手は最近、「英語より北京語を話す機会が多い」と話す。
英国植民地だった香港では、広東語や英語が広く使われていた。香港政府の昨年の
調査では、北京語の普及率が英語を抜き、広東語に次いで二位に浮上した。
人口七百十万人の香港に昨年、中国大陸から二千八百万人余が訪れた。返還当時の約十二倍だ。
中国の経済発展を追い風に、香港は対中ビジネスの窓口や国際金融センターとして成長を続けた。対中依存度は高まるばかりだ。
一方で、影の部分も大きい。
最近の世論調査によると、過去最高の32%が「中国政府に反感を持つ」と答えた。返還記念日の一日、香港では四十万人が大規模なデモをした。「一党独裁の終結」などを訴えた。
香港の住民は、社会の自由が失われつつあると感じている。三月の香港行政長官の選挙に中国が介入し、親中派の候補が当選した。外交と国防以外に干渉しないとの約束は反古(ほご)にされたのか。
報道の自由の制限も強まっている。かつて「香港情報」という言い方があった。玉石混交ではあるが、権力を恐れぬ取材で中国の内実を鋭くえぐった報道だ。
だが、民主化運動の弾圧を批判してきた月刊誌「九十年代」は返還後に休刊となり、香港メディアには大陸寄りの論調が目立つ。
「一国二制度」は、中国が将来の台湾統一を念頭に考え、香港やマカオで実践した。自由や民主を尊重する「港人治港」(香港人が香港を治める)がなし崩しにされるなら、国際社会はこの社会実験を支持できないだろう。
香港の民主は色あせつつある。それでも中国人は大陸より自由があると感じている。
子供に香港永住権を取らせるための越境、出産の増加が、それを物語る。
五年後に、有権者が長官を直接選ぶ普通選挙に移行する。中国は選挙に干渉せず、本当に自由な選挙を実現すべきだ。香港の人たちも、自らの手で本物の民主を取り戻す好機としてほしい。
東洋の真珠といわれた香港。民主主義の後退で、その輝きを失わせてはいけない。
=================================転載完了

香港の「真珠の輝き」は、「失われる」ものではない。「奪われる」ものだ。

 さて、如何だろうか。

一読すれば明らかだろうが、ここで東京新聞が「香港の真珠の輝き」としているのは、「民主主義」とそれを裏付ける「自由」、なかんづく「言論の自由」の輝きである。
 
1>  香港に対する「一国二制度」が形骸化している。
2> 中国は、返還後五十年にわたって高度な自治を保証すると約束した。
3> だが、香港住民による自治よりも、香港の大陸化がどんどん進んでいる。
 
と、仲々扇情的な、且つ珍しいぐらいに「私好みの」書き出しで、当該東京社説は始まる。中国共産党政権が香港返還時に約した「一国二制度」の形骸化と、「香港の大陸化」に言及し、その具体的内容も以下のように伝える。

4>  香港の住民は、社会の自由が失われつつあると感じている。
5> 三月の香港行政長官の選挙に中国が介入し、親中派の候補が当選した。
6> 外交と国防以外に干渉しないとの約束は反古(ほご)にされたのか。
7>  報道の自由の制限も強まっている。
 
即ち、当該東京新聞社説は、香港に於ける「社会の自由の喪失」を嘆じ、報道の自由制限に警鐘を鳴らす。それら自由が、民主主義と言う香港の「真珠の輝き」に直結しているが故に。その自由が「失われつつある」香港の現状を悲憤慷慨する・・・・・・ここまでは、東京新聞社説には珍しいぐらいに私も首肯出来る処なのだ。無論前述の通り東京新聞コラムの「猫ひろしカンボジア国籍取得問題」に対する態度も同様に首肯出来たから、「東京新聞社説だから、自動的に私(Zero)の主張に反する」訳ではないのであるが。

だが、そんな私と東京新聞社説が共有する「香港の失われつつある自由と民主主義」と言う現状認識と現状評価にも拘らず、そこから導出される「現状に対する打開策」は、私と東京新聞社説の間を大きく隔てるものである。
 
何しろ東京新聞社説の主張する「現状に対する打開策」は、当該社説の締めとなっている以下の部分でしかないからだ。

8>   五年後に、有権者が長官を直接選ぶ普通選挙に移行する。
9>  中国は選挙に干渉せず、本当に自由な選挙を実現すべきだ。
10> 香港の人たちも、自らの手で本物の民主を取り戻す好機としてほしい。
11>  東洋の真珠といわれた香港。民主主義の後退で、その輝きを失わせてはいけない。
 
