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1.私の好きだった韓国
かつて私は、韓国が結構好きだった。
韓流ブーム(※1)なんてものがやって来る遙か以前。冷戦未だ華やかなりし頃。38度線という「鉄のカーテン」を国境として抱える韓国は(※2)、当時まだ「防共の最前線」と言う意識が強く、軍隊の訓練にも民間人を含む防空訓練にも気合いが入っており、韓国軍は相当精強であるとされた。「ベトナム戦争では、韓国軍の陣地でだけブーツを脱いで寝られた。」なんて話しがあったほどに。政府も北朝鮮に対する対決姿勢を鮮明にし、ラジオ韓国では定期的に「北韓(※3)の実情」何て暴露番組を流していた。無論冷戦時代のプロパガンダであるが、「プロパガンダはプロパガンダとして聴く限り情報源足りうる。」と考えていたし、平壌放送も併行して聴いていたから、問題なかった。
その国防意識の高さは我が国には無いものであった(※4)し、軍隊が強いというのは私にとっては相当高いポイントだ。だから、日本のマスコミの評価は散々でも、否、それ故にこそか、私は韓国が好きだった。
韓流ブーム(※1)なんてものがやって来る遙か以前。冷戦未だ華やかなりし頃。38度線という「鉄のカーテン」を国境として抱える韓国は(※2)、当時まだ「防共の最前線」と言う意識が強く、軍隊の訓練にも民間人を含む防空訓練にも気合いが入っており、韓国軍は相当精強であるとされた。「ベトナム戦争では、韓国軍の陣地でだけブーツを脱いで寝られた。」なんて話しがあったほどに。政府も北朝鮮に対する対決姿勢を鮮明にし、ラジオ韓国では定期的に「北韓(※3)の実情」何て暴露番組を流していた。無論冷戦時代のプロパガンダであるが、「プロパガンダはプロパガンダとして聴く限り情報源足りうる。」と考えていたし、平壌放送も併行して聴いていたから、問題なかった。
その国防意識の高さは我が国には無いものであった(※4)し、軍隊が強いというのは私にとっては相当高いポイントだ。だから、日本のマスコミの評価は散々でも、否、それ故にこそか、私は韓国が好きだった。
見ようによっては、或いは有り体に言ってしまえば、私も、当時の韓国も、共に「右翼」だったと言うことになろうか。
<注釈>
(※1) 因みに私は韓国ドラマとか言う奴は全く見ていない。「宮廷女ナンとかの誓い」なんて設定だけで「ポカホンタス」級に見る気をなくした。
かような時代物・歴史物の考証や「現代語訳」は一定の厳密さと共に許容範囲があるものとは承知しているが、当時の半島で女性を、当時の新大陸で原住民=アメリカインディアン=Native Americanを、人間扱いする男性・白人が一体何人居たと思って居るンだぁ?
