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上 図1-1 弾道ミサイルの飛翔経路と高度-発射後時間(簡易モデル)
下 図1-2 弾道ミサイルの高度と速度(簡易モデル)

 「誰にでも判る」分かり易さの喩えとして「猿でも判る」と言うのがある。人間ならぬ、人間以下の知性を持つ(であろう)猿でさえ判るほどの分かり易さと言う意味であり、「とんでもなく分かり易い」と言う意味である。
 ベトナム戦争の際、ミサイル万能論の影響で大型化して運動性が低下した戦闘機ばかりであった米空軍・米海軍のパイロットは、「忘れるな。ミグはチンパンジーが操縦していても、御前より内側に回り込めるんだ。」と空戦に徹して軽量で運動性の高いソ連製戦闘機の脅威を叩き込まれたと言うが、「チンパンジーが操縦していても」と言うのも「猿でも判る」の同工異曲だろう。
 
 さて、どの記事に書いたのか書いた当人も思い出せないのだが、数あるミサイルの内で弾道ミサイルの設計・性能計算は比較的容易いはずである。
 理由はその飛翔のかなりの部分が空力的影響のない大気圏外であり、主たる外力は重力以外ないことと、同時にその飛翔の大部分を誘導即ち自発的な軌道変更を行わない「自然に任せた=重力のみに加減速される」飛翔であることによる。
 
 これが大気圏内を飛ぶ多くのミサイルであれば、空気力学的影響は常に支配的である。と言うことは、形状や姿勢がその経路変更に大いに影響する。それは逆に積極的な軌道変更=誘導を可能もしくは容易にするし、大体「飛んでいる」事自体が空気力学的影響の積極的利用に他ならない。そして超音速にせよ、亜音速にせよ、空気力学の影響というのは重力の影響なんぞに比べれば、遙かに複雑である。
 
 そこへ行くと弾道弾が考えるのは、基本的に重力だけ。いわば「落ち続けている」訳だからその軌道を計算するのも予想するのも楽な物だ。
 
 とは言え、物理学や数学の基本が無い者に、それを説明するのは難しい。
 
 当講座のタイトルを「高校生でも判る弾道弾防衛(BMD)講座」と銘打ったのはそのためで、高校程度の(但し、高校の理系選択者程度の)数学や物理の基礎を学んだ者ならば、容易に理解できる程度に「分かり易い」の意味である。
 
 何?敷居が高すぎると?数式見ただけで目が拒否反応を起こすと?
 
 まあそう言った文系人間もしくは数学物理嫌いの方々も、暫時おつき合い願えらば、意外に「数学・物理の面白さ」に気がつくかも知れませんよ。
 
 
1-1 弾道飛翔-単純化した座標系で-

 さて先述の通り弾道飛翔で考えなければならないのは地球の重力のみであり、重力は電気力などと同様に「距離の二乗に反比例」する力である。従ってその力は弾道ミサイルの高度によって変化し、その運動を記述するには地球の(質量の)中心を原点とする極座標こそが相応しい。

 が、ここでは単純化のためにX-Z平面の2次元で考えよう。つまり地表にそった弾道ミサイルの飛行方向がX軸であり、高度方向がZ軸である。当然ながら重力は-Z(マイナスゼット)方向に働き、X軸とZ軸は直交しているから、X軸方向の運動に重力は関わらない。重力以外の外力を考えないとしているからこの場合、X軸方向の運動は等速度運動、即ち「未来永劫加速も減速もしない一定速度の運動」となる。
 重力はZ方向の運動にのみ影響し、重力加速度でもってZ方向速度を減速させる。先述の通り重力は本来「距離の二乗に反比例」するのだが、地球の半径は6000km以上もあるから地表付近では重力加速度は一定と見て良い。(※1)
 
 さて以上縷々述べてきたことを式で表してみよう。
 
 弾道ミサイルの初速:Vo[m/s](ヴイオー)
 発射角:θo(シータオー)
 とすると、弾道ミサイルのX軸方向初速は、三角関数を使って、Vo Cosθo と書け、同様にZ軸方向初速(上昇速度)は、Vo Sinθo となる。
 
 先述の通り重力はZ軸方向にしか働かないから、弾道ミサイルの速度は発射後の時間tと重力加速度gの関数で

 弾道ミサイルのX軸方向速度Vx[m/s]
 弾道ミサイルのX軸方向速度Vz[m/s] 
 発射後の時間:t[s]
 重力加速度:g[m/s^2]
 
 Vx = Vo Cosθo (式1-1)
 Vz = Vo Sinθo - g t (式1-2)
 
 発射地点を原点O(X=0,Z=0)とすると、弾道ミサイルの位置は上記の速度から計算できて(※2)それぞれ時間tの関数であり、以下のようになる。
 
 X(t) = Vo t Cosθo (式1-3)
 Z(t) = Vo t Sinθo - g t^2 /2 (式1-4)
  = t ( Vo Sinθo - g t /2) (式1-5)
 
 式1-4及び式1-5は時間tの2次式であり、式の左辺Z(t)が0になるのは、式1-5が示すとおり、t=0即ち発射時間ともう1点、
 
 t=2 Vo Sinθo /g (式1-6)
 
 この時間(式1-6)が高度Zが再び0になる時間、即ち弾道ミサイルの弾着時間である。
 これが判れば、弾道ミサイルの射程:R[m]が式1-3から計算できる。
 
 R= Vo (2 Vo Sinθo /g ) Cosθo
  = 2 Vo^2 Sinθo Cosθo /g (式1-7)
  
