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 朝日新聞、琉球新報、沖縄タイムスは、押しも押されもせぬ赤新聞である、と言うのが当ブログ記事「社説比較」シリーズから得られた私の結論である。
 無論、朝日新聞が赤新聞である事は随分前から判っていたが、ネットが発達して琉球新報や沖縄タイムスなんてローカル紙の記事や社説が簡単に読めるようになったために、私の「赤新聞リスト」に新たな名前が加わった訳だ。
 であるならば、その赤新聞沖縄支部たる琉球新報や沖縄タイムスが「脱原発」を賞賛すれば、その兄貴分と恐らくは自覚しているであろう朝日新聞が、同じ主張をしないわけがない。
 
 事実主張しているのが、今回取り上げる朝日新聞社説「ドイツの決断-脱原発への果敢な挑戦」である。
 
 先ずは、ご一読いただこうか。
 
転載開始==============================================================================

ドイツの決断―脱原発への果敢な挑戦 

 http://www.asahi.com/paper/editorial20110608.html?ref=any
 ドイツ政府が「脱原発」の方針を閣議決定した。17基ある原子力発電所のうち8基をすぐに閉鎖、残り9基も2022年までに段階的に閉鎖する。
 世界の主要国の一つであり、欧州経済を引っ張る国である。原発という巨大なリスクを、徐々に取り除いていこうという決断は重い。
 もともと中道左派政権は02年に脱原発の旗を掲げていた。昨年秋、中道保守のメルケル政権は原発の運転期間の延長をいったん決めたが、今回の決定で元の路線に戻った。
 福島第一原発の悲惨な事故が、ドイツの脱原発への動きを後押しした事実は、改めて重く受け止めなければならない。
 朝日新聞の国際世論調査では、市民の8割以上が原発に反対し、7割近い人々が10年以内の原発閉鎖を望んでいた。 (*1)
 メルケル政権の決断は、この民意に沿ったものだ(*2)。右から左まで主要政党の足並みがそろったドイツは今後、政治や社会が一致結束して脱原発への歩みを早めることになろう。
 風力や太陽光、バイオマスといった再生可能エネルギーの普及に力を入れる。家屋の断熱性の改善などの省エネを進める。これが対策の2本柱だ。
 電力供給のうち原子力は23%を占めている。当面は天然ガスや石炭火力を増強しつつ(*3)、現在17%ある再生可能エネルギーによる発電の割合を20年までに35%に倍増させるという。
 風力発電地帯の北部から人口の多い南部への送電線をどう増設するか。電力料金の値上がりをどう抑えるのか。課題は山積している。 (*4)
 この国の強みは、脱原発への助走段階で実績をあげていることだ。電力の買い取り制度や送電線開放によって風力や太陽光発電の産業化を進め、新たな雇用と成長を生み出している(*5)。
 フランスやチェコなど周辺国と電力を融通しあう仕組みがあるが、その割合はごくわずかにすぎない。政府はエネルギー源を他国に依存しない方針だ。 (*6)
 メルケル首相は「未来への巨大なチャンスだ」と国民を鼓舞している。今後、脱原発への離陸に成功すれば、ドイツは21世紀の新しい文明と生活のモデルを示すことができよう。(*7)
 事情が大きく異なるとはいえ、ドイツの果敢な挑戦から日本は目を離してはなるまい。
 社会全体で熟議が積み重ねられてきたドイツに比べて、日本では、原発は国策だからという理由で政界も学界も思考停止に陥っていた。その呪縛をまず断ち切ることから始めよう。(*8)
==============================================================================転載完了
 

<注釈>

(*1) 「朝日新聞の国際世論調査」結果が信じられるなら、プラウダも人民日報も素直に読めるんだろうな。
 
(*2) と言う事は、先述の「朝日新聞の国際世論調査」は、ドイツ人を対象にした調査、なのだろうな。
 
(*3) つまり二酸化炭素排出量は増える、と。まあ、中国の排出量の前には、ドイツの二酸化炭素排出量が倍になったところで、たいした問題ではないが。
 
(*4) 端的に逝って、この一節は、「天然ガスや石炭火力、再生可能なエネルギーによる発電は、原発よりも高コストだ。」と言っている。その通りだろうな。
 
(*5) モノは言い様だな。「電力の買取制度」で「新たな雇用と成長を生み出している」とは、政府の補助金で風力・太陽光発電の経営を成り立たせている、と言う事。補助金が無ければ経営的に成り立っていない、と言う事だ。
 即ち「この国(ドイツの)強み」と言う「脱原発への助走段階での実績」とは、その補助金制度が既にあるということ。
 なるほど、「脱原発」と言う点では確かに「強み」であろうが、それが「より良きエネルギー政策」とは、私には思われない。
 
(*6) 「他国に依存しない方針だ」ッたって、一番クリチカルな電力消費ピーク時に他所から電力を持ってこられるから、「計画外停電」を起こさずに済むのだから、「その割合は極僅か」でもその影響は大きい。
 対する我が国は、島国であり、どこにもそんな電力は期待できないことは自明の理としても、その「僅かな電力輸入」が出来ない故に計画外停電が起きうるという視点は、全く無視されている。
 先ごろまで実施されていた東電管内の計画停電でさえ、実施率の低さにも拘らず、否、実施率は低いがために、「無計画停電だ」等と非難されたではないか。(計画通り停電されていたら、もっと文句が来ただろうし、もっと悪影響は大きかっただろうが。)
 