この韓流ドラマとディズニー映画は、その許容範囲を超えていると、私は考える。
(※2) この点は今も全く変わりがない、筈なんだがね。
(※3) 北朝鮮の当時の韓国側呼称。今はどうなんだろうね。
因みに当時の日本では「北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国」といちいちフルネームで呼んでいた。どもったり吹き出したりする者が居なかったのは、「北韓の実情」を聴いてなかったから、かな。
因みに当時の日本では「北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国」といちいちフルネームで呼んでいた。どもったり吹き出したりする者が居なかったのは、「北韓の実情」を聴いてなかったから、かな。
(※4) 日本人の国防意識の低さは、今も変わらないが。
2.私の嫌いな北朝鮮
一方で38度線の北側、「偉大なる民族の太陽」首領様(※1)が統治する北朝鮮は大嫌いであった(※2)。当時は未だ大々的には報じられず、北朝鮮自身が認めていなかった拉致事件の話しも然るべき筋を通じて(※3)知っていた。
北京放送やモスクワ放送も併行して聴いていたから、平壌放送のプロパガンダには免疫が出来ていた・・・と言うよりは、平壌放送のプロパガンダがあまりに拙劣なので、北京放送やモスクワ放送で免疫を付けたと言うべきか。いずれにせよ「首領様のお陰で産まれて初めて長距離旅行が出来た。首領様、有り難う。」なんて話を鼻で笑って聞き流せるだけのバランス感覚を(※4)身につけていた。
であればこそ、平壌放送を聴けば聴くほど北朝鮮が嫌いになると言う、平壌放送当局にとっては誠にお気の毒な状態に、私はあった。
北京放送やモスクワ放送も併行して聴いていたから、平壌放送のプロパガンダには免疫が出来ていた・・・と言うよりは、平壌放送のプロパガンダがあまりに拙劣なので、北京放送やモスクワ放送で免疫を付けたと言うべきか。いずれにせよ「首領様のお陰で産まれて初めて長距離旅行が出来た。首領様、有り難う。」なんて話を鼻で笑って聞き流せるだけのバランス感覚を(※4)身につけていた。
であればこそ、平壌放送を聴けば聴くほど北朝鮮が嫌いになると言う、平壌放送当局にとっては誠にお気の毒な状態に、私はあった。
更に言えば「民族の偉大なる太陽」「百戦百勝の鋼鉄の霊将」などと称される金将軍( 先代の金日成)の存在を無視は出来ないだろう。大東亜戦争後一貫して北朝鮮の元首であり、「投票率100%で支持率100%」などと言う大概の共産国家も裸足で逃げ出すような「選挙結果」に支えられた「党」の党首である金日成は、小説「1984」に登場する独裁者Big Brother以外の何者にも見えず、人生の相応の時期以来魂の自由を愛して止まない私のような人間にとって、金将軍も、その体制も、北朝鮮も、不倶戴天の敵以外のモノにはなりようがなかった。
故に、私は北朝鮮が嫌いであり、嫌いであり続けている。
故に、私は北朝鮮が嫌いであり、嫌いであり続けている。
<注釈>
(※1) 当時はそれこそ、金王朝初代の金日成が将軍様だった。
(※2) 今でも大嫌いだ。
(※3) ったって別にKCIAだのKGBだの公安警察だのにコネがあったわけじゃなく、然るべ市販本を立ち読みなり借りるなりして呼んだにすぎない。多分、買っては居ない。
(※4) 「これぞ社会主義の勝利だ。主体思想万歳!」と騒ぎ出さないだけの冷静さとニヒルさを。
3.または私が如何にして韓国に不信を抱くようになったか。
その後、韓国は「太陽政策」と称する対北朝鮮宥和政策に転換し、「右翼」ではなくなるのだが・・・私が韓国に不信感ないし不審感を抱くようになったのはそれ以前だ。
ある時、韓国の報道か何かで、「日帝支配の36年間の恨みこそが、我が民族精神の根源である。」という意味のこと(※1)を述べたフレーズに出会った。
ある時、韓国の報道か何かで、「日帝支配の36年間の恨みこそが、我が民族精神の根源である。」という意味のこと(※1)を述べたフレーズに出会った。
私は奇異な感じを覚えた。
半島が日本に対する大陸文化発信の中継地であったことはままあり、元寇の際には日本へ突きだした文字通りの橋頭堡であった事も知っていた。いずれも当たり前だが「日帝支配」の遙か以前の話であり、日本よりも早く大陸文化に染まったのが半島の自慢の一つであり、それ故にこそ「ウリナラ(我々流)半万年」等と豪語して「歴史の古さ」をも自慢する韓国の「民族精神の根源」が、半世紀以上前に半世紀以下の期間だけ「植民地」化した「日帝支配」にあるのだとすれば、日帝支配以前の韓国の歴史は全く意味がなかったことになる。
