ロータリーエンジンといえば、日本のマツダが世界で初めて実用化したエンジンで、マツダの自動車に搭載され、ル・マン24時間レースでマツダが優勝したときの文字通り原動力。楕円形の「シリンダー」の中を三角オムスビ型の「ピストン(*1)」が偏芯して回転することで、通常のレシプロエンジンと同様の吸気・圧縮・爆発・膨張・排気のサイクルを繰り返して回転力を生み出すエンジン、と言うのがまず普通の答えだろう。
英語では開発者の名前を取ってヴァンケルエンジンWankel engineと言うらしいが、日本ではマツダの商品名「ロータリーエンジン」の方が通りが良い。まあ、マツダが初にしてほとんど唯一の実用・量産・商品化メーカなのだから、マツダにはその権利があると言えよう。
英語では開発者の名前を取ってヴァンケルエンジンWankel engineと言うらしいが、日本ではマツダの商品名「ロータリーエンジン」の方が通りが良い。まあ、マツダが初にしてほとんど唯一の実用・量産・商品化メーカなのだから、マツダにはその権利があると言えよう。
「彼ら、日本人のみに可能な正確さ。」 -「目標、砲戦距離4万」佐藤大輔-
が、人類史上には、マツダとは全然関係ないロータリーエンジンと言う物がかつて存在し、少なくとも航空機用エンジンとしては相応のシェアを獲得していた事を知るのは、一部マニアぐらいだろう。
<注釈>
(*1)勿論、本来「シリンダー」は円筒だし、「ピストン」は往復運動するものだから、この言い方は正確ではないが、比喩として許されたい。
(*1)勿論、本来「シリンダー」は円筒だし、「ピストン」は往復運動するものだから、この言い方は正確ではないが、比喩として許されたい。
1.1 マツダの実用化したロータリーエンジン、ではなく・・・・
時は20世紀初頭、第1次大戦まで遡る。
第1次大戦に初登場した兵器としては「戦車(*1)、航空機、潜水艦」が挙げられる(*2)が、大戦期間中の発達と言う点では航空機の発達がこの三者の中でも著しかった。
何しろライト兄弟が人類初の動力飛行に成功したのが1908年。第1次大戦の勃発がその6年後。はじめは偵察や砲撃観測程度にしか使われなかったが、やがて気球攻撃、対地攻撃と任務を増やし、そうなると当然迎撃したくなるから戦闘機が登場し、挙句の果てには飛行船に成り代わって対都市爆撃=戦略爆撃(*3)を実施するまでに至る。
この航空機のエンジン。当初は自動車にも使われていた水冷エンジンが主流、と言うより水冷エンジンしかなかった。ピストンエンジンのピストンをジャケットで覆ってその中に水を流してエンジンを冷却し、熱くなった水をジャケットの外に引っ張り出して機首前面なり胴体側面なり主翼下面なりに配置した冷却機で冷やすエンジンであり。当然ながら、冷却水を冷やすラジエータだの、冷却水の配管だのが必要である。ラジエータに配管に冷却水と、エンジン以外の重量が相当かさむエンジンであるが、今でも自家用車では一般的なエンジンである。
<注釈>
(*1)ここで言う戦車は、エンジンで動いて機関銃や砲をぶっ放す乗り物の事である。未だ砲塔の無い物が殆どで、「動くトーチカ」の印象が強く、今の戦車とは大分イメージが違う。
また当たり前だが、馬車の一形態としての戦車はずっと歴史が古い。
(*2)因みに、第2次大戦に初登場した兵器としては、ジェット機、ミサイル、核兵器が挙げられる。
(*3)「恐怖爆撃」なんて言われ方もした。逆に未だ恐怖を与える程度で、実害の方が少なかったとも言える。戦略爆撃が、戦争の勝敗すらも決するのは、第2次大戦を待たねばならない。
第1次大戦に初登場した兵器としては「戦車(*1)、航空機、潜水艦」が挙げられる(*2)が、大戦期間中の発達と言う点では航空機の発達がこの三者の中でも著しかった。
何しろライト兄弟が人類初の動力飛行に成功したのが1908年。第1次大戦の勃発がその6年後。はじめは偵察や砲撃観測程度にしか使われなかったが、やがて気球攻撃、対地攻撃と任務を増やし、そうなると当然迎撃したくなるから戦闘機が登場し、挙句の果てには飛行船に成り代わって対都市爆撃=戦略爆撃(*3)を実施するまでに至る。
