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"同期"とともに入隊式 震災で死亡の女性新隊員 親の意向くみ実現
広報官 遺影抱き参列 宮城地本 http://www.asagumo-news.com/news.html
東日本大震災で亡くなった武山紗季さんの遺影を抱いて空自の入隊式に出席する宮城地本の鈴木2陸曹(4月14日、防府南基地で)東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島各県の地方協力本部では発災直後から入隊・入校予定者の安否確認を続け、無事が確認された予定者に対して精神的なケアを行ったうえで全国陸海空の駐屯地や基地に送り出した。中でも宮城地本は、死亡が確認された入隊予定者の遺影を広報官が抱いて入隊式に臨むなど家族への配慮を示した。「紗季さんの分まで頑張って」
【宮城】航空教育隊(空自防府南基地)で4月14日、第4期空自一般曹候補生の入隊式が行われ、宮城地本の広報官が東日本大震災で亡くなった入隊予定者、武山紗季さん(18)の遺影を抱いて参列した。
紗季さんの父・郁夫さんから「飛行機が好きで航空自衛官になることを夢見て、一生懸命に頑張って試験に合格し、あと少しで夢が叶うところだった。せめて遺影だけでも入隊式に参加させたい」と依頼を受けた宮城地本が空幕や航空教育隊と調整、実現した。
当日は、いまだ行方不明となっている紗季さんの祖母の捜索のため入隊式に出席できなかった郁夫さんに代わり、石巻地域事務所長の小林秀昭1空尉と担当広報官の鈴木和盛2陸曹が出席。鈴木2曹が空自の制服を着た紗季さんの遺影を抱いて同期となるはずだった新隊員とともに参列した。
式では東日本大震災の犠牲者に対して黙とうが行われた後、空教隊司令の柏原敬子1空佐が「志半ばで亡くなった武山さんの分まで頑張ってほしい」と式辞を述べた。
式終了後、"同期"の隊員から「紗季さんの分まで頑張って立派な自衛官になります」「志半ばに亡くなった紗季さんがいたことを忘れることなく頑張っていきます」――など、父の郁夫さんに向けたメッセージが小林所長らに託された。郷土復興のため頑張れる隊員に
【福島】福島地本は東日本大震災の発災後、関係市町村との連携や情報収集など災害派遣の各種任務と並行して、入隊・入校予定者の安否確認と不安解消のためのフォローを行ってきた。
特に、家を津波で失ったり、福島第1原発の半径30キロ圏内の避難のため、避難所からの入隊を余儀なくされた予定者や、震災の影響で入隊先が変更となった予定者からの問い合わせが相次ぎ、各募集担当者は親身に対応して不安の払拭に努め、無事に各駐屯地や基地、学校に送り出した。
このうち、避難所から自衛官候補生として陸自に入隊することになった浪江町出身の武藤春彦さん(18)は、福島駐屯地での入隊式を前に両親に「福島の復興のために頑張れる隊員になりたい。行って参ります」と述べ、4月15日の式典では涙ぐみながら宣誓、申告を行った。
入隊式に出席した安田本部長は「今年の新隊員の心境は複雑で、心に秘めた決意も一層強いものがある。最後までその気持ちをもって教育に取り組み、部隊での活躍に期待したい」と話している。
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「彼に代わって答えます!」
朝雲新聞と言うのは、元は防衛庁(当時)御用達の広報誌。その後民営化されたが、今でも防衛省や防衛関係法令には滅法強い・・・と言うよりは、そんなことを中心にweeklyに扱っている情報メディアとしては殆ど国内唯一と言って良い。因みに「朝雲新聞」というのはwikipediaに拠れば俗称なのだそうで、正式な名称は「朝雲」。なんだか「帝國海軍駆逐艦」と前置詞をつけたくなる名前(*1)だが、「新聞」と呼ばれながらも前述の通り発行はWeeklyなのだから、正式にはやはり「週刊 朝雲」なのだろう。
その通称・朝雲新聞( 本名 朝雲 )が報じるのは、自衛隊の入隊式。諸兄ご承知の通り、3.11東日本大震災発生以来、我が自衛隊三軍は空前の10万人動員体制で震災被害の復旧復興支援に当たってきたから、被災地の学校の入学式と同様に入隊式も例年よりは遅れて今に到ったようだ。