その長い期間が「日帝支配」のための準備期間であったのでない限り。
その後に、「従軍慰安婦に対する日本政府の関与は遂に全く発見できなかったが、関与があったと言うことで最後のお詫びにしよう」と画策して出され、全く「最後のお詫び」にならなかった河野談話があった。
時は前後するが、教科書検定で「日本の「侵略」が「進出」に書き改められた」と誤報されて大騒ぎになった際も、大陸・中国の陰に隠れて居るが尻馬に乗っていた。
社民党ただ一代限りの首相・村山富市の出した「村山談話」も、何度も重ねられた日韓首脳会談もあり、何度も「未来志向の日韓関係」を唱われながら、実態は何かというと「日帝支配への恨」である。
これは一体どういうことかと考えると、「大陸の史書」が思い当たる。
大陸は史書が豊富なことを自慢の種としているが、その史書が豊富なのは、王朝の数が多くて交代が激しいことが一役買っている。新しい王朝が誕生すると真っ先にやるのが史書の編纂であり、この史書を以って前王朝の非道と現王朝の正当性を唱う「正史」を定める。その他の伝承や歴史書は「野史」として異端視されるだけならまだしも、下手すると史書と歴史学者は「焚書坑儒」で纏めて抹殺される。(※2)
今半島にある韓国(※3)にとって、「前王朝」は日本による「日帝支配」なのである。「日帝支配」の悪口を言い、極悪非道をならさないと、現政権が維持できない・・・少なくとも「日帝支配」の悪口を言うことで、現政権を維持しやすくなる。その「日帝」が謝罪したり賠償したり返還したりすれば尚のこと都合がよい。普通ならば現王朝によって滅ぼされているところの「前王朝」が残っているというのは、こういう時都合がよい。
だから、韓国は日帝支配の極悪非道をならし「正史」を編纂し続けている。
その長い期間が「日帝支配」のための準備期間であったのでない限り。
その後に、「従軍慰安婦に対する日本政府の関与は遂に全く発見できなかったが、関与があったと言うことで最後のお詫びにしよう」と画策して出され、全く「最後のお詫び」にならなかった河野談話があった。
時は前後するが、教科書検定で「日本の「侵略」が「進出」に書き改められた」と誤報されて大騒ぎになった際も、大陸・中国の陰に隠れて居るが尻馬に乗っていた。
社民党ただ一代限りの首相・村山富市の出した「村山談話」も、何度も重ねられた日韓首脳会談もあり、何度も「未来志向の日韓関係」を唱われながら、実態は何かというと「日帝支配への恨」である。
これは一体どういうことかと考えると、「大陸の史書」が思い当たる。
大陸は史書が豊富なことを自慢の種としているが、その史書が豊富なのは、王朝の数が多くて交代が激しいことが一役買っている。新しい王朝が誕生すると真っ先にやるのが史書の編纂であり、この史書を以って前王朝の非道と現王朝の正当性を唱う「正史」を定める。その他の伝承や歴史書は「野史」として異端視されるだけならまだしも、下手すると史書と歴史学者は「焚書坑儒」で纏めて抹殺される。(※2)
今半島にある韓国(※3)にとって、「前王朝」は日本による「日帝支配」なのである。「日帝支配」の悪口を言い、極悪非道をならさないと、現政権が維持できない・・・少なくとも「日帝支配」の悪口を言うことで、現政権を維持しやすくなる。その「日帝」が謝罪したり賠償したり返還したりすれば尚のこと都合がよい。普通ならば現王朝によって滅ぼされているところの「前王朝」が残っているというのは、こういう時都合がよい。
だから、韓国は日帝支配の極悪非道をならし「正史」を編纂し続けている。
故に、今後も日帝支配の極悪非道をならし続ける公算大とすべきである。
こう解釈すると、韓国の反応は理解できる。
だが、納得は出来ない。
私は、韓国が嫌いになった。
こう解釈すると、韓国の反応は理解できる。
だが、納得は出来ない。
私は、韓国が嫌いになった。
<注釈>
(※1) 正確な表現は忘れた。
(※2) そう、映画「300」でペルシャ王クセルクセスがスパルタ王レオニダスに宣言したように。
(※3) と、北朝鮮
4.私の嫌いな半島
何しろ「日帝支配は良い事もした。」とご丁寧にオフレコを宣言した記者会見でした発言が、韓国に密告されて問題視され、政府高官の首が飛ぶと言う事態まで発生したのである。
少なくともその「日帝支配」は半島の鉄道と道路を整備し、帝大の一つとしてソウル大学を設立したのである。近代的な官僚制度の整備だって並大抵のことではない。
