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図1 鉄砲隊の段数と期待損害値の関係
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 織田信長と言えば中部地方の郷土の英雄。三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)の筆頭で、楽市楽座や兵農分離といった改革を為した事で今でも人気がある。
 その信長の事績の一つが「長篠の合戦」だ。戦国時代最強を謳われた武田騎馬軍団に対し、最新兵器・鉄砲=火縄銃の組織的運用で対抗し、これを粉砕した戦い。
 広く知られるところでは、この合戦の際信長は、鉄砲隊を3つに分けて順繰りに射撃と装填を行わせ、1発撃つと次発装填に時間がかかる火縄銃の欠点を克服したとされる。
 所謂、「三段構えの鉄砲隊」である。


1.考察:長篠の合戦―n段構えの鉄砲隊

 あるとき私は考えた。信長は三段構えの鉄砲隊で武田騎馬軍団を粉砕したと言うが、一体何段構えが最適なのだろうか?
 
 鉄砲の有効射程R、騎馬武者の突撃速度V、火縄銃の装填時間Tlとし、n段構えとすれば迎撃回数が出る。即ち・・・
 
 騎馬武者が鉄砲の有効射程を駆け抜ける時間 = R/V       式(1)
 通常(1段構え)の迎撃回数= Int(R/V/Tl) =Int(R/(V・Tl)) 式(2)
 n段構えの迎撃回数=Int(R/V/(Tl/n))=Int(n・R/(V・Tl))    式(3)
 
 此処で関数Int() は切り下げの整数化、エクセルで言えばRounddown()を表す。迎撃回数と言うのは、整数にしかならないからだ。
 
 鉄砲の総数Nとすれば一段あたりの斉射数が出て、命中率Pとしてこれを一定と仮定すれば標的に与える損害の期待値が出る。これを最大にするnを求めれば、最適な段構えがわかる筈だ。
 
 一段当たりの斉射数 = N/n      式(4)
 一段当たりの期待損害 = P・N/n    式(5)
 
 式(5)に迎撃回数式(3)を掛ければ、騎馬隊の損害期待値が出て
 
 損害期待値= P・N/n・Int(n・R/(V・Tl))   式(6)
 
 式(6)でInt()の中が仮に整数になるとすると、Int()はないも同然であるから、
式は以下のようになる。

 損害期待値 ≒ P・N/n・(n・R/(V・Tl))=P・N・R/(V・Tl)  式(6)’

 即ち段数nは消えてしまう。期待できる損害に効いてくるのは、命中率Pと鉄砲の総数Nである。
 式(6)'が意味するところは、Pを一定と仮定すると、何段構えにしようが期待できる損害は変わらないということである。
 Pは距離の関数であろうから、最適距離で全鉄砲Nで一斉射撃するのが、最も効率の良い射撃法と言う事になる。
 
 これは信長の事績或いは伝説を貶める、「冷たい方程式」であろうか?
 
 私はそうは思わない。
 
 何故ならば、信長は鉄砲隊長ではなく総司令官であり、「三段構え」と言う新戦術の採用ばかりでなく大量の鉄砲を用意すると言う補給・装備面での責任者でもあるからだ。
 充分な数Nの鉄砲を用意し、濃密な火力網を形成すれば、戦国最強の武田騎馬軍団にも勝てると着想し、実行し、実証して見せたのは、間違いなく信長だからである。
 
 「素人は先述を語り、玄人は補給を語る。」と言う。
 補給・装備の面での信長の功績は、否定されていないと思うが、如何だろうか。
 

2.さらに長篠の合戦-初弾装填済みの場合

 ところで、火縄銃と言う奴は先込め式であるから発射後の次発装填には時間が掛かるが、予め初弾を装填して置けば、狙いをつけるだけで発射できる。従って初弾には装填時間を考えなくてもよい。アメリカ独立戦争時代を描く映画「Patriot」でメル・ギブソンは、予め装填した単発銃(※1)を森のあちこちに配置しておいて待ち伏せを仕掛けていたではないか。これを考慮に入れれば、迎撃回数には各段1回のボーナスが付く事になり、前述の式は以下のように改められる
 
 通常(1段構え)の迎撃回数=1+Int(R/V/Tl)=1+Int(R/(V・Tl))  式(2-1)
 n段構えの迎撃回数=n+Int(R/V/(Tl/n))=n+Int(n・R/(V・Tl))  式(3-1)
 
 これにより損害期待値は当然ながら増えて、
 
  損害期待値= P・N/n・( n+Int(n・R/(V・Tl)))
   = P・N+P・N/n・Int(n・R/(V・Tl))    式(6-1)