理の当然であるが、震災被害は軍民を問わないから、自衛官の多くは被災者でもあり、犠牲者とて居るのは当然である。朝雲新聞が報じるのは、そんな自衛官のうちの犠牲者。自衛隊入隊が決まりながら、3.11東日本大震災の犠牲となってしまった自衛官予定者の遺影が入隊式に参列したと言うもの。御遺族の御意向を汲んでの事と、朝雲新聞は報じる。
無論、遺影を広報官が抱えて入隊式に臨んだところで、そのこと自体に物理的な意味はない。東日本大震災の犠牲となったのはお気の毒だが、報じられる自衛官予定者は、入隊すらしていないのだから、酷な言い方をするならば、自衛官としてなんら貢献することなく逝った事になる。
そうだ。物理的には。
だが、精神的には違う。
東日本大震災の犠牲となった自衛官予定者は既に死者なのであるから、物理的にはガレキどころか石ころ一つ動かす事さえままならない。が、犠牲となった自衛官予定者の遺志(*2)を生き残った者が継ぐならば、それによって生き残った者の力が増し、犠牲となった自衛官予定者による損失を上回る事はありえよう。その遺志を継ぐ手順として、入隊式への遺影参加は有効であろう。
「気は心」と言う。人は物理力ばかりではなく精神力でも動いて居る。常に人員不足、頭数不足に悩まされている我が自衛隊ならば、なおの事精神力に頼らざるを得ない(*3)。
故に、御遺族の意向を汲んで、遺影のみの入隊式参加を実施したのは、誠に適切な対処である。
それがまた、東日本大震災の犠牲となり、自衛官になることを予定しながら果たせなかった死者に対する、供養でもあろう。
その通称・朝雲新聞( 本名 朝雲 )が報じるのは、自衛隊の入隊式。諸兄ご承知の通り、3.11東日本大震災発生以来、我が自衛隊三軍は空前の10万人動員体制で震災被害の復旧復興支援に当たってきたから、被災地の学校の入学式と同様に入隊式も例年よりは遅れて今に到ったようだ。
理の当然であるが、震災被害は軍民を問わないから、自衛官の多くは被災者でもあり、犠牲者とて居るのは当然である。朝雲新聞が報じるのは、そんな自衛官のうちの犠牲者。自衛隊入隊が決まりながら、3.11東日本大震災の犠牲となってしまった自衛官予定者の遺影が入隊式に参列したと言うもの。御遺族の御意向を汲んでの事と、朝雲新聞は報じる。
無論、遺影を広報官が抱えて入隊式に臨んだところで、そのこと自体に物理的な意味はない。東日本大震災の犠牲となったのはお気の毒だが、報じられる自衛官予定者は、入隊すらしていないのだから、酷な言い方をするならば、自衛官としてなんら貢献することなく逝った事になる。
そうだ。物理的には。
だが、精神的には違う。
東日本大震災の犠牲となった自衛官予定者は既に死者なのであるから、物理的にはガレキどころか石ころ一つ動かす事さえままならない。が、犠牲となった自衛官予定者の遺志(*2)を生き残った者が継ぐならば、それによって生き残った者の力が増し、犠牲となった自衛官予定者による損失を上回る事はありえよう。その遺志を継ぐ手順として、入隊式への遺影参加は有効であろう。
「気は心」と言う。人は物理力ばかりではなく精神力でも動いて居る。常に人員不足、頭数不足に悩まされている我が自衛隊ならば、なおの事精神力に頼らざるを得ない(*3)。
故に、御遺族の意向を汲んで、遺影のみの入隊式参加を実施したのは、誠に適切な対処である。
それがまた、東日本大震災の犠牲となり、自衛官になることを予定しながら果たせなかった死者に対する、供養でもあろう。
<注釈>
(*1) 朝潮型の5番艦で、61サンチ魚雷発射管4連装2基次発装填装置つきを誇る。レイテ沖開戦に西村艦隊の一員として参加し、戦没。合掌。(*2) ないし、「遺志として想定されるもの」。死者を悼むのは、結局生者なのであるから、其処に生者の思いや思い込み、或いは都合が入り込む事は、ありうる事だ。(*3) それに頼り切ってしまうと、それはそれで大東亜戦争(太平洋戦争)中のような、高い士気ゆえの自殺的突撃が大火力に粉砕される、何て事態に陥ってしまうのだが。