(3.)発言無責任の原因を考える

 さて、jos某のような半分(以上)気違いがその発言に責任を持たないのはある意味しかたが無い。自らが今発している発言に責任を持てないからこそ心神喪失であり、「キチガイ」である。それ故に多くの刑事犯罪さえ有罪となる事を免れるのである。
 
 が、日本国首相や閣僚がその発言に対し責任を持たないと言うのは問題である。
 問題どころではない。「Trust Me」なる発言の無責任故に、今、日米安保体制と日米同盟は危機に直面させられている。その危機をさらに高め、複雑にしているのは、「沖縄県民の思いを重く受け止める」と唱え、唱えるばかりで何の方策も対策も検討しなかったこれまた無責任な発言である。
 
 一体、何故に日本国首相や閣僚の発言が、かくも無責任になってしまったのだろうか。
 
 一つには鳩山首相、民主党及び現政権に対するマスコミの甘やかし、ダブルスタンダードであろう。方針の変更一つとっても前自公政権に対しては「ブレた」と批難しながら、鳩山首相や民主党に対しては「進化した」「現実路線に転換した」と賞賛する。その上にその後再び方針を変更し、元の路線に戻っても「退化した」とも「現実路線を放棄した」とも言わずにダンマリである。典型的なのは、先頃とうとう撤収命令が出されてしまった海上自衛隊によるインド洋上給油活動であろう。かつて民主党は「憲法違反」とまで言って居た活動である。
 
ブレもしなけりゃ、進化もない http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/29192719.html
 
 こんなマスコミ論調が続き、そのおかげで世論調査による「支持率も高い」つまり人気があるとなれば、発言のブレや説明無き方針変更に対し何の遠慮も無くなる者もあるだろう。自らの発言に対する矜持を持たぬ軟弱者ならばなおさらだ。結果、発言は無責任に発せられ、発せられ続ける。
 民主党にはかような輩が、はいて捨てるほどあったと言うことだろうか。
 
 言い換えれば、マスコミによる民主党擁護と言う偏向報道と、それを知ってか知らずか民主党政権に「高い支持率」を与え続けた国民「世論」が、今日の発言無責任政府を現出せしめたのではなかろうか。
 
 言うまでもないだろうが、この原因仮説は、恐らくJos某にはあてはまらない。彼がマスコミの庇護を受けていたり、世論調査による支持率が高いとは思われない。但し、彼( 彼、と思わず書いてしまったが、女性である可能性も否定は出来ない。余り想像したくないが。)が「マスコミの庇護を受け、人気も高い」と思い込む可能性はありうる。何しろ半分気違いなのだから、その程度の思い込みは容易だろう。
 

(4.)「最初から発言無責任な者が集まった政党なのではないか」と言う疑惑

 一方で、章題にした通り、最初から無責任野郎の集まった政党が民主党なのではないかと言う疑念も、ぬぐうことは出来ない。
 
 マスコミの民主党擁護は、少なくとも安部総理の昔から一貫して変わる所がないが、「世論の高い支持率」が顕著になったのは、先の衆院選挙ぐらいからと考えられるからである。
 だとすると、2つ可能性がある。
 一つには、先の仮説「マスコミの偏向報道擁護と高い支持率が民主党の発言無責任体質を培養した」の2条件の内、必要条件は「マスコミの偏向報道擁護」であって「高い支持率」ではないという可能性。
 もう一つは、民主党の発言無責任体質はマスコミや世論の甘やかしによる後天的なものではなく、ハナッから先天的に発言に無責任な輩が集まったのであると言う可能性。
 
 何れの可能性であれ、結果は現状である。鳩山首相も、閣僚も、その発言にその地位に相応しかるべき責任を持とうとしていない。
 
 もし前者即ち「マスコミの擁護と支持率の高さ」故に現状があるならば、その前提条件であるマスコミ擁護や、支持率の高さにかげりが出始めた今後の現政権は、発言に責任を持つ体制となる可能性が、まだある。
 
 が、ハナッから無責任なもの名つまりが民主党ならば。
 或いはマスコミ擁護と「高い支持率」に甘やかされて、その性根が腐っているならば。
 
 民主党政権の発言無責任は、今後も続くことになるだろう。
 
 それもまた、先の衆院選挙による、「国民の選択」の結果である。(*1)
 
 いかに、国民。


<注釈>
(*1) それ即ち小沢一郎が誉めそやす、民主主義の成果である。