「それらは日帝の植民地支配を目的としたモノだ。」と言ったところで、道路は道路で大学は大学。当初の目的が誤っていようがその恩恵は恩恵であるから、少なくとも「良い事もした」と言うのは正真正銘議論の余地がない事実である。
それを、上記の例では言論封殺し、今回出た菅談話でも「日本による植民地支配の功績」なぞ欠片も出さない。
とは言え、過去のことは、過去のことだ。今回の菅談話で「植民地支配の功績」は欠片も出さず、謝罪と反省を繰り返すのも、「日本の勝手で」はある。
問題は、その菅談話を受けて、半島がどう反応するか、だ。
半島特に韓国が、日韓併合百年に出された菅談話に応じて日本の四大新聞(朝日、毎日、読売、日経)がその社説に述べたような「未来志向の日韓関係」に切り替えるならば、私は韓国を見直し、また好きになる可能性がある事は認めよう。
【朝日新聞】併合100年談話―新しい日韓協働の礎に http://www.asahi.com/paper/editorial20100811.html?ref=any
【毎日新聞】併合100年談話 未来へ向け日韓の礎に http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100811k0000m070099000c.html
【読売新聞】日韓併合談話 未来志向の両国関係に弾みを(8月11日付・読売社説) http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100810-OYT1T01151.htm?from=any
【日本経済新聞】未来志向の日韓関係へ行動を http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E0E7EBE2E5EAE2E3E3E2EAE0E2E3E28297EAE2E2E3?n_cid=DSANY001
少なくともその「日帝支配」は半島の鉄道と道路を整備し、帝大の一つとしてソウル大学を設立したのである。近代的な官僚制度の整備だって並大抵のことではない。
「それらは日帝の植民地支配を目的としたモノだ。」と言ったところで、道路は道路で大学は大学。当初の目的が誤っていようがその恩恵は恩恵であるから、少なくとも「良い事もした」と言うのは正真正銘議論の余地がない事実である。
それを、上記の例では言論封殺し、今回出た菅談話でも「日本による植民地支配の功績」なぞ欠片も出さない。
とは言え、過去のことは、過去のことだ。今回の菅談話で「植民地支配の功績」は欠片も出さず、謝罪と反省を繰り返すのも、「日本の勝手で」はある。
問題は、その菅談話を受けて、半島がどう反応するか、だ。
半島特に韓国が、日韓併合百年に出された菅談話に応じて日本の四大新聞(朝日、毎日、読売、日経)がその社説に述べたような「未来志向の日韓関係」に切り替えるならば、私は韓国を見直し、また好きになる可能性がある事は認めよう。
【朝日新聞】併合100年談話―新しい日韓協働の礎に http://www.asahi.com/paper/editorial20100811.html?ref=any
【毎日新聞】併合100年談話 未来へ向け日韓の礎に http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100811k0000m070099000c.html
【読売新聞】日韓併合談話 未来志向の両国関係に弾みを(8月11日付・読売社説) http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100810-OYT1T01151.htm?from=any
【日本経済新聞】未来志向の日韓関係へ行動を http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E0E7EBE2E5EAE2E3E3E2EAE0E2E3E28297EAE2E2E3?n_cid=DSANY001
だが同時に、そんなことは期待所か想像することすら難しいと、冷めた声で言い放ってしまえる。
つまり私は、半島というものに、半島に住む人々に、その「歴史」に、すでに絶望して居るのだよ。
如何に、半島。
つまり私は、半島というものに、半島に住む人々に、その「歴史」に、すでに絶望して居るのだよ。
如何に、半島。