 これに対する我が「現状に対する打開策」を開陳する前に尋ねたいのだが・・・気は確かか、東京新聞社説。貴紙は当該社説の中ほど、上記5>で大陸は中国共産党政権が香港行政長官選挙に介入している事を述べたばかりではないか。香港メディアの論調が大陸=中国共産党政権に支配されている事にも、同じ社説で触れている。これ即ち大陸=中国共産党政権による言論統制と選挙干渉を目の当たりにしながら、上記9>「選挙に干渉せず、本当に自由な選挙を実現すべきだ。」と、その言論統制と選挙干渉の張本人たる「民主主義の敵」中国共産党政権に要求すると言うのは、強盗に「盗みは良くない」と説教たれる様なものではないか。
 
況や、返す刀で上記10>香港の人たち」に「自らの手で本物の民主を取り戻す好機としてほしい。綺麗事だけ抜かすとは、いかに新聞が言論ばかりを扱う「口舌の徒」に過ぎないとは言え、無責任が過ぎるか、言論の自由と民主主義を「要求さえすれば手に入る物」と甘く見ているのではないか。
 
天安門事件で自由と民主主義の欠片を求めた中国学生は、戦車に蹂躙されたのだぞ。忘れたのか。忘れているのに違いないが。

天安門事件を「過去の事」と片付けることが百歩譲って出来たとしても、失われつつある「香港の真珠の輝き」=自由と民主主義は今そこにある現実であり、その失われつつある「真珠の輝き」さえ大陸には無いが故に「香港への越境、出産の増加」に同じ社説で触れながら、大陸=中国共産党政権の「自制」を求めるのみとは。

その他力本願は、当該社説タイトルにも現れている。「真珠の輝き(=香港の自由と民主主義)を失わせるなと、まるで香港が自らの意思で「真珠の輝き(=香港の自由と民主主義)」を放棄しているかのように読める。だからこそ「放棄するのを辞める」だけで「「真珠の輝き(=香港の自由と民主主義)」を確保できるかのごとく説いている。
 
 違う。

香港の真珠の輝き、香港の自由と民主主義が、英国統治時代には確固してあったのに「香港返還15年」にして失われつつあるのは、それが大陸=中国共産党政権に奪われつつあるからだ。
 
その自由の簒奪者・民主主義の敵・中国共産党政権に対する「自制要請」如きで、「真珠の輝き(=香港の自由と民主主義」を取り戻せる、確保できると信じる奴は、少なくとも大間抜けだ。
 
僅かに目を転じれば、ダライ・ラマ14世が亡命したまま帰国する事すらままならぬチベットがあり、正に自由、ここでは主として宗教の自由=魂の自由をもとめて連綿と続く抗議の焼身自殺がある。チベットでの抗議の焼身自殺が後を絶たないのはほかでも無い、抗議の焼身自殺と言う非常手段にも拘らず、「チベットの自由」が手に入らないからだ。
 
故に、香港人が、「香港の真珠の輝き」=自由と民主主義を取り戻そうとするならば、その手段は「抗議の焼身自殺」程度では済まないだろう。「大陸・中国共産党政権からの自主独立」を目指すぐらいの、独立戦争を辞さないぐらいの、覚悟と行動が必要である。

即ち、私の提示する「現状に対する打開策」は、香港の「独立戦争を辞さないぐらいの、覚悟と行動」であり、「天安門事件の再現」である。尤も、「天安門事件の結果」まで再現しないように、より周到な計画が必要であろう。

他人事ではない。大陸=中国共産党政権は中華民国(台湾)の併呑を公言しているばかりではなく、尖閣諸島から沖縄まで「核心的利益」と公言をはじめ、侵略宣言をなしている。而して、「一国二制度」の実態は「香港返還15年」にして斯くの如しであれば、「大陸併合後の台湾」の運命も推して知るべし。

況や、「東洋鬼」なる蔑称まである我が日本が併呑された日には、何が起こるかは想像に難くない。否、想像する事さえ拒否したくなる。

端的に言って、「香港の真珠の輝き=自由と民主主義」が奪われるか否かは、香港人の覚悟による。香港人が「真珠の輝き」よりも「経済的利益」を優先し、大陸に併呑されると言うならば、それは香港人の勝手だ。

だが、私は、我が国の自由と民主主義を、大陸に奪わせる心算は無い。
 言うまでも無いが、ここで言う「我が国」には、沖縄も尖閣諸島も、勿論含まれる。