即ち、初弾装填済みによる損害期待値のボーナスはP・Nと言う事になる。
 
 式(6)と式(6-1)をプロットすると添付ファイルの通り。プロットするに当たり、いくつかの数字を設定した。鉄砲総数Nは1000とした。此は、「信長公記」にあるという「弓矢鉄砲あわせて1000丁」と言う記述による。この1000丁が全て鉄砲であった場合の計算だ。
 命中率Pは色々あるだろうが、当たる、当たらないの2択であるから、1/2=0.5と置いた。
 有効射程Rは100m。装填時間TLは15秒=1分間に4発とした。これらも「当たらずといえども遠からず」と言うところだろう。
 騎馬武者の突撃速度V=20m/s=72km/H。人間のトップスピードの倍と見た。今の競馬などの最高速度はもっと行くのだろうけれども、戦国時代の馬の体格(それは、明治時代よりも相当悪かったはず)と乗せている騎馬武者が現代よりも背は低くとも甲冑を纏っていたであろうことからすると、此また「当たらずといえども遠からず」であろう。 
 結果はご覧の通り。段数の分け方によって多少のでこぼこはあるものの、最高値というものはない。装填時間が結構あるから、「有効射程に敵騎馬武者が入ってから弾込めを開始しても、普通は間に合わない。」と言うことも示されているし、「初段装填」による効果は明らかで、先述の「初段装填を考慮したことに寄るボーナス」P・Nが大いに効いていることが見て取れる。

 即ち、鉄砲隊をn段構えとして迎撃回数を増やしたことよりも、命中率P、鉄砲総数Nを引き揚げること、即ち鉄砲隊の訓練(命中率Pの向上)と鉄砲の集中投入(鉄砲総数Nの向上)が期待損害値に有効であることが示されている。
 
 正に、「冷たい方程式」だな。
 但し、子細に見ていくと、段数を3にした所で期待損害値が一段階上がっていることも見て取れる。此は、上記で設定した数値のために三段構えとすることで迎撃回数が跳ね上がることに依る。つまり、三段構えとすることで第一段目は騎馬隊が有効射程を突破して突入してくる前に装填を終え、もう1回迎撃できる。
 つまり、鉄砲隊を何段かに分けねばならないとしたら、三段構えというのは結構有効な段数なのである。

 信長の御名を誉むべきかな。

<注釈>
(※1)流石に火縄銃ではない。雷管式のようだったが。



3.長篠の伝説

 前項では長篠の合戦と三段構えの鉄砲隊に触れた。信長の偉業は「3弾構え」としたことよりも、鉄砲総数Nを引き揚げた、即ち鉄砲を集中投入したことにあることも述べた。
 が、残念な事に最近の学説では、この「三段構えの鉄砲隊」と言うのはフィクションだと言う説が有力だと言う。「武田騎馬軍団を鉄砲で敗った。」と言う事から逆算した、後世の作り話だと言うのだ。 武田側のほうが鉄砲の総数は多かったなんて説まであるそうだから、誠「歴史の真実」を探るのは容易ではない。
 
 が、これが歴史的事実であるとすると「信長の三段構えの鉄砲隊」と言う伝説は、なぜかくも広く信じられ、人口に膾炙しておるのだろうか。
 
 一つには、勝者である織田信長への追従・おべっかと言うのが考えられる。
 
 だがしかし、織田政権は殆ど信長限りで滅びてしまったから、長篠だろうがなんだろうが、信長を誉め続けてメリットがあったとは考えにくい。
 徳川と連合を組んでの勝利だから、徳川幕府の心象を良くする可能性はあるが、それにしちゃ持ち上げられているのは新兵器・鉄砲であり、新戦術・三段構えであり、その考案・採用者・革命家・織田信長である。徳川の「と」の字だって出てこない。


4.日本人の「新しもの好き」

 これは私の完全な独断だが、「信長の長篠の合戦に於ける三段構えの鉄砲隊」と言う「伝説」を、確固たるものとしたのは、日本人の「新し物好き」なのではなかろうか。
 
 武田と言えば古くからの名家であり、その騎馬軍団共々中世=「古き者共」の代表と言える。
 対する改革者・信長が、武田を敗ったとなれば、その方法は画期的なものであって欲しいと願う「新し物好き」。
 幸いにもハードウェアとしては新兵器・鉄砲がある。ならばソフトウェア・新戦術もあって欲しいという想い、願いが「三段構え」として結実したのではなかろうか。
 「世界最古と築15年の木造建築-法隆寺・五重塔と伊勢神宮-」でも触れた伊勢神宮の式年遷宮では、建屋ばかりでなくそこに納められる神への貢ぎ物=装飾品なども全て新調されて納められるのが基本だという。此また古代技術の伝承法であるが、「古き革袋に新しき酒」ならぬ「(式年遷宮により)新しい建屋に新しい貢ぎ物」という、日本人及び古代日本人の「新しもの好き」の発想が見えるように思える。
http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/21993085.html
 
 民族の伝承・伝説には、民族の願い思いが込められている。
 
 歴史もまた一面は伝承・伝説であればこそ、「信長の三段構えの鉄砲隊」と言う「史実」=共同幻想が生まれ、語り継がれ、今日に至るのではなかろうか。