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タイトルにした「ダブルシンク」と言う言葉には解説が居るだろう。食器洗い槽が二つある流し台の事ではない。そりゃSinkだろう。「ダブルシンク」は「Double Think」。訳せば、「二重思考」とでもなろうか。ダブルスタンダード=二重基準の究極形で、「基準が二重であるということさえ意識せず、自動的に無意識に適用する二重基準」と言う事が出来る。元はジョージ・オーウエルのデストピア(反理想郷)小説「1984」に登場する用語だ。
普通は誉め言葉ではない。否、それどころか、言説、思想、凡そ知性と理性を基にする諸々の活動に対し「ダブルシンク」と評する事は、痛烈な批判に他ならない。
閑話休題(それはさておき)
言うも更ナリだが、私と今回俎上に上げる琉球新報との間には、海よりも深く山よりも高い乖離がある。だから、大概のことでは驚かないようになったて居るのだが、正直なところ今回の社説には少なからず驚いた。
何に驚いたかは、後ほど縷々述べるとして、先ずはその琉球新報社説を、御一読願おうか。
閑話休題(それはさておき)
言うも更ナリだが、私と今回俎上に上げる琉球新報との間には、海よりも深く山よりも高い乖離がある。だから、大概のことでは驚かないようになったて居るのだが、正直なところ今回の社説には少なからず驚いた。
何に驚いたかは、後ほど縷々述べるとして、先ずはその琉球新報社説を、御一読願おうか。
転載開始=========================================
琉球新報社説 クラーク基地跡 跡地再開発の知恵学べ
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-184602-storytopic-11.html
2011年11月29日 Tweet
基地返還が地域経済にもたらすプラスの効果の大きさは、時の経過とともに鮮明になるようだ。
フィリピンのクラーク空軍基地が返還され、20年がたった。
残された滑走路を資源として生かし、24時間離着陸できる国際空港の整備が呼び水となり、約20カ国・地域から進出した企業は千社を超えた。雇用は急増し、基地時代の数倍の6万人に伸びている。
クラーク地区は、同じルソン島中部にあるスービック海軍基地とともにインフラを生かした経済特区となり、フィリピンでも有数の投資受け入れ地として発展した。
クラークの活況は、跡地利用の制度を確立し、中長期の計画的な跡利用を進展させることによって、基地よりもはるかに高い生産性が獲得できることを証明している。
クラーク基地周辺では、基地依存から脱却を果たし、自信を取り戻したとする評価が定着している。
沖縄社会も基地返還を見据えた将来像を明確に描き、クラーク再開発の成果を基地跡利用に果敢に取り組む糧としたい。
1991年6月にピナツボ火山が大噴火し、火山灰が基地を埋め尽くした。フィリピン上院は3カ月後、米軍の比駐留延長を認める条約の批准を審議した。米国と国内の保守派が「基地がないと経済がつぶれる」と圧力をかけたが、上院は基地存続ノーを選択した。
在日米軍再編に伴う大規模な基地返還が待ち受ける沖縄では、基地従業員や地料収入が途絶える軍用地主の不安の声もある。
こうした状況は、クラークと似通う。1990年代は職を失った基地従業員らの雇用不安が前面に出て、跡利用による雇用効果にはあまり光が当たらなかった。
だが、企業誘致を担う開発公社の設立や固定資産税免除などの優遇措置が奏功して世界中から企業が進出した。スービック海軍基地跡地には韓国有数の造船会社が造船所を建設し、今後の雇用規模は2万人に上るという。
嘉手納飛行場の倍の4千ヘクタールある広大なクラーク基地跡地だが、進出予定企業が増え続け、土地が不足する状況になっている。
企業を誘致し、住民生活を向上させる綿密な制度設計と比例して、基地跡の経済効果は確実に高まる。
県が求める跡地利用新法や跡地への企業集積にも、クラークの大胆な発想を取り入れたい。
=================================転載完了
思考停止はダブルスタンダードへの第一歩である
さて、如何であろうか。
先述した「ダブルシンク」の意味を理解し、当該琉球新報社説にその「ダブルシンク」を見出すならば、それ以上付け加える事は私には殆どない。ダブルシンクとは先述の通りダブルスタンダードの究極形であり、小説「1984」では恐るべき真理省による徹底した洗脳の結果なのであるから、左様な状態に陥った琉球新報の知的怠惰を糾弾すると共に、哀れむばかりだ。
が、中には、当該琉球新報社説にその「ダブルシンク」を見出せない人もあろう。喩えば、当該社説を書いた琉球新報記者なんかはそうであろう。(*1)
あえて要約するならば、当該社説配下のことを述べている。
(1) フィリピンのクラーク基地は返還されれて20年を迎え、国際空港として賑わっている。
先述した「ダブルシンク」の意味を理解し、当該琉球新報社説にその「ダブルシンク」を見出すならば、それ以上付け加える事は私には殆どない。ダブルシンクとは先述の通りダブルスタンダードの究極形であり、小説「1984」では恐るべき真理省による徹底した洗脳の結果なのであるから、左様な状態に陥った琉球新報の知的怠惰を糾弾すると共に、哀れむばかりだ。
が、中には、当該琉球新報社説にその「ダブルシンク」を見出せない人もあろう。喩えば、当該社説を書いた琉球新報記者なんかはそうであろう。(*1)
あえて要約するならば、当該社説配下のことを述べている。
(1) フィリピンのクラーク基地は返還されれて20年を迎え、国際空港として賑わっている。