この航空機のエンジン。当初は自動車にも使われていた水冷エンジンが主流、と言うより水冷エンジンしかなかった。ピストンエンジンのピストンをジャケットで覆ってその中に水を流してエンジンを冷却し、熱くなった水をジャケットの外に引っ張り出して機首前面なり胴体側面なり主翼下面なりに配置した冷却機で冷やすエンジンであり。当然ながら、冷却水を冷やすラジエータだの、冷却水の配管だのが必要である。ラジエータに配管に冷却水と、エンジン以外の重量が相当かさむエンジンであるが、今でも自家用車では一般的なエンジンである。
<注釈>
(*1)ここで言う戦車は、エンジンで動いて機関銃や砲をぶっ放す乗り物の事である。未だ砲塔の無い物が殆どで、「動くトーチカ」の印象が強く、今の戦車とは大分イメージが違う。
また当たり前だが、馬車の一形態としての戦車はずっと歴史が古い。
(*2)因みに、第2次大戦に初登場した兵器としては、ジェット機、ミサイル、核兵器が挙げられる。
(*3)「恐怖爆撃」なんて言われ方もした。逆に未だ恐怖を与える程度で、実害の方が少なかったとも言える。戦略爆撃が、戦争の勝敗すらも決するのは、第2次大戦を待たねばならない。
1.2 空冷エンジン=ロータリーエンジン
空を飛ぶものは軽く出来れば有利である事は、自明の理だろう。離陸重量は主翼面積と離陸速度でほぼ決まり、離陸速度をやたらに速くすると着陸速度も速くなって危ない機体になるから、主翼面積が決まれば離陸重量は自ずと決まってしまい、この重量をエンジンや構造や、乗客・乗員・爆弾・武装などのペイロードが分け合うのだから、エンジンが軽くなればその分他の重量を重くする事ができる。つまり乗客なら大勢乗せられてその分良い商売になり、爆弾なら重くて威力のある爆弾を積んだりより沢山積めて爆撃機としての迫力が増すと言う訳だ。
従って、水で冷やす水冷よりも、風の流れで冷やす空冷の方が、エンジンと周辺機器(ラジエーターや冷却水や配管)を軽く出来て航空機には有利である。よって須らく航空機は空冷エンジンを積むべし・・・と言っても、そうは問屋が卸さない。
一つにはライト兄弟の初動力飛行からまだ間もない航空機は速度が遅く、「風の流れで冷やす」のにはいささか物足りない事。
もう一つには「風の流れで冷やす」には熱伝達率が良く冷却効率の高い材料が必要であり、後にこの用途で主役となるアルミ合金は、当時実用化されていなかった事。
以上から、第1次大戦では「空冷エンジンの方が航空機にとって有利」と判っていても、それを通常の手段=「気筒を放射状に並べる事で効率良く風に曝して冷却する(後の星型エンジン)」では実現できなかった。
従って、水で冷やす水冷よりも、風の流れで冷やす空冷の方が、エンジンと周辺機器(ラジエーターや冷却水や配管)を軽く出来て航空機には有利である。よって須らく航空機は空冷エンジンを積むべし・・・と言っても、そうは問屋が卸さない。
一つにはライト兄弟の初動力飛行からまだ間もない航空機は速度が遅く、「風の流れで冷やす」のにはいささか物足りない事。
もう一つには「風の流れで冷やす」には熱伝達率が良く冷却効率の高い材料が必要であり、後にこの用途で主役となるアルミ合金は、当時実用化されていなかった事。
以上から、第1次大戦では「空冷エンジンの方が航空機にとって有利」と判っていても、それを通常の手段=「気筒を放射状に並べる事で効率良く風に曝して冷却する(後の星型エンジン)」では実現できなかった。
それを通常でない手段で実現したのがロータリーエンジンだ。
放射状に「星型」に並べた鉄製気筒を、プロペラと同じ速度で廻す事によって、遅い飛行速度且つ冷却効率の悪い鉄の気筒で空冷エンジンを実現した。機構的には普通のピストンエンジンに他ならず、使い方と言うか取り付け方が、後の第2次大戦の空冷(星型)エンジンと異なるだけだ。
早い話、プロペラをエンジンに固定して、回転軸のほうを機体に固定しただけであるから、原理的には後の「回転軸でプロペラを廻す」空冷エンジンと変わるところは無いが、エンジン本体がプロペラと同じ速度で高速回転するものだから、巧く重量配分のバランスを取った設計が求められたと言う。
また、エンジン自体が遠心分離機のようなものだから、潤滑油の消費量が凄まじく、機体によっては燃料タンクの1/3ほどの大きさの潤滑油タンクを積んだと言う。
更に書くと、飛行機のパイロットがスカーフを首の周りに小粋に巻くと言うのは第1次大戦以来の伝統であるが、そのスカーフは飛行中飛散してくる潤滑油を飛行眼鏡や風防(*1)からふき取るためのものだったと言うのも、ひとつにはこのロータリーエンジンの潤滑油消費量のためだったのかもしれない。
