ロボットの“つかみ方”の技術革新で自動化を促すベンチャー企業 http://jp.wsj.com/IT/node_460624
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「クーロン力」と呼ばれる事もある静電気力は、実は相当強力な力である、と言うのは、確か「ファインマン博士の物理」にあるところ。こすった下敷きで髪の毛を逆立てたり、紙片を吸い上げたりする程度の「理科の実験」からは想像し難い処だが、逆にその程度の静電気力で「地球による重力」に逆らえてしまうのだから、「侮り難い」とは言いえよう。
WSJ紙が報じるは、その静電気力を利用した「グリッパー」即ち「ロボットの手」が、ロボット産業を格段に普及させるのではないか、と言う期待に満ちた記事。
1> 高分子材料の表面に微細な電極を形成し、隣同士の電極を交互にプラスとマイナスに帯電させると、
2> それに付着するものとの間に静電気が発生し、互いに吸い付き合う。
3> 静電気を使ったつかみ装置はこれまでにもあったが、
4> SRIの技術の利点は、薄い高分子のフィルムを使うため、どんな形のものでも持ち上げられるフレキシブルなグリッパーを実現できることだ。
5> この技術は電導性の有無など素材の性質によらず、ガラスやプリント基板、菓子袋などなんでも吸着させることができる。
6> 同CEOがデモで見せてくれたグリッパーは高電圧で、ガラスもプリント基板も木材も持ち上げられたが、
7> 実際にはつかむ対象物によって高分子の種類と使用電圧の組み合わせを最適化する。
8> その組み合わせを変えることで、たくさんの物の中から選択的に物体をつかむことができる
静電気力で吸着するのだから、「つかむ」=「持ち上げて動かす」形状は相当に自由ではあろう。だが、私が真っ先に疑問に感じたのは、「静電気力で、金属が持ち上がるか?」である。
グリッパーの表面にある高分子膜を帯電させて、持ち上げるべき物体に近づける。物体の表面に帯電したグリッパーとは逆の電荷が誘電されて、静電気力が吸引力として働く。此処までは、物体の導電性に関わらず同じだろう(*1)。
だが、グリッパーが物体に触れてしまったら。導電性の高い金属表面の電荷は忽ちグリッパー高分子膜上の逆の電荷に吸引されて、電荷が中性化してしまう。そうなると静電気力は失われ、吸引力はなくなる。折角グリッパーが「つかんだ」金属物体は、落下してしまう・・・・筈だ。
手は、あるのかもしれない。何しろ上記5>「電導性の有無など素材の性質によらず」「なんでも吸着させることができる」 と公言されているのだ。この新型グリッパーで産業用ロボットの飛躍的普及を目論むぐらいなのだから、世の工業製品の相当部分を占める金属部品を扱えない筈がない。無論、グラビット社CEOのチャーリー・ダンチョン氏が詐欺を働こうとしているのでなければ、だが。
9> 同CEOがデモで見せてくれたグリッパーは高電圧で、ガラスもプリント基板も木材も持ち上げられた
と報じられるとおり、「デモで見せてくれた」のは「ガラス」「プリント基板」「木材」と、導電性の低い物体ばかりである。私としては眉に唾つけざるを得ない。
だがまあ、そこはダンチョンCEOを信用して、この新型静電グリッパーが「高電圧で何でも持ち上げられる」としよう。果たしてこの新型グリッパーは、産業用ロボットを飛躍的に普及させる物だろうか。ダンチョンCEOが期待するように。
私はこれにも懐疑的にならざるを得ない。理由はタイトルにもしたところだが、静電気だとか、高電圧だとかを原理的に避けねばならない物体があるから。そうした分野にはこの新型グリッパーは不向きだから。
タイトルにもした通り、電子機器、電子部品なんてのはその一例だ。人間が手で組み立てる際にも、静電気を嫌って人体をアースして作業する部品、ICやLSIなどをこの新型グリッパーで扱う事は、少なくとも相応のリスクを伴う(*2)。ひょっとすると原理的に不可能だ(*3)。ああ「持ち上げる事」だけなら出来る。問題は、高電圧による電流が流れたら、電子機器・電子部品は壊れてしまう事だ。
従って、元々壊れている物や壊れても構わない物を扱うのは、喩え電子機器・電子部品であってもこの新型グリッパーで構わない。報道記事にもあるような「ゴミの分別」に使うには好適と言えよう。
どうもこの報道記事を書いている影木准子(かげき・のりこ) 女史は、相手の言う事を鵜呑みにしてしまう傾向があるようだ。今回の新型グリッパーを手放しで賞賛しては、北海道大学工学部の名が泣こうと言う物だぞ。
<注釈>
(*1) どれぐらいの電荷が誘電されるかは導電性が関わるから、吸引力そのものは、グリッパーとの距離と共に導電性が影響する。(*2) 下手をすると、この新型グリッパーで「持ち上げ、組み立てる事は出来るが、電子部品は破壊してしまう」と言う事になる。それでは役に立たない。
(*3) 先述の通り、何らかの方法で「金属部品も持ち上げる事が出来る」のならば、「高電圧で誘電させた電気力を利用しつつ、電流として流させない」方法があるのかも知れない。そうであれば、「静電気に弱い部品をこの新型グリッパーで扱う」事も、原理的には可能かも知れない。