(2) 残された滑走路を資源として生かし、24時間離着陸できる国際空港とし、約20カ国・地域から進出した企業は千社を超えた。雇用は急増した。
(3) クラーク基地は、基地依存から脱却を果たし、自信を取り戻した見本である。
(4) 県が求める跡地利用新法や跡地への企業集積にも、クラークの大胆な発想を取り入れたい。
此処には明記していないが、上記(4)で琉球新報社説が念頭に置いているのは、沖縄は普天間基地と見て先ず間違いなかろう。つまり普通に考えれば当該社説は「普天間基地跡地をフィリピンのクラーク基地と同様に国際空港化して有効利用しよう。そうすれば普天間基地よりも雇用は増えてばら色の未来が待っている!!」と言う、誠に勇ましい社説という事になろう。
その普天間基地の移設を鳩の尻馬に乗っかって「ケンガイダァコクガイダァ」とアホダラ経を唱え、「辺野古移設は無理だ」と事ある毎に主張して、私に言わせれば「普天間基地の継続使用以外選択肢のないように陥れている」張本人が沖縄二紙であるというのに、「普天間基地跡地利用」とは獲らぬ狸の皮算用と言うか、盗人猛々しいと言うか、厚顔無恥と言うか、なんとも菅とも言いかねるのだが、それは置こう。それは、ダブルスタンダードでもダブルシンクでもないのだから、今回は、置こう。
問題は、フィリピンはクラーク基地の今の繁栄を絶賛する次の一節だ。
1> 残された滑走路を資源として生かし、24時間離着陸できる国際空港の整備が呼び水となり、
2> 約20カ国・地域から進出した企業は千社を超えた。
上記1>「24時間離着陸できる国際空港」 に24時間離着陸するのは、国際線の旅客機及び貨物機であり、その相当部分はジェット多発機の筈であり、賭けても良いが米海兵隊のMV-22オスプレイなんぞよりはるかに騒音が大きい筈である。しかも「24時間離着陸」ある以上、「24時間離着陸できる国際空港と化した普天間基地」の騒音被害は、今現在よりも、MV-22が本格配備された後よりも、さらに酷くなるのは明白だ。その事に、気づかないのはダブルシンクだろう(*2)。
その事に気づいていて、「それは雇用を生んでくれる民間機であって軍用機でないから甘受できる」と言うならば、ダブルスタンダードに罪は軽減されようが、「子供達の笑い声がかき消された」だの「虫の鳴く声を返せ」だのの「普天間基地騒音被害」を根拠としての基地反対と言うのは、全くのでたらめであったと自ら認めている訳だ。それとも、沖縄の虫は賢くて軍用機と民間機の音を聞き分け(*3)、民間機の音には黙らないとでも言うのだろうか。そうであっても「虫の声が飛行機の騒音でかき消される」事に変わりはあるまいに。
以上のダブルスタンダード若しくはダブルシンクの罪に比べれば、可愛いものだが、当該社説は他にも「まともな社説にあるまじき」罪をおかしている。例えば、次の一説だ。
3> クラークの活況は、跡地利用の制度を確立し、中長期の計画的な跡利用を進展させることによって、
4> 基地よりもはるかに高い生産性が獲得できることを証明している。
商業目的の国際空港の生産性が、軍事基地以下であったら、それこそ大失敗で責任問題あろう。軍事基地が雇用を生むのは副次的効果に過ぎないのであるから、「地元に対する雇用の創出」だけで比較するの卑怯若しくは意味が無い。少なくとも、公平な比較とはいえず、一面的な比較でしかない。まぁ、琉球新報に、軍事基地、なかんづく米軍の軍事基地を正当にまともに評価しろと言っても、ルーピーに正直と常識を求めるのと同じぐらい虚しい事か。
況や、当該社説で琉球新報自身が認めているのだ。
5> 1990年代は職を失った基地従業員らの雇用不安が前面に出て、跡利用による雇用効果にはあまり光が当たらなかった。
なんとも巧妙な言い回しだが、「雇用効果にあまり光が当たらなかった」も何も、実際に新たな雇用が生まれているのなら、「職を失った基地従業員らの雇用不安」なぞ生じるはずがないではないか。それが「前面に出た」理由は、私の想像力の及ぶ限りタダ一つ。
「フィリピン、クラーク基地返還当初は、基地がなくなったことによる雇用減少が、返還による雇用創出を上回っており、実際失業者が増えた。」しかない。
それに気づいている(筈(*4))のを上記5>の様な婉曲表現でごまかし、返還20年目の今の元クラーク基地の栄華を讃えてしまえるのは、ダブルスタンダードでもダブルシンクでもないが、恣意的な思考停止であり、「偏った物の見方」に他ならない。それは、上記5>の表現から明らかだ。
もう何度書いたか判らないが、私は、新聞の社説は新聞の顔にして、新聞の存在理由の、少なくとも一端を担っていると考えている。これは私の私見に過ぎないが、「社説は新聞の顔」と言う点では異論を唱えるものも少ないだろうと考えている。
故に、琉球新報に問おう。
こんな間抜け面が、琉球新報の顔か、と。
その間抜け面故に、琉球新報の存在理由である可能性は、高そうではあるが。
<注釈>
(*1) それともハナッからダブルシンクであると自覚しているのだろうか。であるならば、それは知的怠惰ではないかも知れないが、新聞記者としては立派な職務放棄だろう。ま、新聞記者と言う自覚さえないのならば、何をか言わんや、であるが。(*2) ああ、「普天間国際空港は24時間空港にはしない」と言う逃げ道があるか。だがそれは「クラーク基地返還を手本に」と言う当該社説と矛盾するぞ。それでも、離発着時間帯の騒音はMV-22を上回る事請け合いであるが。(*3) 「どうやって」と言うのは置こう。国籍識別マークか迷彩塗装を遠目で判定しているか、無線を傍受しているかしないと無理だと思うが。(*4) 気づいていないならば、上記5>の表現は出て来ない筈だ。普通ならば、だが。