また、第1次大戦も終盤には、エンジンとプロペラを固定するのではなく、回転軸が両側に突き出して、片方を機体に片方をプロペラに固定し、プロペラよりは遅い速度で回転するロータリーエンジンと言う凝ったものも作られたと言うが、恐らくプロペラの回転速度向上=航空機の速度向上に対する対策でもあったのだろう。
放射状に「星型」に並べた鉄製気筒を、プロペラと同じ速度で廻す事によって、遅い飛行速度且つ冷却効率の悪い鉄の気筒で空冷エンジンを実現した。機構的には普通のピストンエンジンに他ならず、使い方と言うか取り付け方が、後の第2次大戦の空冷(星型)エンジンと異なるだけだ。
早い話、プロペラをエンジンに固定して、回転軸のほうを機体に固定しただけであるから、原理的には後の「回転軸でプロペラを廻す」空冷エンジンと変わるところは無いが、エンジン本体がプロペラと同じ速度で高速回転するものだから、巧く重量配分のバランスを取った設計が求められたと言う。
また、エンジン自体が遠心分離機のようなものだから、潤滑油の消費量が凄まじく、機体によっては燃料タンクの1/3ほどの大きさの潤滑油タンクを積んだと言う。
更に書くと、飛行機のパイロットがスカーフを首の周りに小粋に巻くと言うのは第1次大戦以来の伝統であるが、そのスカーフは飛行中飛散してくる潤滑油を飛行眼鏡や風防(*1)からふき取るためのものだったと言うのも、ひとつにはこのロータリーエンジンの潤滑油消費量のためだったのかもしれない。
また、第1次大戦も終盤には、エンジンとプロペラを固定するのではなく、回転軸が両側に突き出して、片方を機体に片方をプロペラに固定し、プロペラよりは遅い速度で回転するロータリーエンジンと言う凝ったものも作られたと言うが、恐らくプロペラの回転速度向上=航空機の速度向上に対する対策でもあったのだろう。
ちなみに英語でrotary engineと言うと、こちらの方を指す事がほとんどだと言う。
<注釈>
(*1)当時は密閉型キャノピーなんて殆どないから、操縦席前面の風防ガラスもパイロットから手が届いた。
(*1)当時は密閉型キャノピーなんて殆どないから、操縦席前面の風防ガラスもパイロットから手が届いた。
1.3 必殺技・ロータリーバンク
さて、先述の通り時は第1次大戦下であり、航空機は木製骨組みに羽布張りと言う構造が一般的。中には「木製モノコック」なんてしゃれた構造の機体もあるが、いずれにせよ材料は水にも浮くような軽いものであり、複葉機や三葉機が主流とは言え、後の時代に比べると相当軽い機体ばかりだった。
そこへ持ってきてエンジンは、後のアルミ合金はまだないから鉄製で重く、機体に対する質量比は相対的に高かった筈だ。
その相対的に重いエンジンにロータリーエンジンを採用すると、エンジンは空冷だから軽くなる代わりにプロペラと同じ速度で高速回転するものだから、こいつが飛行特性、操縦性に馬鹿にならない影響を与えたと言う。
「ロータリーバンク」と呼ばれる、ロータリーエンジンを積んだ機体に特有の特性或いは特殊機動で、右旋回と左旋回で旋回の速さが違い、「旋回しにくい方に90度旋回するより、し易い方に270度旋回する方が早い。」とまで言われるほどの極端な操縦性だ。
イギリスのソッピース・キャメルやドイツのフォッカーDrI等にこの特性があったことで有名だが、機体によってはロータリーエンジン戦闘機=単発機でもこんな特性は無かったようであるから、なかなかミステリアスな「必殺技」だ。
「右旋回と左旋回で旋回しやすさが異なる」と言うのは不思議な話で、エンジン=プロペラの回転方向に右回り/左回りの差異があろうとも、航空機の旋回は基本的にBank To Turnであるから、旋回する方向に機体を「傾ける」し、最も急な旋回をするためには主翼を垂直に立てる90度Bank To Turnを実施するはずだ。このときパイロットはひたすら操縦桿を引いて「機首上げ」に努めるばかりで、左旋回だろうが右旋回だろうが変わりはない。
「重いロータリーエンジンが高速で回転する事によるジャイロ効果のため」などと言う説明もあるようだが、これは納得できない。確かに高速で回転するロータリーエンジンは、独楽(地球ゴマ)として働く「ジャイロ効果」がある可能性は充分あるが、それはジャイロの回転軸を空間安定させる方向、即ち「旋回させにくい」方向にしか働かず、なおかつ異方性がない。即ち「左右上下いずれの方向にも旋回させまいとする」働きにしかならない。