(*7) そのメルケル首相が「原発再開」を決断した過去の責任は問わないわけだな。イヤ、未来志向で結構なことだ。未来志向過ぎて、「過去の反省」がどこかに逝った様だが。実に都合よく、な。
 
(*8) 憲法9条や日本の安全保障、核兵器保有や核動力艦艇についても同様に、その呪縛を断ち切って欲しいモノだが、こちらの呪縛を嬉々としてかけ続けているのが朝日新聞ではないか。
 思考停止は私も嫌いだが、思考停止の恣意的選択は、もっと嫌いだ。それは、洗脳に他ならない。
 

一体どこが「果敢」なのか

 さて、如何であろうか。
 
 まどろこしい様だが、ちょいと立ち戻って、電力事業とは如何なるものか考察しよう。
 
 電力と言う物は、殆ど貯めて置く事ができず、一方で止める事は許されない。
 
 「電気を蓄電池に貯めて置く」ことは無論出来る。ノートパソコンやデスクトップパソコンの無停電電源などがやっているところであり、携帯電話やノートパソコンのバッテリーが示すように、蓄電池の技術の進歩は特に近年目覚しい物がある。だが、エアコンや冷蔵庫、テレビなどの大型家電製品を長い時間動かせるような蓄電池は無い。況や工場やプラントを動かせるような電力は、今あるような電池では賄えない。そんな大電力を現状で「貯めて置く」方法は、「揚水式水力発電で高い方のダムに水を上げて置く」ぐらいであるが、水力発電の中の揚水式発電所のみが可能な芸当であるから、蓄えられる電力は多寡が知れている。
 
 従って、現状の発電は、発電需要に合わせて、発電需要を見込んで、発電そのものを制御している。当然のことながら、そう言う発電力制御の自由度が高いのは、原子力と火力であり、水力がこれに次ぐ。「再生可能な新エネルギー」として注目の的である太陽光発電や風力発電は殆ど「出来高払い」で発電量はほぼ制御不能である。(*1)これの意味する所は、「脱原発で、原発なくして再生可能な新エネルギーへ」と言うスローガンは、スローガンとしては聞こえは良いが、全く実用性が無いと言うことである。相応の割合で制御できる発電力か、電力を蓄積する画期的方法が実用化されない限り、「再生可能な新エネルギー」は発電力の主流にすらなれず、現状の日本の原発が占める発電力である3割を新エネルギーに任せるなど狂気の沙汰だ。
 
 「電力を止める事は許されない。」と言うのは殆ど説明の要がなかろう。先頃まで東電らが実施していた計画停電が、ごく一部実施されただけであの大騒ぎである。況やどの地域がいつどれほどの期間停電するかわからない停電ともなれば、どれほどの影響がでるか空恐ろしいほどだ。而して電力需要に発電力が追いつかず、なかんづく全力運転の総発電力が電力需要に追いつかない事態となれば、どこかが必ず停電することになる。
 
 そんな発電力不足がドイツで発生する分には、地続きであり原発大国であるフランスなどから「余った電力を買って来る」ことが出来る。それを可能にする送電網も欧州にはある。だから、「その割合はごくわずかにすぎない。」外国からの買電が「停電を起こさずに済む」と言う非常に重大な意味を持つのであるし、今後ドイツが「脱原発」で原発を停止し「現在17%ある再生可能エネルギーによる発電の割合を20年までに35%に倍増させるという。」のならば、賭けても良いがドイツの買電量は今よりも増えることだろう。
 
 それでもドイツは買電することが出来るし、ドイツ以外の近隣国の発電量に余裕がある限り(*2)買電量を増やす事も出来る。それだけ気楽に発電量の制御余有を減らせるのであるから、「脱原発」を決断し、「再生可能な新エネルギーの普及を図る」のも、島国である我が国が決断するよりも遥かに気楽だ(*3)。それどころか、お隣のフランスがその電力の8割を原発で作っていて、足らない電力はそのフランスからも買うならば、これは「公害輸出」ならぬ『原発輸出』である。そりゃ『輸出』した『原発』の代金を受け取るモノではないが、章題にもした通り、一体その決断のどこが「果敢」なのか。
  
 ああ、電力コストが上がって、国際競争力が低下する恐れが多分にある「脱原発」と「再生可能な新エネルギーの普及」を決断した点は、「果敢」かも知れないな。
 

<注釈>

(*1) 急いで付け加えるならば、発電機を切ってしまって「発電しない」事は出来るし、風力発電なら風車の羽のピッチを変えてある程度発電量を抑制ないし発電させないことが出来る。
 が、孫正義が「メガソーラー発電」の前提とし、ドイツも実施しているらしい「太陽光発電量の全量買取」を実施するならば、この発電量制御も不能になる。
 
(*2) その発電量余有の相当部分は、フランスの原発が担っているのだが。
 
(*3) そりゃまあ我が国には、国際会議で良い格好するためのだけに「二酸化炭素排出量25%削減」をお気楽に決断してしまう前首相(もうすぐ前々首相か)なんてシロモノが居るのであるが。