 これに三角関数の公式 Sin 2θ =2 Sinθ Cosθを当てはめれば、以下のようになる。
 
 R= Vo^2 Sin2θo /g (式1-8)
 
 即ち、弾道ミサイルの射程は、射角と初速の関数であり、同じ初速ならば、射角はSin2θo=1の時、即ち射角θo=45°の時である事が示されている。
 
<注釈>

(※1)後述するように、大陸間弾道弾ともなると結構な高度に達するから、この簡略化は一寸無理があるのだが。

(※2)時間方向に積分すれば良い。式1-1は時間に依らず一定だから、時間に比例する。式1-2は等加速度運動である。


1-2 弾道ミサイルの飛翔-簡易モデル計算すると-

 無論、前述の式は弾道ミサイルの飛翔を単純化し過ぎている。特に、発射の瞬間初速が与えられ、後は重力に従ってZ方向に減速一方というのは、ミサイルと言うより砲弾の運動に近い。実際のミサイル(または宇宙ロケット)の発射時の加速は、映像などにも見られるとおり、案外ゆっくりであり、多段式ロケットならさらに加速時間が長くなる。
 但し、加速を終えて「ミッドコース」とか「中期誘導」とか呼ばれるフェーズに入って以降の弾道ミサイルの飛翔は、上記の計算でもさして変わりはない(筈)だ。つまり上昇を終えた頂点から後半の、我らがイージス艦のスタンダードSM-3やペトリオットPAC-3の考える迎撃には、上述のモデルは大いに参考になる(これまた筈)である。
 
 図1-1に示すのは、上記のモデルによる弾道ミサイルの発射後時間と高度の関係及び水平距離と高度の関係・いわゆる飛翔経路出ある。モデルとしては、計算される最大射程で1000km、3000km、5000km、7000kmを示した。最大射程1000kmと言うのがほぼノドン級。射程3000kmと5000kmがほぼテポドン1級、射程7000kmはほぼテポドン2級と見て良いだろう。
 図1-2には同じモデルによる高度と絶対速度Vをプロットした図。グラフが1本の線に見えるのは高度方向速度Vz(上昇速度あるいは上昇率と言っても良い。マイナスの上昇速度・上昇率は降下を意味する。)の正負はあるものの、「上昇中/降下中に関わらず、同じ高度であれば絶対速度Vは同じになる。」事を表している。
 
 さて、我らがイージス艦搭載のスタンダードミサイルSM-3の迎撃対象は、ノドン級弾道ミサイルのミッドコース迎撃と言われており、「高度100kmから150kmで迎撃する。」とも言われている。
 一方でSM-3は先の衛星破壊処分では高度300km近い衛星を破壊しており、「最大射高」としてはこの程度はあることが実証されている。
 一方で図1-2を見ると、射程1000kmの弾道弾は最大で高度200kmほどに達しており、この弾道ミサイルの「ミッドコース迎撃」には「最大射高」もまた200km以上なければならない事が示されている。
 
 迎撃ミサイル側で考えた場合、標的である弾道ミサイルの高度=迎撃高度もさることながら、目標の速度も重要である。遅い分には構わないが、早い標的に命中させるのはそれだけ大変であり、標的の高度と速度で「迎撃範囲」が決まるのであろうと言う推定は、物理的に正しそうだ。
 そう考えて図1-2を見ると、同じ「高度200km」でも射程によって、弾道ミサイルの速度は相当違うことが判る。これは即ち初速の違いなのであるが、先述の通り「このモデルの弾道ミサイルは、高度が同じなら絶対速度は同じ」なので、初速は即ち命中速度=弾着速度と言うことになる。
 
 即ち「同じ高度にあっても加速終了後ならば、短距離弾道弾よりも長距離弾道弾の方が速度が速く、迎撃は難しい。」と言える。(だからって大陸間弾道弾ICBMの迎撃ミサイルがICBMになってしまう訳ではない。まあ、追々書いていくが。)
 即ち、現有のSM-3では、今回北朝鮮の発射したような長距離弾道弾を(未だ(※1))迎撃できない可能性が多分にあることを、図1-2は示唆している。
 
 尤も、上記で「加速終了後であれば」と制約条件を付けたのが味噌で、諸兄ご承知の通り北朝鮮の今回発射した「テポドン2改良型」と見られるミサイルは多段ロケットで、その1段目だけが我が国の日本海側に落ち、残りは太平洋側に落ちているから、我が国土上空通過中はまだ加速の途中にあり、今回用いた図1-1や図1-2に示した速度よりも遅いはずである。

 そこに現有SM-3の活躍出来る可能性はないか?
 
 次回第2講ではこの辺を考察する(予定である)。

<注釈>
(※1)日米で共同開発中のSM-3発展型ならば、迎撃できることを、私は期待する。
 England Expects You Do Your Duty.

<記号一覧>
 弾道ミサイルの初速:Vo[m/s](ヴイオー)
 発射角:θo(シータオー)
 重力加速度:g[m/s^2] = 9.80652 [m/s^2](地球表面での値。)
 発射後の時間:t[s]
 弾道ミサイルのX軸方向速度Vx[m/s]
 弾道ミサイルのZ軸方向速度Vz[m/s]
 弾道ミサイルの絶対速度]V[m/s] =√(Vx^2 + Vz^2)
 弾道ミサイル発射地点を原点Oとして
 弾道ミサイルのX軸方向位置:X[m]
 弾道ミサイルの高度:Z[m]
 弾道ミサイルの射程:R[m]
 地球の半径:Re [m] =