ロータリーエンジンの「ジャイロ効果」はスタビライザー=安定器としてしか働かない筈だ。「ロータリーバンク」の説明にはならない。
異方性があるという事で一つ考えられるのが「独楽の才差運動」である。
回転させた独楽が当初の勢いを失って回転速度が落ちてくると、回転軸が斜めになり回転軸自体が垂直軸を中心として廻り出す事を見た事があるだろう。回転速度が更に落ちてくると、回転軸は更に倒れて、時には横倒しになってしまうまでこの「回転軸の回転」は続く。「味噌すり運動」等とも呼ばれるこの現象が「独楽の才差運動」であり、これなら回転速度等の関数で異方性がある。
ロータリーエンジンを独楽として、才差運動を起こさせることで、異方性のある旋回を行うのが「ロータリーバンク」であったのではないかと推定されるが、いかがなものだろうか。
ソッピースキャメルやフォッカーDrIには立派な復元機があり、外国のエアショーで派手な空戦を演じてくれたりもしているが・・・流石に未だにロータリーエンジンとは考え難く、ロータリーバンクを実機で検証するというのは、「零戦の左捻り込み」の解明よりも難しく、一寸絶望的だ。
そこへ持ってきてエンジンは、後のアルミ合金はまだないから鉄製で重く、機体に対する質量比は相対的に高かった筈だ。
その相対的に重いエンジンにロータリーエンジンを採用すると、エンジンは空冷だから軽くなる代わりにプロペラと同じ速度で高速回転するものだから、こいつが飛行特性、操縦性に馬鹿にならない影響を与えたと言う。
「ロータリーバンク」と呼ばれる、ロータリーエンジンを積んだ機体に特有の特性或いは特殊機動で、右旋回と左旋回で旋回の速さが違い、「旋回しにくい方に90度旋回するより、し易い方に270度旋回する方が早い。」とまで言われるほどの極端な操縦性だ。
イギリスのソッピース・キャメルやドイツのフォッカーDrI等にこの特性があったことで有名だが、機体によってはロータリーエンジン戦闘機=単発機でもこんな特性は無かったようであるから、なかなかミステリアスな「必殺技」だ。
「右旋回と左旋回で旋回しやすさが異なる」と言うのは不思議な話で、エンジン=プロペラの回転方向に右回り/左回りの差異があろうとも、航空機の旋回は基本的にBank To Turnであるから、旋回する方向に機体を「傾ける」し、最も急な旋回をするためには主翼を垂直に立てる90度Bank To Turnを実施するはずだ。このときパイロットはひたすら操縦桿を引いて「機首上げ」に努めるばかりで、左旋回だろうが右旋回だろうが変わりはない。
「重いロータリーエンジンが高速で回転する事によるジャイロ効果のため」などと言う説明もあるようだが、これは納得できない。確かに高速で回転するロータリーエンジンは、独楽(地球ゴマ)として働く「ジャイロ効果」がある可能性は充分あるが、それはジャイロの回転軸を空間安定させる方向、即ち「旋回させにくい」方向にしか働かず、なおかつ異方性がない。即ち「左右上下いずれの方向にも旋回させまいとする」働きにしかならない。
ロータリーエンジンの「ジャイロ効果」はスタビライザー=安定器としてしか働かない筈だ。「ロータリーバンク」の説明にはならない。
異方性があるという事で一つ考えられるのが「独楽の才差運動」である。
回転させた独楽が当初の勢いを失って回転速度が落ちてくると、回転軸が斜めになり回転軸自体が垂直軸を中心として廻り出す事を見た事があるだろう。回転速度が更に落ちてくると、回転軸は更に倒れて、時には横倒しになってしまうまでこの「回転軸の回転」は続く。「味噌すり運動」等とも呼ばれるこの現象が「独楽の才差運動」であり、これなら回転速度等の関数で異方性がある。
ロータリーエンジンを独楽として、才差運動を起こさせることで、異方性のある旋回を行うのが「ロータリーバンク」であったのではないかと推定されるが、いかがなものだろうか。
ソッピースキャメルやフォッカーDrIには立派な復元機があり、外国のエアショーで派手な空戦を演じてくれたりもしているが・・・流石に未だにロータリーエンジンとは考え難く、ロータリーバンクを実機で検証するというのは、「零戦の左捻り込み」の解明よりも難しく、一寸絶望的だ。